45「やべー奴に力を与えるのはやめてほしくね?」
「だ、だって!」
激昂した獅子山に、杏は言い訳しようとした。
確かに顔と名前は思い出した。
しかし、接点がほとんどなかったのだ。
顔を合わせても「どうも」「うす」くらいしか言葉を交わしたことがないのだ。
だというのに、急に現れて目的がどうこうとかわかるわけがない。
なぜ質問形式なのだ。
知って欲しいのなら、自分で言えばいいのに。
「だって、なんだ!?」
「だ、だって、だって杏……獅子山くんのことどうでもいいし」
ぶつんっ、と何かが切れた音が聞こえた。
同時に、杏が、今の自分の発言がよろしくなかったことを自覚した。
「綾川ぁああああああああああああああああああああああ!」
「ひぇえええええええええええええええええええええええ!」
獅子山の拳が杏を襲う。
しかし、届かない。
ひらりと宙を一回転すると、獅子山の拳が空振りとなりそのまま地面に突っ込んで穴を開けた。
「……てめぇ」
「ぼ、暴力反対!」
「腕へし折った奴が何を言いやがる!」
「あ、あはは」
「笑ってんじゃねえよ!」
また拳を握りしめて襲いかかってくる獅子山に、杏はため息をついた。
そして、今度は避けることはせず、獅子山の拳が届くよりも早く蹴りを彼の鳩尾に入れた。
「――か、は」
「ごめんね、遅くて、つい」
獅子山は、自分で言っていたように神から力を得たのかもしれない。
身体能力が常人のそれではない。
だが、それだけ。
杏は、夏樹をはじめ様々の強い人たちを、天使を、魔族を、神を見てきた。
同い年で、勇者になったばかりの三原一登でも、獅子山に比べると数段強く思えた。
勇者になったが何もかも失敗した杏でさえ、獅子山を弱いと思う。
「お前たちのせいで……」
獅子山は胃液を戻しながら、恨みがましい目を杏に向けた。
「お前たちのせいで、俺の明日香がいなくなった。俺の明日香が、死んだ」
「……もしかして、獅子山くん」
「そうだ。俺は明日香の婚約者だ」
「……………………おっと」
杏は思考が止まりかけた。
少なくとも動きは完全に止まった。
松島明日香に婚約者がいるなど聞いたことはない。
そもそも彼女は三原優斗だけではなく、バスケ部の男子と関係を持っていた。
そんな彼女が、ひとりの少年と婚約するなど思えない。
というか、中学生が婚約ってなんだ。現実を見ろ。
「ないないないないないないないないないない!」
「……そうやってお前も俺の想いを否定するのか」
「あ」
「そうやって! あいつらのように俺の想いを、明日香への想いを! 明日香の俺への想いを否定するのかぁあああああああああああああああああ!」
「ひえっ」
――杏は恐怖を覚えて硬直してしまった。
強さ的に怖かったわけではない。
独りよがりな感情をここまで強くする獅子山を怖いと思ってしまった。
同時に、かつての自分がこんなのと同じであったと思い、気持ち悪くなる。
その想いのせいで、身体が固まり、隙が生まれた。
獅子山は好機とばかりに神力を込めた拳を杏に向けた。
――しかし、獅子山の拳は杏に届かなかった。
「――何事かと思ったら、杏か。久しいな」
「アマイモン様!」
「俺もいるぜ!」
「ガープさん!」
異世界を舞台に夏樹と全力で殺し合った魔族アマイモンと、アマイモンに仕えるガープが杏の危機を救った。




