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第157話:常連という名の財産(不格好な黒板と、誠実さの対価)

ケニーの巡回から数日後。第512支店の若き店長は、もう魔導端末レジの画面ばかりを睨みつけるのをやめていた。

客が入ってくれば必ず顔を上げ、目を見て挨拶をする。ただそれだけの当たり前のことだが、店内の空気は以前の冷たさが嘘のように柔らかくなっていた。

1. アナログな工夫

店長は、入り口の脇に小さな手書きの黒板を立てかけていた。

そこに書かれているのは、魔法の呪文でも特売の情報でもない。

『今夜は風が冷たくなります。温かい肉まんと、熱いお茶の準備ができています。どうぞ休んでいってください』

システムで統一された店内には似つかわしくない、不格好な手書きの文字。

だが、暗く冷たい街道を歩いてきた旅人にとって、その泥臭い一言は、どんな立派な宣伝文句よりも心に刺さるものだった。

2. 誠実さの対価

夕暮れ時。チリン、と鈴が鳴り、ドヤドヤと複数の足音が店内に入ってきた。

「いらっしゃいませ!」

店長が顔を上げると、先頭に立っていたのは、先日ケニーが温かく迎え入れたあの若い行商人だった。今日は一人ではなく、同じような土埃にまみれた仲間を三人連れている。

「やあ、店長さん。今日は仲間を連れてきたよ」

「あっ、あの時の……! また来てくださって、ありがとうございます」

「この先の宿場町は、俺たちみたいに薄汚れた行商人を見ると、足元を見てぼったくりやがるからな。……でもここは違う。定価だし、何より『いらっしゃい』の声が温かい。仲間にも、ここで補給しようって勧めたんだ」

行商人の仲間たちも、「表の黒板、なんかいいな」「ああ、冷え切ってたから温かいもんが食いたかったんだ」と笑いながら、カゴに次々と商品を入れ始めた。

3. 客単価と「常連」の力

彼らがレジに持ってきたのは、いつものパン、いつもの水、そして温かいスープに、レジ横のホットスナック。

しかし、四人分のそれは確かなボリュームになり、さらに「ついでに明日の朝飯も買っていくか」と、彼らは気前よく銀貨を支払ってくれた。

派手な奇跡は起きていない。だが、確かな「信頼」が、彼らに少し多めの買い物をさせてくれたのだ。

「ありがとうございました! 道中、お気をつけて!」

深く頭を下げる店長に、行商人たちは「ああ、またこの街道を通る時は寄らせてもらうよ」と手を挙げて店を出ていった。

4. 嘘のない数字

深夜、シフトの終わりに店長は魔導端末の集計画面を開いた。

『本日の累計客数:382人』

客数が昨日から急激に倍増したわけではない。相変わらず目標の500人には届いていない、厳しい数字だ。

だが、店長は画面の別の項目を見て、小さくガッツポーズをした。

客一人あたりの購入金額を示す『客単価』が、昨日よりも明らかに跳ね上がっていたのだ。

「……オーナーの言う通りだ。魔法なんてない。でも、目の前の一人を大切にすれば、必ず答えは返ってくる」

あの行商人は、「常連」になってくれた。そして新しい客を連れてきてくれた。

その地道な積み重ねだけが、この382人という数字を、いつか500人、600人へと押し上げていく確かな土台になる。

店長は雑巾を固く絞り、明日もまた来てくれるであろう「誰か」のために、入り口のガラスを無心で磨き始めた。

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