第98話:兵站(へいたん)の革命(誤算と、軍靴の音)
満を持して棚を埋め尽くした「魔法の器」。だが、発売当初の動きは鈍かった。
「……オーナー、やはり価格が壁になっています。庶民には、手軽な軽食としては少し手が届きにくいようですわ」
ソラリスの報告に、ケニーは苦い顔をした。狙いすぎたか、あるいは時代がまだ追いついていないのか。商売の神様は、そう簡単には微笑んでくれない。
1. 意外な「突破口」
だが、事態は思わぬ場所から動き出した。
王国と帝国の国境付近で起きた、小規模な小競り合い。そこに派遣された王立騎士団の分隊が、個人的にケニーの店で「魔法の器」を買い溜めし、戦地に持ち込んだのだ。
「……信じられない。雪の降る行軍中、焚き火一つで、これほど温かくて栄養のある麺が食べられるなんて!」
重い干し肉や硬いパンに辟易していた兵士たちにとって、軽くて、お湯を注ぐだけで「温かい食事」に変わるカップラーメンは、まさに奇跡の結晶だった。
2. 戦場を変えた「一杯」
兵たちの士気は爆発的に高まり、補給の負担も劇的に軽減された。
「魔法の器を持ち込んだ部隊だけが、疲弊せずに進軍を続けている」
その報告は、即座に王都の軍上層部、そして敵対する帝国側にも伝わった。
「あの『器』は魔法の武器か? いや、食料だ。しかも信じがたいほど兵站に優秀な!」
帝国側は驚愕した。物流の王ケニーが作ったのは、単なる嗜好品ではなく、軍事の常識を覆す「最強の兵糧」だったのだ。
3. 帝国の脅威と「爆売れ」
「ケニー殿! 帝国から特使が来ている。あの一杯を、言い値でいいから全て売ってくれと、なりふり構わぬ交渉に来ているぞ!」
軍部からの緊急連絡。昨日まで棚で静かに眠っていたカップラーメンが、一夜にして国家間の戦略物資へと跳ね上がった。
「……よし、全在庫を放出しろ。ただし、価格は正規のままだ」
ケニーの決断により、店からは一瞬で在庫が消えた。大ヒット。それも、経営者の想像を遥かに超える「爆発的なヒット」だった。
4. 7割の冷徹な予感
だが、山積みになった注文書を前に、ケニーの目は笑っていなかった。
「……長くは続かないぞ、これは」
ケニーは、空になった棚をじっと見つめた。
「一度構造が知れ渡れば、魔法に長けた帝国ならすぐに真似し始める。麺を揚げて乾燥させ、粉末スープを作る。仕組みはシンプルだ……模倣品が出るまで、そう時間はかからないだろうな」
49歳。彼は知っている。独占的なヒットの蜜月は、いつも短い。
サ◯ンのメロディを口ずさむ余裕もなく、ケニーは次の一手――「真似できない本物の味」へのさらなる改良に向けて、再び計算機を叩き始めた。




