間話「千手さんの試練じゃね?」①
――七森千手は悩んでいた。
ここ数日、耳鼻咽喉科、胃腸科、頭痛外来と様々な病院に足を運んだが、すべて森山田一族の経営だった。
七森家の分家であり、代々七森家を支えてくれている森山田家は、愛人の子である千手にも色眼鏡を向けることなく、よくしてくれた。
使用人として家のことを行い、千手の世話を焼いてくれた人たちも森山田家の人間だ。
父親と兄を「停止」させて家を飛び出した千手を何かと助けてくれたのも、森山田家だった。
千手は、森山田家には感謝している。
歳の近く遊んだ子もいた。
幼馴染みと呼べる存在もいた。
森山田家がなければ、千手は不幸な人生を歩んでいたかもしれない。
――だが、それはそれとして、周囲に森山田家の人間がたくさんいて何か怖い。
「あぁ、辛い。なんか辛い」
年下の友人の言葉ではないが、イベントが多すぎる。
本当にイベントが多いのだ。
知らぬ間に家に住み着いた鬼の虎童子の父親である酒呑童子に挨拶に行くのはいつにしようなどという話も出ている。
実父、七森康弘も「良いご縁じゃないか! 素敵な娘さんを奥さんにできるなんて、千手は果報者だなぁ!」と感涙して鬱陶しかった。
押しかけ中学生と同居をしている森山田善次郎まで「あの小さかった千手様が……」と感極まっているのもどうかと思う。
復讐に生きていたはずが、色ボケになった安倍東雲からは、「ボクら兄弟になるんやなぁ」と惚けたことを言ってくる。
何よりも、視界の端で結婚関連の雑誌を読んでいる虎童子にイラっとする。
知らぬ間に、外堀を埋められている気がしてならない。
「――――はぁ」
ため息をつくと同時にスマホが震えた。
「そういえば……予約をしていたな」
あと二時間後に、心療内科の予約が迫っている。
たまりに溜まった心労をなんとかしたいのだ。
今回は事前に、森山田一族が経営していない病院であることはわかっている。
ジャケットを羽織り、虎童子に少し出てくると告げ、革靴を履く。
歩きで病院まで少し距離はあるが気分転換にちょうどいい。
だが、そろそろ車を買ってもいいかもしれない。
不思議と、すぐ原型がなくなるほど壊れそうな予感がするが。
病院は五年ほど前に診療を始めたものの、患者に寄り添ってくれることで評判がよかった。
小中高生が心療内科、精神科に通う昨今だ。大人も子供も関係なく、心が疲れ、誰かの助けを必要としている。
病院の中に入り、受付を済ませ、しばらくすると名を呼ばれた。
診察室に入ると、四十を超えたくらいの柔和な笑顔を浮かべた男性がいた。
「――初めまして、七森千手さん」
「あ、どうも。よろしくお願いします」
「はい。苗字は変わりましたが、森山田一族として七森千手様に寄り添わせていただきます」
「――は?」
千手は耳を疑った。
「え、だって」
千手の記憶が正しければ、目の前の男性の名は森山田ではない。
「ああ、実は私、婿に入ったのです。今は森山田を名乗っていませんが、心はいつでも森山田です。もちろん、守秘義務はきちんと守りますので、ご安心ください」
親しげな笑みを浮かべる人の良さそうな医者を前に、千手は悲鳴を上げて気絶しそうだった。




