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エピローグ:「ねぇ、今日は何して遊ぶ?」

 旅に出てから4日目。

 真咲は後ろ手に縛られて、床に転がされている。


 ***


 旅館の延泊オーダーが終わっているのをいいことに、2人は気兼ねなく夜ふかしをした。じっくりたっぷり時間をかけてキスをして、とろけるように眠りについた。

 早起きの必要はない。午前いっぱい眠ってから、旅館1階のカフェでモーニング兼ランチの軽い食事をする。

 秘書時代には考えられなかったような怠惰たいだな過ごし方だ。


「雨、一日中降るって予報だったけど、弱まってるね」

 カフェの窓から外を眺めつつ、玲蘭レイラが言う。

「ん。ヴァーチャルエラーの様子は……」

「まあ、雨のやみ間を待って片付けちゃうよ。マサキはお留守番」

「サポートは……」

「すぐそこの浜でしょ? いらない」

 いらないとバッサリ断られてしまった。ちょっとだけへこんでしまう。


 食事を終えて部屋に戻ったところで、玲蘭が思い出したように言った。

「あ、そうだ。昨日の粗相そそうのお仕置きが保留中ね」

「えぇ……?」

 思わず眉をしかめる。そういえば昨日、そんなことを言っていたような……。

「でも、だって昨日、たくさん話をして、いっぱいキスして、2人の関係はそれで安泰あんたいってことになった、のかなぁって」

「それとこれとは話が別。危ない時間にお外に出てバグに襲われかけるような甘い考えの子には、体で分からせなきゃならないわけ」

 玲蘭が高圧的な態度で睨みつけてくる。その目に睨まれると、何も言えなくなる。


「そこの床にうつ伏せになりなさい」

 命令されれば拒否権はない。言われた通り、体を下に向けて客室の床に転がった。

 玲蘭は真咲の腰に馬乗りになると、腕を無遠慮に掴んで後ろ手に固定した。それから自身の浴衣の帯をほどいて、真咲の右手首と左手首をサッと縛り上げてしまう。

 結構ガッチリと結んだらしい。少し引っ張ったくらいではびくともしない。

「今日のお仕置きはこれだけ。あたしの機嫌がいい日で良かったわね」

 玲蘭は適当な衣服に着替えながら、歌うように話し続ける。

「じゃ、エラー除去してくる。そこ転がって反省してなさいね」

 あとは部屋の鍵だけ持って、玲蘭は風のように身軽に出ていってしまった。


 しぃんとした部屋の中。肩や胸を、そして頬を床にぺったりとつけたまま、考える。

 いわゆる放置プレイというやつなのだろう。こういうパターンもあるのか。

 玲蘭が仕掛けてくるいたずらはたいがい、痛いか重いか苦しいかくすぐったいか怖いか屈辱的かのどれかだけど、今置かれている状況は正直言って比較的楽だ。

 腕を縛られたからといってほとんど実害はない。なんなら、ちょっと頑張れば立ち上がって動き回ることも可能かもしれない。

 だけど、無抵抗のままとにかく転がっておくことにした。それが玲蘭の望みだろうから。


 ……まだ玲蘭は戻ってこない。

 静かな部屋で床に転がっていると、ぼやぼやと色々なことを考えてしまう。

 2人の関係のこと、この旅のこと、失った仕事のこと。

 そしてこれからのこと。

︎︎この関係が今後、うまく続いていくのかは分からない。真咲の人生はいまだ崖っぷちで、将来が明るいとは言いがたい。その上真咲は、この胸の中に生まれた恋らしき謎の感情を完全に持て余している。

︎︎一方のお嬢様にはワガママなところがあるし、感情の乱高下も激しい。2人の関係は順風満帆なわけがなくて、これからもぶつかりながら、傷つけ合いながら旅をすることになるかもしれない。

 2人の関係性や気持ちはどう変わっていくだろうか。2人はどこにたどり着けるだろうか……さまざまなことをとりとめもなく考えているうちに、悟りでも開いてしまいそうな心持ちになる。


***


 時計も見ずに達観しきってぼんやりとしていたら、扉が開く音がした。どうやら待ちわびた人は、無事に仕事を終えたらしい。

「あ、大人しく転がってる」

 玲蘭はそのまま洗面所に直行し、手を洗っている。

「今日のお仕置きはちょっとヌルかったかなって思ったけど、まあそういう日もあるかもね」

 出ていったときと同じ、楽しそうな様子で玲蘭は話し続ける。それからおもむろに真咲の方に近づき、その背中の上にドサッと腰を下ろした。


「う……」

 重みがかかって、わずかに声を漏らしてしまう。

「なぁに? あたし重い?」

「……ちっとも」

正直、臓器が圧迫されて多少苦しいけれど、苦しそうなそぶりを見せてはいけないのだろう。

「あたしとしては、マサキが部屋で縛られて転がってるって考えるだけでちょっと嗜虐心しぎゃくしんそそられるなぁって感じがしたけど。でもマサキはさ、ぼーっとしてただけだった?」


 なんとなく正解っぽい受け答えを思いついたから、試してみることにする。

「寂しかった」

「あら」

 まんざらでもない、という華やいだ声が返ってきた。日々のトライ・アンド・エラーの甲斐あって、どうやらかなりクリーンヒットに近い正解を導き出せたようだ。


「さて。お仕事は終わったの。意外と早く終わっちゃったからチェックアウトして先を急いでもいいんだけど、でもまた降り出すみたいだから今日はもうお休みかなぁ」

 玲蘭が真咲の拘束を解くのを大人しく待った。彼女がポイと帯を投げ捨てた瞬間に、起き上がって玲蘭に腕を伸ばし、すがるみたいにぎゅっと抱きつく。

「今日のマサキは可愛いわね」

 玲蘭が真咲を抱き返し、髪をぽんぽんと撫でてくれた。今日の玲蘭はどうにも甘い。


「ねぇ、今日は何して遊ぶ?」

 悪い遊びに引き込まれてはたまらないから即答した。

「卓球じゃない?」

「だよねぇ」

 玲蘭がヘラヘラと笑う。よかった、ご機嫌だ。


「今日はいっぱい時間あるもん。たくさん遊ぼうね!」

 玲蘭がぎゅうっと抱きついてきた。

 さて、卓球のあとにはどんな遊びが待っているんだろう。正直怖いけれど、心の奥底には期待に似た思いもなくはない。


 2人の関係は、まだまだ不安定で、未知数。

 そんな2人の旅は、明日からも続く。


 いつか、北の果てにたどり着ける日まで。


***


『お嬢様は小悪魔で、秘書は崖っぷち ~北を目指す彼女と私の旅の記録~』 【終】

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