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第89話:消耗のレッドオーシャン(増税の波と、削り合う命)

「……また下がったか」

司令室のモニターに映し出されるリアルタイムの客数データ。前週比でさらに数パーセントの落ち込み。ケニーは深く椅子に沈み込み、眉間を指で押さえた。

1. 狂乱の安売り

原因は明白だった。王国の増税宣言を受け、周辺の大型商店やドラッグストアがなりふり構わぬ「増税分還元セール」に打って出たのだ。

「あちらは薄利多売で押し切るつもりのようです。利益を削ってでも客を奪う……。うちの常連客まで、あちらの行列に並んでいるという報告が入っていますわ」

ソラリスの声も暗い。客が来なければ、鮮度を誇る惣菜もただの廃棄物になる。

2. 現場に漂う「敗北感」

店舗を巡回すれば、空気の重さが肌に伝わる。

「オーナー、やっぱりあっちより高いと、レジでお客さんに文句言われるんです……」

店員の言葉が胸に刺さる。一生懸命品出しをし、清掃をしても、客は「一円でも安い方」へ流れていく。前世でも今世でも変わらない、小売業の非情な現実。

ケニーの店も対抗して一部値下げを断行したが、それは自らの首を絞める行為に他ならなかった。売上は上がらず、ただ「忙しさ」だけが増し、利益だけが削り取られていく。

3. 49歳の「耐え忍ぶ夜」

深夜、ケニーは一人で自社工場の製造ラインの横に立っていた。

(……苦しい。だが、ここで折れれば、俺が築いてきた『質』まで死ぬ)

競合他社は、増税分をカバーするために、見えないところで原材料を安物に替え、店員をさらに過酷な条件で使い潰し始めている。それによって得た「安さ」は、毒のようなものだ。

「ソラリス……全店に伝えろ。今は耐える時だ。安売りで客を呼ぶのではない。他所がコストカットで『味』と『安心』を捨て始めた今こそ、うちは調味料一滴まで絶対に妥協するな」

4. 泥の中の矜持

薄利多売の嵐に巻き込まれ、経営数字は真っ赤に染まる。他店が活気に沸く中、ケニーの店は静かな戦いを続けていた。

「……今は負けているように見えるだろう。だが、客は馬鹿じゃない。安さの裏にある『劣化』に必ず気づく日が来る」

ケニーは、赤字覚悟で作り続けている自慢の惣菜を一口食べた。

「……その日まで、俺がこの店の赤字をすべて背負う。現場には、胸を張ってレジに立てと言え」

49歳。彼は、前世のコンビニ経営で幾度となく経験した「出口の見えない消耗戦」の中にいた。孤独と不安、そして数字への恐怖。それでも彼は、現場の尊厳と一滴の味を守るために、泥沼の中で踏みとどまっていた。

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