90「息子なりに母を想うんじゃね?」
――綾川杏と誠司は、春子たちにお礼を言って帰宅した。
少し遅れて一登も帰っていった。
心なしか、一登の表情は柔らかく、その足取りも軽いようにも見えた。
玄関の外で三人を見送った夏樹の頭を春子がぽん、と軽く叩いた。
「夏樹も大人になったわね。誠司さんや杏ちゃんへの言葉、お母さん不覚にもグッときたわ」
「ははは、まあ、俺なりに考えていることはあったというかなんというか」
「ふふっ、これからも杏ちゃんと仲良くしてあげてね」
「へいへい。今の杏さんは良き友人としてやっていけます。見守るのは一登がするだろうし。俺は俺のままいつも通りに接するよ」
「そうね、夏樹は夏樹らしく、愉快なまま接してあげなさい」
「うっす!」
(――ここで、ワンチャンあったら誠司さんと再婚とかってするの、と聞くのは野暮だよなぁ)
正直、母が幸せになるのであれば、誠司でもサタンでもそれともまた別の人でも結婚してくれて構わないと思う。
もちろん、厳しい息子からのチェックはあるが、第一は母が幸せになるかどうかだ。
誠司にその気があるのかわからないし、サタンもどこまで本気で母を好いているのかわからないところがあるものの、母を幸せにしてくれるのであればそれでいい。
(――俺ってお世辞にも孝行息子じゃないしなぁ)
異世界で勇者にされて、殺戮を繰り広げた。
後悔はしていないし、また異世界に紹介されようものならその星ごと殺すだろう。
地球に戻ってきてからも、なぜかファンタジーに巻き込まれて殺伐としている。
下手をすれば、母よりも先に死んでしまうという、最大の親不孝をするところだった。
実際、死にかけたこともあるし、死んでいてもおかしくない戦いもあった。
母ひとり、子ひとりの夏樹にとって、母を残して死んでしまうというのは絶対にできないことではあるが、可能性として十分すぎるほどあり得るのだ。
だから、もし、母の隣で誰かが支えてくれれば、と思ってしまう。
(でも、誠司さんはなんとなく難しいだろうなぁ。負い目が今ももりもりだし、裏事情を知らないからまた杏さんが変になるかもって思っちゃうんだろうなぁ。サタンさんはサタンさんだしなぁ)
夏樹は肩をすくめた。
息子の夏樹から見ても、母が何を思っているのかわからないことは多いので、今後どうなるのかわからない。
「夏樹、どうしたの?」
「いいや、なんでもない。んじゃ、家の中に戻りますか」
「そうね。今日はいいことあったからお酒を飲んじゃいましょう」
「毎日飲んでるじゃーん!」
「それはそれ、これはこれよ!」
母と肩を組み、夏樹は玄関を潜った。
■
「……サタンさんセーフ! もしかしたら誠司が杏と一緒に家に泊まってなんかの拍子に仲直りックスしようものなら、新たな扉が開くところだった!」
「おどれはどんな心配をしとるんじゃ!? いや、心配ちゅーか、新たな性癖が開眼するとか呆れを通り越してもう泣きそうなんじゃが!」
「サタンたん! 逆転の発想っす! ――寝取られる前に誠司さんをサタンさんが寝取ってしまえばいいっすよ!」
「誰得じゃろうな、その展開!? おっさんとおっさんとか嫌すぎるじゃろう! あと、杏とパパへの被害が大きすぎて訴えられたら負けるレベルじゃ!」
「――っ」
「なーんで、クソ親父はその手があったかみたいな顔をしているんじゃろうな!? イケるんか!? そっちもイケるんか!?」
夏樹と春子が戻ってくると、茶の間はいつのもように賑やかだった。
「あらあら」
「……いや、内容的にあらあらじゃ決して済ませてはいけない気がするのはなっちゃんの気のせいじゃないと思う」




