キス:「もっとあたしに狂いなさいよ」
「ん……」
ちゅうっと唇を吸われて思わず息を漏らす。
玲蘭の舌が真咲の舌を狙う。2人の舌がべったりと絡む。
玲蘭の唇は柔らかくて弾力がある。彼女の唾液が次第に、自分の唾液と混ざり合っていく。
「う……っ、ん」
舌の柔らかい感触を思う存分味わった。甘ったるい。これまで食べたどんなスイーツよりも極上だと思う。
玲蘭の舌が、真咲の歯の裏をつぅっと撫でてきた。
「ん、う」
唇をすぼめ、その舌を独り占めするみたいに吸い付く。
唾液でべとついた唇を重ねるたびに、気持ちよくてどうにかなりそうに思えてくる。
真っ暗闇、ベッドの中。
外には、墨を落としたみたいに黒い海がある。波の音は聞こえない。
すぐそこにある海と浜は、磁気嵐の影響でヴァーチャルエラーにじわじわと侵食されつつあるかもしれない。
真夜中、閉ざされた部屋の中。2人は一心不乱に唇を重ね合う。
ベッドに入るなり、向き合うようにしてキスをした。そのままこうやってキスをし続けて、もうどれくらい時間が経っただろう。
飽きることもなく、2人は貪るようにキスをし続けている。
玲蘭がふと、唇を離して軽く体を起こした。
おしまいかな、と少しだけ残念に思った瞬間。玲蘭は真咲の腕を押さえつけるようにして覆いかぶさり、また唇を押しつけてきた。
部屋は真っ暗だから、至近距離でも玲蘭の顔は見えない。
だけど分かる。玲蘭はとびきり嬉しそうな顔をしている。
「マサキ、嬉しそう」
唇を離した玲蘭が、口先が接触するほど近い距離で囁いた。
「見えないでしょ」
「見える」
真咲の唇を舌でべろりと舐めてから、玲蘭はなおも言う。
「だけど、今日はキスだけ」
少し意外だった。このままじっくり時間をかけて『いただかれ』てしまうのかな、と自分なりに覚悟を決めたところだったのに。
「あ、残念そう」
「……そんなこと」
強く否定できなかった。
またキスをする。お互いに唇を吸う。
「マサキって、やらしーんだ。イイコトしたいのね」
「したくないって言ったら、嘘になっちゃうもん……」
近い距離で会話をして、またキスをする。
「イイコトって要するに、体液を混じり合わせるってことでしょ?」
「その言い方だと風情も何もないって気がするけど……」
「風情あると思うけどなあ。っていうか、マサキはアレに別ベクトルの風情を求めてるの?」
「……」
ほんの1センチくらい先に唇があったから、そっと奪った。唾液混じりのキスをしたら、ちゅるりといやらしい音がした。
「ほらね。キスだって、体液を混じり合わせてるんだから、同じこと」
「同じではないと思うけど……」
「じゃあもうキス、やめとく?」
玲蘭の声はどこか高圧的だ。
「やだ」
「ふふ」
玲蘭が覆いかぶさって唇をグッと押しつけてくる。
真咲が初めてキスを交わしたのはおとといのこと。
これまで彼氏もできず、キスする機会なんてついぞ訪れなかった真咲は、その感触を知らなかった。せいぜい、皮膚が軽く触れ合う程度のもの。そう思い込んでいた。
だけどあまりにも、あまりにも認識が甘かった。
唇を触れさせるたびに、身体に電気でも走るように、全身がひりひりと震える。同時に、背すじから心臓、首の後ろまで、快楽としか呼びようのないどうしようもなく気持ちのいい感覚が突き抜けていく。
キスがこんなにもいいものだなんて、今まで本当に知らなかった。
「あ、でもね。あの、……は、初めてなので」
それを口にするのはどうにも恥ずかしいけれど、きっと今ならあけすけな話も許されると思う。
「だから今後、い、イイコト、するときはさぁ、お手柔らかに……。っていうか、レーラもそうか……」
「処女、ね」
真咲としては結構濁したつもりなのに、玲蘭が処女という言葉をはっきり使ってきたから、内心かなり慌ててしまった。
「でも別にあたしたち、女同士じゃん? どんなに深いことをしたって、処女は処女のままじゃないの?」
「そうなの?」
あいにく真咲はそういう方面にとことん疎い。だからつい、いい大人が8つも下の女子高生に尋ねてしまった。
「だって例えばマサキ、ひとりでするでしょ?」
「何を?」
よく分からないけれど、とにかく警戒心盛り盛りで聞き返すしかない気がする。
「……すっとぼけるなら別にいいけど」
あ、もしかして自分で自分を、というやつだろうか。正直、そういう欲が薄い方だから、具体的なやり方がイマイチ分からない。
「その場合、指でしたとしても、何か道具を使ったとしても」
「道具……」
困った。分からないなりに、濃いめの話をされている気がする。
「ふふ、今後じっくり教えたげる。とにかく、自分でやったからって、処女じゃなくなるわけじゃないでしょ?」
「ええと、多分そう」
この会話はどこへ向かうのだろう。それにしても、恥ずかしくて仕方ない。
「でも、あたしとマサキが一緒にする場合も、やることって自分ですることとだいたい一緒じゃないの? そうすると、やっぱり処女じゃなくなるってことはなくて」
「……そうなの?」
「そう思うけどなぁ。だから、あたしとマサキが今後どんな深いことをしたって、あたしたちはずっとバージン。女の子同士って、そういうもの」
これは、納得していい話なのだろうか。
「そ、そうなのね……」
だけど、異論は無いからとにかく頷くことにした。
押し倒されるような形だから、力を抜いてなすがままになった。玲蘭は調子に乗って、舌をグイと奥にねじ込んでくる。
そのまま、舌先で真咲の口腔内、上顎の部分を軽くなぞった。
「ん、あぁっ」
くすぐったさに身をよじる。だけど、玲蘭に押さえつけられていて、逃げることはできない。
真咲のひときわ甘い声を聞いて、その部分が弱いと見抜いたのかもしれない。玲蘭は執拗に上顎を舌先で舐め始めた。
「ん、ふ……」
むず痒くてたまらない。甘美な拷問のようだと思う。
「……んぅ、っ」
このままずっと同じ部分を責め続けられたら、狂ってしまうかもしれないと恐怖した。
***
2人は時間を忘れてキスをし続けている。あまりにも気持ちよくて、気持ちよくて、脳が溶けてしまいそうだった。
「マサキがとろけちゃってる」
そういう玲蘭の声だって、どろりと溶けたスイーツみたいに甘ったるい。
「ねえ……もっと」
息を荒らげて玲蘭の袖を掴んだら、くすっと笑い声が聞こえた。
「はしたないこと」
揶揄しながらも、玲蘭はまたキスをしてくれた。
柔らかい唇を夢中で味わっていたら、頭がふわふわしてきた。完全に、グズグズにされてしまっている。
「キスだけでこんなに淫らになってるマサキは、その先に進んだら身が持たないわね」
誘惑するような声だったけれど、多分玲蘭は今夜、その先をくれないのだろうと思った。
「ダメ元で言うんだけどさぁ……その先も、欲しい」
「だぁめ」
やっぱり、畳み掛けるように断られた。
「一晩で一から十までぜぇんぶやっちゃうなんて、品がないし美しくないもん。欲に溺れるっていうのも、ちょっとかっこ悪いし」
品がなくてもかっこ悪くても、それでも欲しい。つい、そんな劣情を覚えてしまう。
だけど玲蘭は、だめといったからにはその主張を貫くだろう。
「それにね、あたしたちの旅はまだまだ先が長いの。北海道まで行くんでしょ? こんな序盤で何もかも全部やっちゃうなんて、つまんない」
「そうかもしれないけど……ねぇ」
不承不承という感じで頷いた。
「ホントのこと、言うとさぁ」
玲蘭が急に、真咲の耳元に唇を寄せる。
「……あたしだって、結構我慢してるんだけどなぁ。マサキを頭からぱくって食べちゃいたい気持ちも、ないわけじゃない」
とろけきった脳に、その言葉はやけに色っぽく響いた。
「だけどね、あたしたちはまだ始まったばっかりだから、少しずつ、すこーしずつ」
なるほど一理ある、そう納得しかけたところに追撃が飛んできた。
「熱量を抱えるものが膨張して、とにかく膨らみ続けていよいよ爆発するみたいにね、あたしたちはいつか、どうしてもそれをしなければ身が持たないってぐらいの熱量に体も心も支配される日が来る。その日まで、じぃっと焦らして焦らして、じぃっくり、じんわりじんわりいじめていって、そうしたらマサキは最後には、狂っちゃうくらい乱れるでしょ? あたし、そういうマサキが見たいんだもん。だから、その日まで抱いてあげない」
「その宣言だけで気が狂いそうなんだけど……」
なんだかもう、聞いているだけでめまいがした。
だけど玲蘭は嬉しそうだ。
「最高じゃない。ねえマサキ、もっとあたしに狂いなさいよ」
「……もう充分狂ってる」
玲蘭の火照った体を引き寄せ、ぎゅうっと抱きつくみたいにして唇を重ねた。




