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第156話:顔を上げる店員たち(画面越しの世界と、血の通った挨拶)

聖教国への街道沿いに建つ『第512支店』。

ここは長距離を移動する馬車や行商人が立ち寄る重要な拠点だが、最近は競合する宿場町の整備が進み、客足の減少が深刻な課題となっていた。

1. 伸び悩む「客数」

「……今日も、届かないか」

若き店長は、カウンターの中で力なく呟いた。

彼の視線は、魔導端末(レジ画面)に表示されるリアルタイムの来客データに吸い寄せられていた。

『本日の累計客数:342人』

この立地で店を健全に回すには、一日に最低でも500から600人の来店が必要だ。夕方のピークを過ぎてこの数字では、今日も目標には程遠い。店長は、画面に表示される「マイナス」の推移ばかりを見て、胃がキリキリと痛むのを感じていた。

チリン、と入店を告げる鈴が鳴る。

「いらっしゃいませ」

店長は画面から目を離さず、指先でレジの待機画面を叩きながら、機械的な挨拶を投げた。入ってきた客が何に困っているか、どんな表情をしているかなど、今の彼には目に入らない。彼の頭にあるのは、「この客で343人目だ」という無機質なカウントだけだった。

2. オーナーの眼差し

「……店長。数字は『結果』であって、『目的』じゃないぞ」

背後から低く、落ち着いた声がした。

巡回に訪れていたオーナーのケニーだ。彼はいつの間にか、売り場の乱れた棚を黙々と整えていた。

「オ、オーナー! すみません、数字が思うように上がらず、つい……」

「数字が落ちると、画面の中に正解を探したくなる。その気持ちは分かる。だがな、店長。お前が睨みつけているその画面の中に、金を払ってくれる『客』は一人もいないぞ」

ケニーはレジカウンターの中へ入り、店長の隣に立った。

3. 三百四十四人目の「重み」

再び、店の扉が開いた。

入ってきたのは、土埃にまみれ、肩を落として歩く一人の若い行商人だった。

店長がいつものように、画面を見たまま「いらっしゃいませ」と言いかけたその時。

ケニーが、スッと背筋を伸ばした。

そして、入ってきた行商人の「瞳」を真っ直ぐに射抜くように見つめた。腹の底から、店内の空気を震わせるような、温かく力強い声が響く。

「いらっしゃいませ!! ……お疲れのようですね。温かいスープ、ちょうど出来たてですよ」

その声に、行商人はビクッと肩を震わせ、それから驚いたように顔を上げた。

ケニーと目が合う。店主の力強い眼差しと、自分を「一人の人間」として歓迎する言葉。

行商人のこわばっていた顔が、みるみるうちに緩んでいった。

「……ああ、助かるよ。今日は散々な商売でね。この明かりを見た時、涙が出そうだったんだ」

4. 画面を閉じ、前を見る

行商人がスープを手に取り、少し元気を取り戻して店を出ていった後。

魔導端末の数字は『344』に変わった。

「店長。今の男にとって、この店は『344分の1』じゃない。たった一つの『救いの場所』だったんだ。お前が画面の数字ばかり見て、彼の顔を見なければ、その救いは未完成のままだった」

店長は言葉を失った。

自分は今まで、344人もの「人生」が店を通り過ぎていったことに気づかず、ただの数字の積み上げとしてしか見ていなかった。

「……オーナー、僕、もう一度やり直します」

店長は自ら、魔導端末の集計画面を閉じた。

そして、次に鈴が鳴った瞬間。彼はもう下を向いてはいなかった。

大きく顔を上げ、入ってきた客の目をしっかりと見つめて、今日一番の声を出した。

「いらっしゃいませ!!」

その声は、郊外の静かな店内に、かつての活気を取り戻すための確かな「火」を灯した。

客数はすぐに倍にはならないかもしれない。だが、この店に来た客は、必ず「また来よう」と思って店を出ていく。

その積み重ねこそが、コンビニを「地域のインフラ」にする唯一の道であることを、ケニーの背中が語っていた。

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