第91話:魔法の器(起死回生の麺と、49歳の賭け)
「……他人の不幸を喜んでいる暇はない。明日は我が身だ」
大型商店で起きた食中毒の報を聞き、ケニーが最初に出したのは「全店一斉の衛生再点検」の命令だった。他社の失墜は、業界全体への不信感に繋がる。自陣の守りを固めるのが先決だ。
1. 終わらない消耗戦
競合他社も死に物狂いだった。不祥事を経て、彼らはさらに苛烈な値下げと、なりふり構わぬ販促で客を呼び戻そうとしている。ケニーの店の客足は、依然として厳しい状況が続いていた。
「オーナー、このままではジリ貧ですわ。何か、他所が逆立ちしても真似できない『決定打』が必要です」
ソラリスの焦りを含んだ声に、ケニーは机の上の図面を広げた。
2. 禁断のレシピ
ケニーは、商品開発部門のトップ、コストナーを秘密のラボに呼び出した。
「コストナー、お前に頼みたいものがある。……これは、この世界の食文化を根底から覆す、劇薬だ」
ケニーが語ったのは、前世で世界を救った発明品――「カップラーメン」の概念だった。
「熱湯を注いで三分。安価で、長期保存が可能で、しかも栄養価が高い。……貧しい者も、忙しい者も、これ一杯で腹を満たせる。世界を平和にするとさえ言われた魔法の麺だ」
3. 未知への挑戦
コストナーは絶句した。
「……麺を一度揚げて乾燥させ、湯で戻す? オーナー、そんなことが可能だとしても、この魔法のスープを粉末やペーストにする技術は……」
「だからこそ、お前にしか頼めないんだ。自社工場の調味料抽出技術、そして魔導による乾燥技術をすべて注ぎ込め。……頑張ってみてくれ。今の俺たちに、これ以外の生き残る道はないのかもしれない」
ケニーの声には、経営者としての悲壮な覚悟が滲んでいた。これは単なる新商品ではない。流通の王者が放つ、生存を賭けた最後の一矢なのだ。
4. 49歳の祈り
コストナーが震える手で図面を受け取り、研究室に籠もった後、ケニーは独り、夜の工場を見つめた。
(……チキンラーメン、カップヌードル。あの時、安藤百福氏が見た景色を、俺は今、異世界で追っているのか)
前世で当たり前のように棚にあった「三分間の奇跡」。それを再現するための、気の遠くなるような試行錯誤が始まった。
失敗すれば、開発費で会社が傾く。成功すれば、この国の「食」の歴史がパッカーンと音を立てて変わる。
49歳。彼は、かつて一人の発明家が人生を賭けたように、自分もまた「一滴のスープ」にすべてを託した。




