79「大事なものって手放せなくね?」①
小池はじめの額が割れて鮮血が吹き出し、舞った。
対し、夏樹の額は少し赤くなった程度だ。
「ひひひひひひひっ、随分ともろいおでこだなぁ!」
はじめの身体が勢いを殺せず後ろに傾くが、夏樹が襟首を掴んだままなのでもう一度引き寄せ再び頭突きを食らわせた。
割れた額に殺意を込めて二度目の頭突きをした。
「――いいぞ、由良夏樹っ」
「あー、ここで昂っちゃうタイプかぁ。どうしても、俺はあんたのことを好きにはなれないんだよねぇ」
額から血を流し、顔を赤く染めてもなお闘志に満ちた顔をしている。
好きにはなれないが、感心した。
だいたい自分が強いと思い込んでいる奴は、自分の想像以上の痛みを感じると根を上げる。
異世界でも、力自慢だという戦士の腕をへし折り、魔法に優れているという魔女を焼き、早さ自慢の冒険者の足を斬り、全てにおいて優れていると豪語した騎士を泣くまで殴った。
今まで、自分のことを強いのだと豪語し、強かった人間は知らない。
三原一登、七森千手、佐渡祐介、青山銀子、安倍東雲、安倍円、小林蓮。水無月都、水無月澪、水無月茅、水無月雲海、七森康弘。
決して自身のことを強いとは言わないが、夏樹は彼らのことを強いと思っている。
単純な力の話ではない。
その在り方が、強いと思い尊敬している。
綾川杏は最近頑張っていると思うが、まだ強いとは思わない。
本当に強い人間は自分のことを強いと言わない。
夏樹がそうであるように、自分に自信がなく、不安に恐れている者が己を慰めるために強者であると声を大にするのだ。
「――「帝国」の皇帝様。俺はあんたを強いなんて思わない。異世界でちょっと調子に乗っちゃった、かわいそうな奴だ」
夏樹の言葉を受けたはじめが何かを言おうと口を開いた時だった、
「きぇええええええええええええええええええええええっ!」
「たいがぁああああああああああああああああああああっ!」
「なんでぇええええええええええええええええええええ!?」
はじめの背後に回っていたらしい千手と虎童子が叫びながら飛びかかってきた。
「な、なんだお前たち。意味がわからない。奇襲するのに叫ぶ必要がどこにある?」
至極真っ当なはじめのツッコミだった。
一応、彼も動揺はしているらしい。
「そのノートをよこせぇええええええええええええええ!」
「腕も置いてけぇえええええええええええええええええ!」
夏樹に襟首を掴まれていたはじめは抵抗少なく、シャツの袖を破られ、手にしていたノートを奪い取られた。
「ちっ、腕を引きちぎるはずが袖だけだったじゃん!」
「くはっ、くはははははははは! ノートは奪ったぞ! これで、これで俺の平穏は」
「え? ノート、なんで? そういえば、なんでお前ノートなんて持っているんだよ?」
「騒がしい奴らだ。そのノートを欲しいならくれてやる。まさか、そのノートの価値がわかるやつがいるとは思わなかった。確か、七森千手だったな。お前もスカウト対象だと聞いていた。大事にしろ、俺にとっての聖書だ。ちなみに言っておくが、それはコピーだからな?」
はじめの言葉を聞いた千手は白目を剥き、その場に崩れ落ちた。
「ダーリンんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?」
「え? なにこれ?」
「俺が知るか」




