第134話:聖女の休息(見えない制服と、琥珀色の癒やし)
聖教国の第801支店。そこは、これまでのケニーの店舗とは似ても似つかない場所だった。派手な看板はなく、石造りの壁に控えめな木のプレート。夜になっても魔導灯は絞られ、まるで修道院の別館のような静謐さを湛えている。
1. 現代っ子の「職業病」
「……いらっしゃいませ。……あ、いえ、『主の御加護を』……でしたっけ」
慣れない修道服風の制服に身を包んだ青年——前世の教え子の長男である「ショウ」は、ぎこちない手つきで棚を整えていた。
彼は混乱していた。自分を救い出したこの49歳の中年店主が、なぜ「1番レジへどうぞ」という日本語を知っていたのか。なぜ、自分の父親のことまで知っているのか。
「ショウ、動きが硬いぞ。日本での接客をそのまま持ち込むな。ここは祈りの街だ。客を急かすな、寄り添え」
裏から出てきたケニーの声に、ショウは背筋を伸ばした。
「でも、オーナー。セブンの……いや、日本のやり方なら、もっと効率よくレジを回せるのに」
2. 忍び寄る「聖なる孤独」
そんな二人のやり取りを遮るように、店の重い石の扉がゆっくりと開いた。
入ってきたのは、深いフードを被り、泥除けのマントを羽織った一人の女性だった。周囲を警戒するその立ち振る舞いは、一見すると巡礼者のようだが、その下から覗く指先の白さと、微かに漂う高貴な香をケニーの鼻は見逃さなかった。
女性は、新製品の「聖教国仕様・琥珀色の薬草茶(特製はちみつ入り)」のボトルの前で立ち止まり、震える手でそれを手に取った。
「……これを、いただいてもよろしいかしら」
その声は、重責に押しつぶされそうなほど、疲れ切っていた。
3. 「普通」という名の救い
ショウは、ケニーの教えを思い出した。効率ではなく、寄り添うこと。
彼は、彼女がひどく喉を枯らし、低血糖でふらついていることに気づいた。それは、前世の深夜レジで何度も見てきた「働きすぎた誰か」の姿だった。
「……お疲れのご様子ですね。そちら、今すぐお飲みになりますか? 栓をお開けしましょうか」
ショウが、日本流の丁寧すぎる接客ではなく、一人の人間として穏やかに問いかけた。
女性は驚いたように顔を上げた。聖教国では、彼女を「聖女」として崇めるか、政治の道具として敬遠する者しかいない。一人の「疲れ切った客」として扱われたのは、いつ以来のことだろうか。
「……ええ、お願いするわ」
ショウが手際よく栓を抜き、冷えたボトルを渡す。彼女がそれを一口飲んだ瞬間、はちみつの甘さとハーブの香りが、彼女の張り詰めた心を解かしていった。
4. 聖女の微笑み
「……不思議な場所ね、ここは。まるでお堂の中にいるような静けさなのに、王都の市場よりもずっと心が温かくなるわ」
フードの奥で、彼女が小さく微笑んだ。
彼女が店を出ていった後、ケニーがショウの肩を叩いた。
「よくやった、ショウ。今の彼女が誰か知っているか? この国の象徴、『第一聖女』様だ」
「えっ!? そんな、あんなに疲れた様子で一人で……」
「24時間、誰かのために祈り続ける人間には、たまに『ただの自分』に戻れる場所が必要なんだよ。……それが、この質素な801号店の役割だ」
ケニーは、レジ横に並べられた聖教国の土産物を見つめ、独り言を呟いた。
「……これでまた一つ、大きな徳を積めたな。しかも今度は、日本を知る『相棒』と一緒にだ」
聖教国の静かな夜。派手な光はなくとも、コンビニの灯りは、疲れ果てた聖女の心に、小さな希望の火を灯していた。
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