第158話:踏み躙られた黒板(宿場町の牙と、最強の『常連客』)
第512支店が「手書きの黒板」と「心ある接客」で活気を取り戻し始めた、その数日後の深夜。
外は冷たい雨が降っていた。店長は、いつものように温かい肉まんとスープを用意し、あの若い行商人たち4人がやってくるのを笑顔で迎えていた。
「店長、今日も冷えるな。いつものセット、頼むよ」
「はい、いらっしゃいませ! いつもありがとうございます!」
平和で、血の通った商売の風景。
だが、その温かな空気は、入り口のガラス扉が「蹴り破られる」凄まじい音と共に粉々に打ち砕かれた。
1. 牙を剥く「同業者」
「おいおい、随分と繁盛してるじゃねえか。……俺たちの『獲物』を横取りしてな」
土足で踏み込んできたのは、柄の悪い屈強な男たち数人だった。手には鉄の棒や刃物を握っている。彼らは、ここから数里離れた寂れた宿場町を牛耳る、悪徳な顔役とゴロツキたちだった。
最近、金払いの良い行商人たちが宿場町を素通りし、この「24時間開いている奇妙な店」に金を落としていることに気づき、店を潰しに来たのだ。
「あ、あなたたちは……! やめてください、お客様が……!」
店長がカウンターから身を乗り出すが、顔役の男は鼻で笑い、店長が一生懸命書いたあの「手書きの黒板」を泥靴で容赦なく踏み砕いた。
バキッという音と共に、心を込めた言葉が真っ二つに割れる。
「客の顔を見るだぁ? ふざけた商売してんじゃねえぞ。ここは俺たちのシマだ。今日限りでこの店は……」
男が鉄の棒を振り上げ、レジの魔導端末を破壊しようとした、その瞬間だった。
2. 劇物:裏返る「行商人」
「――おい」
低く、ひどく冷たい声が店内に響いた。
声の主は、イートインスペースで肉まんを頬張っていた、あの若い行商人だった。
「せっかくの温かいスープに、泥の跳ねた雨水が入っちまったじゃねえか。……どう落とし前つけるんだ?」
土埃にまみれ、愛想よく笑っていたあの人の良さそうな青年の顔は、そこにはなかった。
瞳には、人を殺し慣れた本物の「捕食者」の冷酷な光が宿っている。
「あぁ? なんだテメェ、ただの行商人が……」
顔役が凄んだ直後、ゴロツキの一人が「がはっ」と血を吐いて吹き飛んだ。
若い行商人の仲間の三人が、いつの間にかゴロツキたちの背後に回り、音もなく急所を打ち抜いていたのだ。その動きは、どう見てもただの商人ではない。国境を越える、歴戦の暗殺者か特殊部隊のそれだった。
「な、なんだお前ら……!?」
パニックになる顔役に、若い行商人はゆっくりと近づき、その首を片手で軽々と締め上げた。
「この店はな、俺たちの大切な『補給拠点』なんだよ。これ以上騒いで、店長さんを困らせるな」
3. 明かされる「裏の顔」
ほんの数十秒の出来事だった。
屈強なゴロツキたちは全員床に転がり、白目を剥いて気絶している。
震えて立ち尽くす店長の前に、若い行商人は何事もなかったかのように歩み寄り、カウンターに「金貨」を数枚ポンと置いた。
「店長さん、扉と黒板の修理代だ。……あんたの心のこもった接客は、本物だったよ。だからこそ、俺たちは『ここ』を選んだ」
「あ、あなたは、一体……」
「俺たちは、大陸最大の闇物流を牛耳る『黄金の天秤』の先遣隊だ。……うちのトップが、あんたの組織のボスに興味を持ったらしい」
男の言葉に、店長は息を呑んだ。
国家すら裏から操ると噂される、巨大な裏社会の商会。彼らはただの行商人などではなく、その巨大組織の調査員だったのだ。一杯のスープと誠実な挨拶が、とんでもない「劇薬」を惹き寄せてしまった。
4. ケニーへの宣戦布告
「ボスに伝えてくれ。『あんたの作ったこのインフラは、素晴らしい。……我々の組織で丸ごと買い取らせてもらう。断るなら、力ずくで奪う』とね」
青年はニヤリと笑い、気絶した顔役たちを蹴りのけて、雨の中へと消えていった。
同じ頃。王都の第801支店。
ケニーの目の前にある魔導端末が、けたたましい警告音を鳴らしていた。第512支店からの緊急通信。
さらに、彼の個人的な魔導通信機に、未知の暗号回線から一つのメッセージが届く。
『オーナー・ケニー。あなたの24時間の明かり、我々が頂戴する』
ただの温かい日常回だと思っていた商売の延長線上に、国家規模の裏社会との「巨大な企業買収戦争」という、ヤバすぎる罠が口を開けて待っていた。
49歳の経営者は、冷めたコーヒーを飲み干し、静かにその目を細めた。




