第136話:黄金の誘惑(揚げたての快音と、商売の原点)
聖教国第801支店。石造りの静かな店内に、異世界では聞き慣れない「パチパチ」という軽快な音が響き渡った。ケニーが王都から特注の魔導加熱式フライヤーを運び込ませたのだ。
1. 忘れていた「商売の血」
「……オーナー、本当にやるんですか? この国で、こんな油の匂いをさせて……」
ショウが不安げにフライヤーを覗き込む。
「ショウ、商売っていうのはな、待つだけじゃない。客の五感をこちらから奪いに行くもんだ。お前、日本でレジに立っていた時、揚げ鶏の匂いに釣られてついつい買っていった客の顔を忘れたのか?」
ケニーの言葉に、ショウの目が微かに泳いだ。忙しくも充実していた、あのコンビニの日常。
「……忘れてません。あの『あと一品』が決まった瞬間の手応えだけは」
「なら、それを取り戻せ。今日からこれを売るぞ。新製品、『聖女様まんじゅう』だ」
2. 禁断の「聖女様まんじゅう」
それは、地元の修道院で伝統的に作られていた素朴な蒸しまんじゅうを、ケニー流にアレンジしたものだった。中には聖教国特産のはちみつを練り込んだ餡が詰まっており、それをフライヤーで一気に揚げ、表面をカリッと仕上げる。
「第一聖女様にも事前に試食してもらい、『天に昇るような心地』とお墨付きをいただいている。名前の使用許可も取った。……さあ、揚がったぞ」
黄金色に輝くまんじゅうが油から引き上げられる。香ばしい甘い香りが、石造りの冷たい空気の中へ一気に広がった。
3. 攻めの「声かけ」
「いらっしゃいませ! 揚げたての『聖女様まんじゅう』いかがでしょうか! 聖女様も御愛用の、今だけのお味です!」
ケニーに促され、ショウが最初はおずおずと、次第に腹の底から声を出し始めた。
静寂を尊ぶこの国で、その活気ある声と食欲をそそる香りは、かえって強烈なインパクトを放った。
一人、また一人と、巡礼者や住民が足を止める。
「聖女様のお名前がついた菓子か……。それに、この香りはなんだ、抗いがたいな」
「一つ、いただこうか」
ショウの手際が、瞬く間に「セブンの血」を思い出したかのように鮮やかになる。
「ありがとうございます! 揚げたてで大変お熱くなっております。お気をつけて!」
4. 二号店への足音
一週間後。第801支店は、朝から晩まで「聖女様まんじゅう」を求める行列が絶えない、聖教国始まって以来の「繁盛店」となっていた。
ケニーバンクの売上データは垂直立ち上がりを記録し、利益率は驚異的な数字を叩き出した。
「オーナー……すごい。売れるって、こんなに楽しいことだったんですね」
汗を拭いながら、ショウが心からの笑顔を見せた。その顔には、石牢にいた頃の陰りは微塵もない。
「ああ、これが商売だ。ショウ、朗報だぞ。聖女様から、大聖堂の反対側の広場にも、もう一店舗出してほしいと要請が来た。802号店の店長は、お前に任せるつもりだ」
「えっ!? 僕が店長に……?」
ケニーは、活気に溢れる店内を見渡し、静かに独り言を呟いた。
「……49歳になって、異世界で店員を一人前に育てる喜びを知るとはな。これもまた、大きな『徳』の積み方だ」
聖教国の二つ目の看板が、今、確かな熱気を帯びて準備され始めていた。
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