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第132話:聖教の戒律(消えた看板と、壁越しの「いらっしゃいませ」)

王都から遠く離れた、厳格なる信仰の地「聖教国」。ケニーはこの地への801店舗目となる進出のため、冷え切った大聖堂の回廊を歩いていた。

1. 牙を抜かれたコンビニ

「ケニー殿。我が国では、汝の国の派手な看板も、夜通し光る魔導灯も禁じられている。聖なる静寂を乱す光は罪だ」

案内する司祭の言葉は、拒絶に近いものだった。

「承知しております。店舗の外観は周囲の石造りに合わせ、看板は木彫りの質素なものに。制服も修道服に近い色調で統一しましょう」

ケニーは49歳の冷静さで、現地の景観に溶け込む「ステルス型店舗」の設計図を提示した。さらにお土産物の独占販売や「お布施」という名のキックバックも、今は足がかりを作るために全て呑み込んだ。

2. 立ち聞きした「異世界の残響」

商談を終え、司祭の執務室を出ようとした時だった。廊下の向こうで衛兵たちが談笑しているのが耳に入った。

「……地下のあの狂人、また変なことを言ってたぞ。『ファミチキください』だの『揚げ鶏ありますか』だの……」

「ははは! 揚げた鶏だと? 飢えすぎて幻覚でも見ているんだろう。どこの国だか知らんが『ニッポン』なんて国、聞いたこともない」

ケニーの歩みが、ピタリと止まった。

(……今、なんと言った? 『揚げ鶏』だと?)

49歳のケニーの心臓が、ドクンと跳ねる。それはかつて、自分が経営していた店で、毎日何十回、何百回と繰り返されていた、日本特有の「コンビニの日常」の断片だった。

3. 石牢の暗闇にて

ケニーは司祭に「迷い人の更生に興味がある」と言葉を尽くし、地下牢への立ち入り許可を強引に勝ち取った。

湿った石造りの牢獄。鉄格子の奥に、ボロ布を纏い、うなだれている一人の若い男がいた。

当然、相手はケニーの顔を見ても反応しない。ケニーは今、異世界の49歳の男の姿なのだから。

ケニーはわざとらしく、前世で耳にタコができるほど聞いた「あの合言葉」を、日本語で呟いた。

「……お待たせいたしました。1番レジへどうぞ」

4. 確信の瞬間

ガタッ、と。

男の体が、弾かれたように跳ね上がった。

「……えっ? い、今……なんて……?」

男は震える声で、縋るように鉄格子へ這い寄ってきた。その目は、地獄で仏に会ったような、狂気的なまでの希望に満ちていた。

「あんた……日本人か? ここは、◯ブンイレブンなのか……?」

その、何気なく棚を直すような手の動き、緊張した時に無意識に腰を叩く癖。

「……間違いない。あいつの息子だ」

ケニーは確信した。顔は親父そっくりだが、中身はあの店で元気に働いていた、あの長男坊だ。

「……バカ野郎。こんなところで油売ってんじゃねえよ。……シフト、穴開けやがって」

日本語での一喝。男はケニーが何者かは分からないまま、ただ「理解してくれる者」がいたことに号泣し始めた。

ケニーは鉄格子を強く握りしめる。聖教国の厚い壁に囲まれた絶望の淵で、二つの「日本」が、ついに交差した。

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