第86話:プロフェッショナルの証明(引き抜きの罠と、現場の格)
ケニーの店で働くスタッフたちの「多能工」ぶりは、皮肉にも、彼らを見下していたはずの外部勢力の目に留まることとなった。
1. 傲慢なヘッドハンティング
「ケニー殿。貴殿の店の店員を、我が王立魔導ギルドの事務員として数名譲っていただきたい。……あんな薄汚れたレジに立たせておくには、惜しい手際の良さだ。もっと『格上の仕事』を与えてやるのが温情というものだろう」
ギルドの幹部が、まるで「救い出してやる」と言わんばかりの態度で交渉に来た。彼らは、コンビニの店員を「単純作業の繰り返しで疲弊している哀れな労働者」だと決めつけていた。
2. 現場を去った三名
ケニーは止めることをしなかった。「自分の価値を確かめてこい」と、希望した三名を送り出した。
彼らが配属されたのは、ギルドの受付や書庫管理だ。誰もが「あんなレジ打ちに比べれば、天国のような仕事だ」と笑った。
だが、事態は一週間で一変する。
3. 圧倒的な「処理能力」
ギルドの事務は、コンビニのレジに比べれば驚くほど「単調」だった。
一時間に数人の来客、決まった書類の整理。コンビニ店員として、一分間に数十のタスクを同時にこなし、不測の事態に即座に対応する訓練を受けてきた彼らにとって、それは止まっているのも同然の仕事だった。
「……終わりました。次は?」
「な、何だと? この量の魔石の検品を、もう終わらせたのか!?」
彼らは、コンビニで培った「効率的な動線」「在庫の先入れ先出し」「客の機微を読む洞察力」を無意識に発揮していた。ギルドのエリートたちが丸一日かけてやる仕事を、彼らは午前中で終わらせてしまったのだ。
4. 49歳の「確信」
「オーナー……彼らが戻ってきたいと言っています」
ソラリスが苦笑いしながら報告する。ギルド側は彼らを手放したくないと泣きついたが、当の店員たちは「暇すぎて耐えられない。現場の、あのヒリつくようなスピード感が恋しい」と言っているという。
ケニーは、戻ってきた三人をいつものようにレジへと迎えた。
「……分かったか。お前たちがやっているのは、世間が思うような『低俗な労働』じゃない。最高密度の判断力を求められる、選ばれた人間にしか務まらない仕事だ」
ケニーは、彼らが再び流れるような手つきでレジを捌き、品出しを行い、清掃をこなす姿を、深い満足とともに見つめた。
49歳。彼は知っていた。世間の「格」という物差しがいかに滑稽であるか。そして、この24時間の灯火を守る者たちが、この国で最も優れた「実務家」であることを。




