70「健やかな朝じゃね?」①
小鳥が囀る音が聞こえ、夏樹は心地よい目覚めを迎えた。
「Góðan morgun!」
「夏樹、夏樹、言葉がアイスランド語になっているぞ」
「おっと、間違えた。おはよう!」
「あいよ、おはよう」
同室のサタンがちょうど着替えを終えていたようで、いつもより早く起きたことに気付かされる。
「しっかし、どうして起きて最初の言葉がアイスランド語なんだよ。日本人なら日本語だろ。魂に刻まれている言葉を話せよ」
「そう言われましても、俺はおはようとちゃんと言っただけで、口が勝手にアイスランド語になっただけだし」
「口に何か特殊な言語装置でもついているのか!?」
「サタンさん、サタンさん、血圧上がるよ!」
「お前のせいでな! まったく、俺はどちらかといったら血圧は低い方なんだが」
「俺は特に血圧低くないのに、血圧が低くて朝はしんどいって一年くらい前にやってた」
「……あー、なんだ。あるよな、そういう時期が」
サタンはなぜか切なそうな顔をしていたが、夏樹は首を傾げてベッドから起き上がる。
「そういえば、俺が寝た後に誰か来た?」
「んにゃ、誰も来なかったぜ」
「銀子さんの声が外から聞こえた気がしたんだけど」
「気のせいだなぁ。きっと従姉妹の金子のほうだろ」
「どなた!?」
初めて聞く名前に動揺しながら、夏樹はサタンと一緒に一階に降りていく。
洗面所に並んで顔を洗って、歯を磨く。
鏡を見て、「にっ」と歯を見せて笑顔を作り、親指を立ててから、ハイタッチをした。
「昨日は久しぶりに夢の中にご案内されることもなかったし、夜中のイベントもなかったし、ゆっくり寝れたよ」
「そりゃよかったな。代わりに、夏樹の夢の中に誰かが案内されていたりしてな」
「さすがにそれはないでしょう」
「だよな」
はっはっは、と笑う勇者と魔王。
まさか本当に、夏樹の夢の中に千手が呼ばれていたとは思いもしなかった。
「あ、銀子さんが茶の間で寝てる」
「そういえば、銀子は仕事が忙しくて帰ってきたのは夜中だったな」
「そうなんだ。ビール飲んで眠っちゃったんだね。お互いイベントで大変だねぇ」
「……銀子の場合はイベントじゃなくて仕事なんだがな」
サタンは銀子と話をして、夏樹に夜中の出来事は伝えないことにした。
それでなくともイベントばかりで疲れている夏樹が気づかなかったのであれば、教える必要がないと考えたのだ。
だが、不思議でもある。
いつも過敏に敵に反応して飛んでくる夏樹が、今回は反応しなかった。
疲れていたのか、それとも何か違う理由があるのか。
少し気になって、サタンは尋ねてみた。
「なあ、夏樹」
「ん?」
麦茶をコップに入れて飲んでいる夏樹がサタンを見る。
「たとえば、夜中に敵がやってきたとして、夏樹が気づかなかった時ってどんな時だと思う?」
「なにそれ。うーん、俺が気づかないのなら――気にする必要もない雑魚ってことじゃない?」
麦茶を飲み干した夏樹はそう言って笑った。




