44「楽しい気分に水を差されるとイラッとしね?」②
杏は目の前の少年を倒そうと決めた。
話が通じないのならば制圧してしまえばいい。
思考がやや危険ではあるが、いきなり首を絞めてくる奴だ。
もし杏ではなく、別の少女であったら、首の骨が折れていただろう。
それだけ、この少年がしたことは悪質だった。
腕を押さえてしゃがみ込んだ少年の側頭部が実に蹴りやすい高さだったので、何も迷うことなく全力で蹴った。
ごっ、と音がして少年が吹き飛び河川敷を転がっていく。
釣りをしていた河童さんたちがびっくりして飛びのく。少し離れた場所から石を拾って投げ始めた。
「……綾川、杏……てめぇ、三原の取り巻きだったくせに、なんだ、その力! 俺と同じように神に選ばれたとでもいうのか!」
杏は返事の代わりに大きく跳躍して、少年の顔面に蹴りを入れた。
鼻が潰れる感触が靴裏から伝わり、杏は顔を顰めてしまう。
「河童さん、この人、変だから逃げて!」
「杏ちゃんはどうするかっぱー?」
「平気! 杏負けないもん!」
「わかったかっぱー! 足手まといにならないよう避難するかっぱー!」
河童さんたちはそう言って川の中に逃げていく。
杏は大きく息を吐き出した。
(河童さんに何かあったら、鬼ちゃんお兄ちゃんが修羅になっちゃうからちゃんと避難してもらえてよかった)
河童さんのことは杏も大好きだ。
優しいし、可愛らしいし、癒しな存在だ。
そんな河童さんたちに傷ついてほしくないのは当然のことだった。
だが、それ以上に、河童さんに何かあろうものなら、杏の責任問題になり河童大神様を信仰している兄にどんなお仕置きをされるか怖い。
さすがの夏樹も、杏に理不尽なことはしないだろうが、間違いなく敵対している少年は細切れになるだろう。
「――杏のこと、知っているの?」
鼻を押さえて睨んでくる少年に、杏は恐る恐る尋ねた。
どこかで見たことがある気はする。
自分を知っているということは、どこかで顔を合わせたことがあるのかもしれない。
夏樹も、中学のバスケ部たちが新たな神々に力を与えられたことで襲われている。
「もしかして、バスケ部?」
「……そうだ。もう察しただろう?」
「松島明日香の関係者、なのね」
「おいおい、お前は本当に俺を覚えていないのか!? 明日香が、俺の明日香が、三原優斗と一緒にいる時も、ずっとそばにいたんだぞ!」
「――っ、もしかして、獅子山くん?」
杏の記憶の片隅に、彼はいた。
一度も興味を抱いたことがなかったので、思い出せなかった。
三原優斗が明日香をはじめ女子を侍らせている時、そこに少年たちもいた。
おこぼれに預かろうとしている者から、優斗から思い人を取り戻そうとして友人のふりをして近づく者も。
おそらく、その一人だ。
「ようやく思い出したか。じゃあ、俺がなぜお前を狙うのかわかるな?」
少年――獅子山の問いかけに、杏は首を傾げた。
「え? わかんない!」
「綾川ぁあああああああああああああああああああああ!」




