85「誠司さんは苦労がいっぱいじゃね?」①
綾川誠司は緊張しながら由良家に向かっていた。
かつて、誠司には妻がいた。
娘、杏の母親が当たり前だがいたのだ。
彼女は感情的な女性で、若い頃はそれがとても魅力的に見えたのだが、結婚してからその思いも少しずつ変化していった。
気に入らなければ叫ぶ、物を投げる。
そのくらいならばいいのだが、とにかくわがままなのだ。
学生時代は、わがままも自分を信頼している証拠ではないかと思っていたが、そうではない。単純にわがままなだけだ。
親にも、友人にも、そして自分にも変わらなかった。
そんな妻との間に子供ができて変化が訪れた。
感情的になることなく、家のことも率先してやるようになり、誠司が心配になる程だった。
遊び歩くことも減り、子供ができたことでお互いに大人になったのだと安心していた矢先に、――浮気が発覚した。
誠司はお世辞にも楽しい人間ではない。
アクティブなことは得意ではなく、静かで穏やかな時間が好きな人間だ。
そんな自分に妻は嫌気がさしてしまったのだろう。
どこか悲しい気持ちと、ホッとした気持ちがあった。
ただし、生まれてくる子のためにも見て見ぬふりはできず何度も注意をしたが、効かなかった。
それは子供が生まれてからも、変わらなかった。
妻は生まれてきた子――杏に興味を示さず、家から出ていってしまう。
実家の力を借りながら杏は元気に育っていった。
大変だった。しかし、娘の成長は嬉しかった。
感情をよく表に出してくれる素直な子だった。
同時に、我慢強い子だった。
そんな杏と一緒に生活する日々は幸せだった。
そんな折、幼稚園で由良春子と息子の夏樹と出会った。
夏樹は少し人見知りで、友達ができないと悩んでいた。そんな彼に杏が話しかけたことがきっかけで親しくなった。
杏と夏樹が友人となったことをきっかけに、春子とも話す機会が増え、三原一家とも知り合いとなった。
子育ての相談ができる相手というのは貴重だ。
今の子供が何を求めているのか、情報も得ることができて助かっていた。
どうしても仕事が忙しい時は、杏を預かってもらったこともあった。
そして、少しずつ、少しずつ、子供も親も親しくなっていった。
誠司と春子は意気投合し、次第に惹かれていった。
想いを告げれば迷惑かもしれないし、断られたあとの関係を考えるとどうしても二の足を踏んでしまう。
だが、杏を迎えにいって春子と話している姿をぼうっと眺めていた夏樹が、急に誠司に親指を立てて、ウインクしたのだ。
背中を押された気持ちになった。
誠司は後悔しない様に、春子に想いを伝え、結ばれた。
杏がいれば幸せな日々だったが、もっともっと幸せになったのだ。
しかし、その幸せは壊れてしまった。
杏の反抗期だったのか、それとも「彼」のせいなのか。
誠司の努力が足りなかったのかもしれない。
幸いなことに、春子と夫婦ではなくなったが、良き友人として連絡をとっている。
夏樹とはあまり会うことはないが、顔を合わせてかつての様に接してくれる。
そして、杏のことをずっと気にかけてくれている三原一登もいた。
だから、きっと、今までなんとかやっていけたのだと思う。
シリアス回なので続きは0時に更新します!




