第155話:祭りの後の静寂(看板の重さと、たった一人の「客」)
ソラリスたちが開いてくれた温かな感謝祭から一夜明けた。
第801支店のバックルームで、ケニーは一人、ケニーバンクの売上表を眺めていた。
1. 突きつけられた「現実」
「……静かだな」
祭りの賑やかさが嘘のように、今日の客足は鈍い。ケニーバンクに表示される数字は、ここ数ヶ月で最低の数値を叩き出していた。
49歳の男の胸に、冷たい風が吹き抜ける。
昨日の感動が大きかった分、この静まり返った店内の空気が、まるで「お前の役割はもう終わった」と言われているようで怖かった。
「……オワコン、か」
ふと、そんな自虐的な言葉が口をつく。
一度大きな注目を集め、救世主とまで呼ばれた。だが、喉元を過ぎれば、人々は「24時間そこにあること」を当たり前だと思い、興味を失っていく。それは、この異世界でも、かつての日本でも変わらない、商売の非情な現実だった。
2. 鏡の中の自問自答
ケニーは事務所の小さな鏡を見た。
「俺がやっていることに、価値はあるのか?」
誰にも愛されない孤独を埋めるために始めた経営。ソラリスという伴侶を得て、仲間を得てもなお、この「数字」という評価軸から逃れられない自分がいる。
数字が落ちれば、自分の価値まで落ちたように感じる。そんな強迫観念が、彼を追い詰めていた。
3. 一つの「ベル」が鳴る
その時だった。
チリン、という入店を告げる鈴の音が、静かな店内に響いた。
モニターを見ると、一人の老人が、足を引きずりながら店に入ってくるのが見えた。先日、ケニーが水質汚染を予見して命を救った、あの集落の住人だった。
老人は、空に近い棚をゆっくりと眺め、大切そうに一個のパンと、小さな温かいスープをレジへ持ってきた。
「……店主さん、いるかね?」
ケニーは慌ててレジへ向かった。
「はい、ここに。……何か不備でもありましたか?」
4. 三十二分の一の奇跡
老人は、深く刻まれた皺の寄った顔で、ふわりと微笑んだ。
「いや……。今日からまた、この店がいつも通り開いていると聞いてね。どうしても、あんたの顔を見て、このパンを買いたかったんだ。……あんたがここにいてくれるだけで、わしらは安心して眠れる」
老人が支払った数枚の銅貨。それはケニーバンクの膨大なデータの中では、ほんの小さな「一」に過ぎない。
だが、その重みはどうだ。
ケニーは気づいた。
客数が100人から32人に減ったのではない。**「今日、自分を必要としてくれた一人が、32回も繰り返された」**のだ。その一人ひとりに人生があり、救いがあり、物語がある。
「……ありがとうございます。また、明日も開けておきますよ」
老人の背中を見送りながら、ケニーは震える手で棚の整理を始めた。
たとえ数字が落ちても、看板の灯りは消さない。一人のために店を開け続ける。
それが、49歳の不器用な男が、この世界で生きていくための「唯一の正解」なのだから。
「……ショウ! 棚が空いているぞ。すぐに補充だ。今日の一人のために、最高の店を作るぞ!」




