47「甘い言葉を吐く奴はだいたい悪党じゃね?」①
「はわわわわわわわわわわわ」
「あわわわわわわわわわわわ」
夏樹と杏は河童さんを抱きしめて震えた。
「こんばんは。まさか門の神が向島市にいるとは思いませんでした。あちら側も私に対して随分と警戒心を抱いているようですね」
背後から近づいてくるのは、夏樹たちが通う向島市第一中学校の教師であり、神である月読命だった。
印象に残る白髪頭に、眼鏡をかけた年齢不詳の美男子だ。
グレーのスーツを着こなしてゆっくりと歩いていく月読の気配は、振り返らずともわかった。
「――なっちゃんこれからピアノのお稽古の時間だから」
「……杏、これから三味線のお稽古の時間だから」
「教師として、一個人として、夏樹くんと杏さんの関係が修復されたこと本当に嬉しく思っていますが、ここまで似ていると怖いものを感じてしまいますね。さて、お説教の時間です」
「待ってください、月読先生!」
夏樹は振り返ると正座し、河童さんを膝の上に乗せた。
「門の神が杏さんをナンパしたのが悪いんです! ナンパが失敗したからって蹴りやがって! 人として許せないでしょう! 今日のなっちゃんはギャラクシー河童勇者ジャスティスです!」
「それで?」
「………………俺は悪くないもん!」
「お兄ちゃんは悪くはないんです! 門の神が、杏のことを過去に戻すなんて言ってくるから」
「――そんなことを言われたのですか?」
お怒りの月読も「過去に戻す」という誘惑を受けた杏の訴えに、話を聞く態勢になってくれた。
「詳細を――と、言いたいのですが、まずこの地の修復から行いましょう」
そう言って指を鳴らすと、陥没し、草が焼け焦げ、地面が抉り取られている河川敷がみるみる修復されている。
「ルナティックファントムイリュージョン!」
「……適当に名前をつけないでください!」
あっという間に元通りになった河川敷に、夏樹は感動した。
(――なんてことでしょう。まるで蛮族に蹂躙されたような河川敷がこの通り!)
「不幸中の幸いと言っていいものか悩みますが、門の神も事前に結界を張っていたようですね。周囲の人々に、少なからず何かあったかなという違和感くらいはあったでしょうが、大きな問題はないでしょう。ないと信じましょう」
最後は自分に言い聞かせるようだった気がするが、夏樹は「はい」と返事をするしかない。
「さて、それで杏さん。門の神に過去に戻すと言われたそうですが」
「――はい。実は」
杏は、月読命に語った。
門の神が接触してきたこと、今までの数年間をやり直すために過去に戻してくれると提案してきたこと、だが、杏は過去に戻ることを選ばず、今を生きると決めたことを。
「杏さん、成長しましたね。あなたの決断は、さぞ勇気が必要だったでしょう。頑張りましたね」
月読は杏に優しく微笑んだ。
杏は少しだけ涙を目に溜めて頷く。
「あくまでも私見ですが、おそらく門の神は杏さんを騙そうとしたのでしょう」
「――え?」
「神々であっても過去に戻ることは不可能に近いのです。仮に、過去に戻ることができたとして、やり直しができたとしても……その世界は今のこの世界とは違う別の世界になってしまう可能性があったでしょう」
「過去に戻るってそんなに難しいんですか?」
夏樹も疑問を口にする。
「とても難しいことです。少なくとも、過去を変えられる神を私は知りません」
「じゃあ、実は茨木童子さんに襲われたなっちゃんを助けたのが成長したなっちゃんだったパターンは」
「ないでしょうね」
「じゃあ、誰が俺のことを助けてくれたんだ!? ――っ、やはり河童大神様が!?」
膝に抱き抱えていた河童さんが「んなわけあるか」と夏樹の頭を引っ叩いた。




