第8話:五人の旅路、不協和音の行進
第8話:五人の旅路、不協和音の行進
鋼の町『ガルネリ』を離れ、一行は荒野を北上していた。
道中、風景は驚くほど単調だった。大地はどこを切り取っても「効率的」な配置で岩が転がり、風が吹く。そこに無駄な起伏はなく、ただ目的地へと至る最短のルートが、地面に白い砂で描かれているかのようだった。
「ねえ兄貴、この道、本当に合ってるのかな。なんというか……あまりに歩きやすすぎて、逆に怖いんだよね」
フィンが軽薄に肩をすくめ、杖を弄ぶ。
先頭を歩くレオンは、地図と周囲の地形を交互に確認しながら、短く答えた。
「ここは最も安全なルートだ。無駄な戦闘を避けて、エネルギー消費を抑える。それが、この旅の正解だ」
「正解、かぁ」
フィンは口元に笑みを貼り付けたまま、兄の背中を見つめた。
その視線には、暖かさと、それ以上に冷たい観察眼が混ざっている。レオンはそれに気づきながらも、あえて反応を返さない。
「兄貴、張り切りすぎだよ。たまには迷子になるくらい、人間らしくていいんじゃない?」
「迷いはタイムロスだ。俺たちは英雄として、最短で魔王を討たなければならない。遊びに来ているわけじゃないんだ」
レオンの言葉に、ユリウスが明るい声を上げる。
「まあまあ、フィン! レオンは真剣なんだよ。僕たちの背中を預けるリーダーが、適当だったら困るだろう?」
「そりゃそうだけどさ。……ガルドだってそう思うだろ?」
話を振られたガルドは、不機嫌そうにミョルニルの柄を握り直した。
「……フン。迷おうが直進しようが、俺の雷槌が道を切り開く。それだけの話だ。ただし、俺の貴重な時間を無駄にするような寄り道だけは容赦しねぇからな」
「わかった、わかったよ。はいはい、みんな優秀で頼もしいねぇ」
フィンがわざとらしく溜息をつき、セイルがそれに苦笑する。
「本当に、個性豊かなメンバーね。でも、レオン。あんまり気を張り詰めないで。肩、少し凝ってるんじゃない?」
セイルがそっとレオンの肩に手を添え、治癒の魔力を流し込む。
その柔らかな温かさに、レオンは一瞬だけ表情を強張らせ、すぐにいつもの「勇者の顔」へと戻した。
「……ああ。ありがとう。でも、まだ休むわけにはいかない」
その夜。
一行は、朽ち果てた防壁の影で野営を張った。
鍋からは乾燥肉と、わずかな根菜を煮込んだスープの匂いが漂う。
「おい、そこ。塩を入れすぎだ。味がぶれる」
「うるさいな! ガルド、お前こそ火加減が強すぎるぞ!」
「貴様ら、静かにしろ。夜の荒野は音が響く」
言い争う少年たちを、セイルが笑顔でなだめる。その光景は、どこからどう見ても、等身大の若者たちの旅路だった。
しかし、レオンだけは、その輪から一歩引いた場所で、地図に書き込みを続けていた。
――違う。何かが決定的に足りない。
レオンは鏡を見ることはしないが、今の自分の表情が、完璧に「英雄」を演じていることを自覚している。
他者の期待。世界の要請。
それを裏切らないために、自分という個人の輪郭を、少しずつ削り取っている。
ふと視線を上げると、フィンがスープの皿を持って立っていた。
「……兄貴。これ、冷めないうちに食べなよ」
「……ありがとう」
「さっきから、同じ場所を何度も眺めてるよ。そんなに地図を見ていても、そこに『正解』は書いてないと思うけど」
レオンはスープを口に運んだ。
塩辛い。少しだけ、焦げ臭い。
けれど、それが今の自分にとって、唯一の「現実」のように思えた。
「フィン。お前はいいな。……何も背負わず、ただ、その風のように笑っていられる」
「……そう見えるのかな?」
フィンが、ふと真顔になった。
その瞳の奥には、兄ですら見たことのない深い闇がある。
だが、次の瞬間、彼はいつものヘラヘラとした笑みに戻った。
「兄貴、それは嫉妬だよ。もしかして俺のこと、羨ましいの?」
「……まさか」
「ははは。ま、いいさ。俺が兄貴の重荷を少しだけ、勝手に肩代わりしてあげるよ。……それが、俺の『間違い』を探す旅だからさ」
フィンはそう言うと、レオンの隣にどかりと座り込んだ。
夜風が吹き抜ける。
荒野の星空は、あまりに遠く、冷たい。
その下で、彼らは明日という不確かな未来へ向けて、静かな呼吸を重ねていた。




