88「ちゃんと理由があるんじゃね?」③
キリエが勇者として召喚された世界は、魔族と人間の戦いが――終わった世界だった。
魔族と人間が、人間と人間が、魔族と魔族が長い時間をかけて戦い、平和を手に入れた世界だった。
その世界で、キリエは抑止力として求められた。
戦いのために剣を学び、勇者としての力を使えるように厳しい訓練をした。
だが、それは他ならぬキリエが望んだことだった。
異世界はネットもないし、娯楽も少ない。正直、不便な世界だった。
だが、人々は温かく、魔族はおおらかで、みんなが手を取り合って懸命に生きていた。
そんな世界が性に合ったのだ。
制限されて生きてきたキリエは、新しい挑戦に貪欲だった。
結果として、勇者として目覚め力を使いこなせるようになったのだ。
戦いはたくさん経験した。
平和な世界でも、犯罪者はいる。
世界の平和のために、キリエは戦った。
命を奪ったこともある。命の重みに心を痛め、苦しんだこともある。
だが、他ならぬ自分で選択したことだ。
自らの責任であると、すべてを背負って懸命に生きた。
キリエの異世界での日常は、新鮮なものばかりだった。
知らないことばかり。
好奇心を抱くことばかり。
毎日が色鮮やかで、楽しかった。
そんなキリエは、とある貴族の弟妹と出会った。
両親を失い、心を閉ざした幼い子たちだった。
キリエはそんな弟妹を放って置けず、何かと理由をつけて会い、時間をかけて少しずつ親しくなった。
気づけば姉と呼び慕われ、弟妹の保護者である伯父とも親しくなった。
――幸せだった。こんな幸せが続けばいい、二度と地球には帰りたくない。
心からそう願った。
キリエが異世界に召喚されて二年が経ったある日、唐突に別れが訪れた。
モンスターが大量発生した。
その対処に人間、魔族、そしてキリエがみんなで協力して戦った。
犠牲が出たが、民を守ることはできた。
――その犠牲者の中にキリエがいた。
死の間際、キリエは異世界で出会った優しい家族のことを思い出す。
こんなところで死ねない。
ようやく自分に家族ができたのだ。
絶対に手放すことはできない。
何よりも、自分が帰らなかった子供たちの心に傷が増えてしまう。
必死に生きようとしたが、キリエは息絶えた。
――目覚めたら、病院のベッドの上だった。
キリエは錯乱し、大暴れした。
なぜ自分が病院にいるのかという疑問以上に、異世界での日々が夢だったのではないかと考えてしまい、暴れた。
現実があまりにも辛いせいで、心地のよい夢を見ていたという現実を受け入れることができなかったのだ。
キリエはしばらく入院した。
カウンセリングも受けた。
ようやく心が落ち着いたときには、一ヶ月ほどの時間を要した。
珍しく親が自分のことを心配していたが、相手にしなかった。
戸籍上、生物学上、両親である人間は家族ではない。
家族は笑うと可愛い弟妹と、心優しい弟妹の叔父だけだ。
夢だったとしても、それでいい。
そう割り切った。
そこから、自分の感情を隠し、退院までこぎつけた。
退院後、こっそり力を使えないかと試してみると、勇者の力は健在だった。
同時に、夢を見ていたと思ったが、現実であるのだと確信した。
どうにかして異世界に戻れないものかと悩む日々を送りながら、少しも異世界で出会った人たちのことを忘れたくないとノートに細かく書き留めた。
毎日ノートに齧り付き、少しでも思い出したことは書いた。
ノートを何度も読んで、絶対に忘れないと誓う日々を送っていたが、キリエのノートをある日、勝手に部屋に入っていた姉が読んでいた。
おそらく、妄想を書き留めたものだと思ったのだろう、姉は失笑し、馬鹿にした。
それだけでは飽き足らず、目の前でノートを破ったのだ。
ぷつん、と何かが切れる音がした。
今までずっと溜め込んでいた感情が爆発したのだ。
きっとここで姉を殺していれば、感情を持て余すことはなかったのかもしれない。
だが、キリエはできなかった。
どこからともなく現れた、「帝国」に所属する柏原保によって無力化され、殺しを禁じられた。
勝手に「帝国」に所属することになり、「また」我慢を強いられる日々を送った。
キリエは「帝国」のトップである「皇帝」小池はじめが好き勝手していながら、自分は我慢を強いられることにうんざりしていた。
そんな中、百合園ありすが離反したのでついていくことにした。彼女も「帝国」へ不満を抱いているのだと思ったが、ただの平和主義だった。
がっかりした。
ならば、利用してやろうと考えた。
「帝国」も「新たな神々」もどうでもいい。
好き勝手にやればいいと思う。
――私はただ、異世界に戻りたいだけなのだから。




