89「千手さんは向島市の勇者じゃね!?」①
「――私は、「帝国」も「新たな神々」もどうでもいいわ。異世界に戻りたいの。名前だけの家族だって、できることなら消し去りたい……ありすさんごめんさい。私はただ八つ当たりしているだけ」
「……キリエさんが何かを抱えていると察しておりましたが、まさかそれほどのことがあったと気づかず、わたくしも申し訳ございません。思い返せば、キリエさんに利用された覚えもありませんので、謝罪は結構です」
キリエは納得できない顔をしていたが、ありすも謝罪されるほど酷いことをされていない。
利用はされていたことは間違いないだろう。
面倒ごとをすべてありすがするように気づけばなっていたが、キリエだけが悪いわけではない。
ありすも、「帝国」から離反すると決めた最初のひとりとして、先頭に立ってしまった。
必要なのは、話し合うことだったと今更ながらに思った。
「でも……私は…………ちょっと待って、真面目な話をしているのになんであんたは法被着ているの!? お祭りが始まるの!? あんたよ、由良夏樹! なんで後ろを振り返るのよ! あんた以外に法被を着ている人がいないでしょう!」
キリエは言葉の途中で、夏樹がなぜか服の上から法被を羽織っている姿に気づき、声を荒らげた。
「どうぞ!」
「いらないわよ! なんで欲しいと思ったの!?」
「え?」
「なんで不思議そうな顔をしているのよ! ちょっと、天使さんも止めてよ!」
「夏樹、俺様にもよこすんじゃ!」
「あいよ!」
「なんで天使さんまで法被を羽織るの!? 何が始まろうとしているの!?」
「――ざまぁ、さ!」
「どういうこと!? ざまぁ、の意味はわかるわよ! だけど、なんで今!? 誰に、なんでざまぁするの!?」
法被の背中には大きく「ざまぁ」と書かれている。
かつて神無征四郎の元婚約者と弟に「ざまぁ」するために羽織った勇者の装備である。
キリエだけではない、ありすも多聞も夏樹と小梅の「奇行」についていけず動揺している。
滝だけが「あらあら元気ねぇ」と微笑ましく見守ってくれている。
「俺はさ、事情をよく知らないからキリエさんとありすさんの関係まで口は出せないけど、できることがある。――殺ろう、キリエさんの家族を!」
「ずぉえっ!?」
キリエが変な声を出した。
小梅は夏樹と肩を組み、親指を立てる。
「まあ、なんじゃ。キリエはありすを言うほど利用しておらんかったし、あとで一発ぶん殴るでええじゃろう!」
「そっちで寝転んでいる奴は裏切り者みたいだから、とりあえず処してこうね。なーに、なっちゃんのマグナムギャラクシーフォーエバーサンダーで消し炭にするからへーきへーき!」
「へ、平気じゃない気が」
「あ、あの、由良様! お待ちを! 彼らは裏切ったとおっしゃいましたが、どう裏切り何をしたのか尋ねなければいけません!」
「あ、そうか。じゃあ、その人たちは後にしようか。んじゃ、キリエさんの家族を殺そう」
「殺伐ぅ! 私が悩んでいたことを何の躊躇いもなく言うのやめてぇ! というか、あんたが人を殺したらバレるって言ったんじゃない!」
「キリエさん、あのね。――バレなきゃ罪に問われることはねえんだよ!」
にちゃぁ、と夏樹が笑う。
「そうじゃのう。なんなら死なない程度に苦しめると言うのもありじゃな」
小梅もにちゃぁ、と笑った。
ありすと多聞は、夏樹と小梅の邪悪な笑みに怯え抱き合った。
キリエも「ひえっ」と小さな悲鳴をあげている。
「――さあ、ざまぁをはじめよう!」
両手を広げた夏樹の背後に人影が生まれた。
「一般人に手を出させるわけがねえだろぉおおおおおおおおおおおおお!」
七森千手が夏樹の背後から両腕を回しがっちり掴むと、そのままブリッジをする勢いで夏樹をバッグドロップした。




