87「ライバルって大事な存在じゃね?」②
「――夜分遅くに申し訳ありません。杏を迎えにきました」
夏樹たちが二階から降りてくると同時に、春子が玄関を開けるとかつてこの家に一緒に暮らしていた綾川誠司が頭を下げていた。
「誠司さんったら、顔を上げてください。さあ、中へどうぞ」
「いえ、そんな。これ以上ご迷惑をおかけするのも」
「迷惑だなんてとんでもないわ。せめてお茶だけでも」
躊躇いを見せた誠司だったが、春子の好意を無碍にすることはできないようで困った顔をしていた。
「誠司さん、どうぞー」
後押しとばかりに夏樹が手を振ると、誠司も苦笑する。
「では、お言葉に甘えて。あと、これをどうぞ」
「あら。お気遣いくださって、すみません」
「いえ、そんな」
誠司が春子に手渡したのは、駅前にあるお店のマドレーヌの詰め合わせだった。
春子が好きなお菓子をきちんと覚えているのが誠実な誠司らしかった。
「夏樹くんはチョコレートが好きだったよね。今の好みはわからないけど、よかったら」
「――誠司さんだいちゅき!」
わーい、と紙袋を受け取る。
「こ、これは、予約なしでは買えないというチョコレート専門店の詰め合わせ!?」
「ははは、喜んでくれてよかったよ。実は、幼馴染みが働いていてね」
「わーい!」
「もう、夏樹ったら。はしゃがないの! すみません、誠司さん。夏樹ったら、無駄に愉快で」
「いえ、昔を思い出します」
誠司が革靴を脱ぎ、家に上がった。
かつてこの家で共に暮らしていた彼は何を思うのだろうか。
夏樹にはまるで想像もできない。
懐かしいのか、それとも悲しいのか。もしくは、他の感情なのか。
暗い雰囲気は好きではないので、わざとはしゃいでみせたが、なんとなくそういう雰囲気ではないと察した。
「俺たちも行こうか、一登、サタ……あれ? サタンさんいねーし?」
「えっとね、サタンさんなら茶の間に向かったよ。音を立てずに。凄いね。まったく音がしなかったよ」
一緒に降りてきたはずのサタンがおらず、どうしたのかと思いながら茶の間に行くと、ふりふりのエプロンを装備したサタンが戸惑い気味の誠司にお茶を出していた。
「こんばんは。ささ、お茶でもどうぞ」
「……太一郎さん。そういえば、春子さんとご交友があるとおっしゃっていましたね」
「まあまあ細かいことはさておき、どうぞどうぞ」
「はい。しかし、なんといいますか、賑やかですね」
サタンの登場に驚いた誠司は、茶の間にいる面々を見て、二度驚いた。
母ひとり子ひとりの家には、今や家族が増えて賑わっている。
想像していなかったのかもしれない。
「みんな夏樹のお友達なんですよ」
「そうだったんですね。……杏を探している時にお手伝いしていただきましたね。その節はどうもありがとうございました」
「ええんじゃ、ええんじゃ。思春期にはいろいろあるじゃろうて。今の杏はええ子じゃから、気にするこたぁないんじゃ。数年経ったら、あんなこともあったなときっと笑えるんじゃ!」
丁寧にお礼を言う誠司に小梅が明るい声をかけてくれた。
彼女の意識していない明るさに、雰囲気が和らいだ気がした。
「さてと、俺は今からフロランタン作ろうかな! 実は太一郎くんは、スイーツに関しても一流なんだよね! プロ級なんだもんね!」
「……急に張り合うな! クソ親父! みっともないじゃろう!」
「みっともなくないもん! パパ、みっともなくないもん!」
「……必死すぎてキモさを通り越して哀れじゃ。あ、涙が出てきたんじゃが」
きっと春子にマドレーヌを買ってきた誠司に対抗しようとしたのだろう。
やる気に満ち溢れているサタンに、小梅が涙を流した。
「さすがに夜だっていうのにバターの良い匂いをさせて欲しくないなぁ」
夏樹はフロランタンが大好きだが、夜に食べたらカロリーオーバーだ。
「あらあら、太一郎さんったら」
「ははは、海外の方のノリは面白いですね」
サタンの奇行を笑って流す春子と誠司に一同は絶句した。
(――もしかしたら、割と似たもの同士なのかもしれない)




