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第80話:不凍の港(甘い誘いと、冷たい計算)

王国の諜報員たちが去った後の応接室には、重い沈黙だけが残っていた。ケニーは窓の外、24時間の明かりが灯る店舗の駐車場を見下ろしていた。

1. 影からの接触

「オーナー、王国との交渉結果が、早くも別の場所で『決済』されようとしていますわ」

ソラリスが、一枚の豪奢な招待状をデスクに置いた。

送り主は、帝国の外郭商会を名乗る謎の人物。内容は、国境付近の「中立地帯」での会食の誘いだった。王国を公然と脅したケニーの噂は、すでに壁の向こう側にも届いていた。

2. 帝国の「提示額」

数日後、ケニーは護衛も連れず、中立地帯の古びた館を訪れた。

待ち受けていたのは、物腰の柔らかい帝国の老紳士だった。

「ケニー殿。王国に買い叩かれるのは、実にもったいない。……我が帝国であれば、貴殿の持つデータの価値を、今の百倍の金、あるいは『伯爵』の爵位で買い取りましょう」

老紳士は、ケニーの前に一枚の地図を広げた。そこには、帝国軍が制圧を予定しているエリアに、あらかじめケニーの店舗が配置された「未来の図」が描かれていた。

3. 49歳の「買い物」

ケニーはその地図を一瞥いちべつし、ふっと短く息を吐いた。

「……魅力的な提案ですね。ですが、私の商売には一つだけ、譲れないルールがある」

老紳士が目を細める。

「何ですかな? 独占禁止ですか?」

「いえ。『在庫の鮮度』です。帝国が支配した後の死んだ街に、私の店は必要ない。私が売りたいのは、生きて、働き、腹を空かせた客たちのデータだ。戦争で更地になった場所に、レジを置くつもりはありません」

4. 均衡という名の防波堤

ケニーは席を立ち、老紳士の手を握ることもなく出口へ向かった。

「王国には帝国に売ると言い、帝国には王国と組んでいると見せかける。……私がどちらにも加担しないことが、この地域の『平和という名の商圏』を維持する唯一の方法なんですよ」

背後で老紳士の笑い声が止まった。

ケニーは夜風に当たりながら、自らの店舗の看板を見上げた。

情報を売ることは、火薬を扱うことに似ている。だが、49歳の経営者は、その火薬を「爆発」させるためではなく、誰にも火をつけさせないための「抑止力」として使い続ける覚悟を固めていた。

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