第79話:情報の防波堤(強硬な要求と、二枚のカード)
本店の応接室。そこには、王国の諜報機関から遣わされた、血の匂いのする男たちが座っていた。
1. 王国の「独占」要求
「ケニー殿。貴殿の持つPOSデータと予測アルゴリズムは、もはや一商人の手に余る。……これらすべてを王国の管理下に置き、今後一切、外部への提供を禁ずるという誓約書に署名をいただきたい」
男の口調は丁寧だったが、その背後には「拒否すれば店を潰す」という露骨な圧力が透けて見えていた。彼らにとって、コンビニのデータは国防そのものだった。
2. 49歳の静かな拒絶
ケニーは、差し出された誓約書に目を通すこともなく、ゆっくりと自分のカップに紅茶を注いだ。
「……独占、ですか。それは困ります。商売というのは、広く門戸を開けてこそ価値が生まれる。特定の顧客にだけ贔屓をするのは、私の信条に反します」
「信条だと? 国家の安全保障よりも、貴殿の個人的な矜持が優先されるとでも言うのか」
男たちの殺気が膨れ上がる。だが、ケニーは動じなかった。
3. 最悪の「代替案」
ケニーは、手元の魔導端末を操作し、一つのグラフを表示させた。
「今、この瞬間も、帝国側の店舗からは膨大なデータが吸い上げられています。……もし、王国が私に対して、正当な取引ではなく『圧力』という不誠実な手段を選ぶのであれば、私はこのデータを帝国に売却せざるを得ません」
室内の空気が一瞬で凍りついた。
「……貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか。それは反逆罪だ」
「いえ、『在庫処分』です」
ケニーは冷徹な眼差しで、諜報員の目を真っ向から見据えた。
「帝国側は、自軍の弱点を隠すためなら、今の提示額の十倍は出すでしょう。……私を潰せば、このデータの制御権は自動的に分散され、暗号化されたまま帝国全土のサーバーへ流れるよう設定してあります。私が生きている限り、それは止まる」
4. 商人の平和
諜報員たちは、言葉を失った。ケニーを殺すことも、脅すこともできない。彼を怒らせれば、王国の軍事機密がすべて帝国へ「商品」として流出するのだ。
「……誤解しないでいただきたい。私は、これまで通り王国と良好な関係を築きたいだけだ。ただし、それは対等な『契約』に基づくものであるべきだ」
ケニーは冷えた紅茶を飲み干した。
男たちは、忌々しそうに誓約書を回収し、音もなく部屋を去っていった。
一人の経営者が、自国の諜報機関を「出入り禁止」に近い形で追い返した瞬間だった。




