89「前を向くことが大事じゃね?(きりっ)」②
「夏樹くん、ありがとう。そう言ってもらえるだけで、救われるよ」
「えー、あー、なんていうか、俺は真面目な話をするのはあまり好きじゃないんですけど。誠司さんはいい人だし、杏は変わったし、もうそれでいいんじゃないかなって思います」
やはりこういう雰囲気は得意じゃない。
どうも性に合わないのだ。
「俺、誠司さんすごく尊敬しているよ。めっちゃ頑張っているのも知ってる。お母さんと一登も、そして杏も同じだと思っている」
あえて、夏樹は杏を「さん」付けで呼ばなかった。
「だからさ、もういいんじゃないかなって。またウチに遊びにきて欲しいし、一緒にご飯も食べよう。誠司さんお酒好きっしょ。この家に遊びにくると飲兵衛たちが歓迎してくれるよ」
「夏樹くん、ありがとう。そうだね、うん。また一緒に、一登くんも」
「また釣りしよう! 俺も一登も腕上がったんだぜ! な?」
「うん。自慢じゃないですけど、夏樹くんより腕は上です」
「いやいや、俺の方が上だし」
「この間の勝負は俺が圧倒的勝者だったけどね!」
「この間は潮が悪かったんだよ!」
「同じ場所で釣りしてたじゃん!」
夏樹と一登が張り合っていると、誠司が吹き出した。
ようやく笑ってくれた。
「――ありがとう。そうだね、また一緒に釣りに行こう」
「うっす!」
「はい!」
夏樹は敬礼し、一登が大きく頷いた。
そして夏樹はそのまま杏にも声をかけた。
「――杏」
「――っ」
「もう大丈夫だ。これからきっといいことが起きるさ。頑張れ!」
「……お兄ちゃん……うん、ありがとう。杏、頑張る!」
夏樹は杏に親指を立てた。
きっと彼女は大丈夫だ。
今の彼女であれば、道を謝らないだろうし、謝っても止めてあげようと思える。
「……一登も、ずっとずっと気にかけてくれてありがとう」
「うん。いいんだ。いいんだよ」
杏の感謝の言葉に、一登は瞳を潤ませた。
一登はずっと杏のことを気にかけていた。
時には喧嘩をしても、一方的に詰られても、決して見限ることはしなかった。
兄が原因だと察していたのもあるだろう。
初恋だったこともあるだろう。
何よりも、一登が心優しい少年だったからだろう。
この日、三原一登は報われたのだ。
「……誠司さん、杏ちゃん、これから一緒に頑張っていきましょう」
春子がそう優しく言うと、誠司と杏の瞳から涙が溢れた。
春子と一登も涙を流した。
こうして、夏樹たちの心にあった「しこり」は完全に消えたのだった。




