86「誠司さんは苦労がいっぱいじゃね?」②
杏とふたりで暮らす様になって、一度は落ち着きを取り戻していた。
もしかしたら、再婚したことが杏のストレスになっていたのかもしれない。
幼い子のことを考えると、再婚も少し早かったのかもしれないと考えた。
だが、少しずつ杏はおかしくなっていった。
あれだけ夏樹のことを慕っていたのに、もう一緒に暮らしていないのにずっと彼を悪く言い続けるのだ。
そして決まって「彼」を褒め称える。
何度も叱ったが、駄目だった。
だが、かつて妻と向き合うことは諦めたが、娘と向き合うことは諦めないと決めていた。
繰り返し、叱った。嗜めた。
一応は、杏も反省し、態度は戻る。
だが、しばらくするとまたおかしくなる。
なぜ夏樹や春子を嫌う言動をするのか。まるで憎んでいるようだった。
わざわざ夏樹のもとを訪れて言わなくていいことを言っていると、学校から連絡もあった。
普段はいい子なのに、なぜ、と教師たちも不思議がっていた。
カウンセリングも受けた。もしかしたら自分に問題があるのではないかと思い、一緒に受けた。
――それでも駄目だった。
薄々感じていた。
杏のそばには常に「彼」がいた。
まるで夏樹の居場所を奪ったように「彼」がいた。
中学に上がると、杏は友人からも嫌われるようになった。
何かをしたわけではない。
「彼」を崇拝する言動に周囲がついていけなくなってしまったのだ。
それは誠司も同じだった。
だが、決して諦めなかった。
それでも、心が折れそうで、どうにかなってしまいそうで、誰かに助けて欲しいとさえ思った。
しかし、おかしなことは続く。
ある日、正気に戻ったように杏の言動が変わった。
そして錯乱した。
やはり何が起きたのか分からなかった。
その頃の誠司は家に帰ることが辛く、また帰っても杏がいないことが多かったのだ。
そんな時、出会ったサタンに愚痴を聞いてもらって救われた。
改めて向かい合おうと決意していると、杏が消えた。
いなくなってしまった。
「彼」の後を追ったのではないかと気が気でなかったが、数日後に、戻ってきてくれた。
再会に喜んだ誠司に対し、杏は長い間の反省と謝罪をしてくれた。
どうしてあんなふうになっていたのか杏自身もわからないと言ったが、何かあったのだろう。
そう思ったのは、杏が夏樹と一登と一緒にいたからだ。
きっと親に言えない、何かがあったのだ。
いつか言ってくれると信じて、気づかないふりをした。
そして今日、杏は由良家にいる。
かつて自分のしたことを謝罪したいと言った杏の想いを春子に告げて、時間を作ってもらっていたのだが、運が悪いことにその前に会ってしまったようだ。
だが、結果として、杏は謝罪ができて、春子は許してくれた。
電話を受けて驚いたのは言うまでもない。
春子は、涙ながらに「杏ちゃんが昔のいい子のままでよかった」と言ってくれた。
誠司も泣いた。
しかし、ふたりで疑問に思った。
なぜ夏樹と一登と杏が一緒に行動しているのか、と。
かつて険悪だった三人が、まるで友人のようにしているという。
ずっと気にかけてくれていた一登はわかるが、嫌な思いしかしていなかった夏樹は不思議で仕方がない。
それを言ってしまうと、夏樹と同じように辛い思いしかしなかった春子が許してくれたことにも、感謝しかない。
今、どんな顔をして、どんな思いで杏が由良家にいるのか心配であり、安堵もある。
きっとあの子は大丈夫だ。
みんなのおかげで大丈夫になった。
そう思い、早く娘の顔が見たくて、誠司は足を早めるのだった。




