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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
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お嬢様の奮闘的な

 時系列的にはユーリがユリアと共に帝国の施設に侵入、及び大暴れする少し前。

 リイルは皇子の情報を聞いてから何かを言いたそうにするユーリに対して余計な言葉を飾らずに「行ってらっしゃい」とだけ言った。

 短期間ながらも人間として成長し、懐の大きさを見せつけたリイルはユリアを同行させて三日前にユーリを送り出した。

 何気にユーリとユリアはこの屋敷の中では雰囲気や動きの中心になっており、その二人が両方共いなくなってしまっては屋敷の中が少々ギクシャクしてしまうのだが、まあ往復で六日ほどなら許容範囲だろう……とリイルは楽観視している。懐は大きくても、計算高さの面で見ればまだまだなのだ。

 まあ実際にややぎこちないながらも屋敷は回っている、働いてくれているメイド達への給金という切実な問題が浮かんでくるも、それもユーリ達が戻ってきてからだ。

 さて、屋敷の普通の仕事はそれで済んでいるのだが、こちらはそうもいかない。

 リイルは数日前から習慣になっているアスカの部屋への訪問をまだ続けていた。ユーリが来る前のか弱い令嬢だった時の経験から、気分が落ち込んでいる時に一人になればロクな方へと思考が移らないという事を身をもって知っているのだ。

 リイルが部屋に入っても、アスカは身じろぎすらしない。

 この反応は彼女が目覚めてからずっとではあるのだが、感情を爆発させた三日前あたりから場に満ちる陰気と言うのだろうか? それが酷くなっている気がする。

 それはユーリに踏み入って欲しくない所まで踏み入られてしまったからか、それともあれ以来ユーリが一度もこの部屋を訪れていないからか。それとも、ユーリへと伸ばされた手を自分が取ってしまったからか。

 可能性で言えば前の二つが濃厚だ。久しぶりに会った彼女は以前とは打って変わってユーリに依存した様子を見せていたし、動揺したとはいえ彼女が人間に何か思うところがあるとは考えにくい。

 今もアスカはこの世に一人取り残されたような暗い表情をしており、見ている方の心も痛む。

 だからこそリイルは三日前の一幕が全て嘘だったかのように普通に振舞う(相手がそれを見ているかは疑問だが)。

 話の途中でふと、アスカの虚ろな瞳が自分を捉えていることに気づく。


「……ユーリは?」


 やはり予想していた通りだ。

 自分に近づいてくる全てを拒絶しながらも、心の奥底ではユーリに依存している。

 それは彼が自分に優しくしてくれているからか、それとも同じ時間を生きることが出来る同類だからか。

 恐らくはその両方だろう、そうでないのなら同じく王霊であるイルにも多少の依存はする筈だ。まあ態度が柔らかいのはあるが。

 アスカの意識が殆ど自分に向くことは無くとも、彼女の心の内はある程度測れる。それに三日前の独白もある。

 だからこそリイルは普通に、ユーリやユリア、イル達と接する時と同じような口調と態度で接するのだ。


「ちょっと遠出する用事があってね、しばらくは屋敷にいないんだよ」

「……そう、やっぱり愛想をつかされたのね」


 それは違うと声を高々にして叫びたいのをリイルは懸命に堪えた。ユーリは今もあなたの為に頑張っていると教えてあげたかった。

 しかし、皇子の話に出てきたテレスという人物がアスカに深く関係しているのはほぼ間違いようの無い事実ではあるものの、どのように関わっていたのかは不明である。それは無いと思いたいが、その人物がアスカの何らかのトラウマの原因にでもなっていたりしたら目も当てられない。

 そもそも、ユーリがテレスという名前を出した瞬間にアスカは激昂したのだ、少なくともユーリ達にその事について触れて欲しくないと思っているのは明白で。

 ユーリ達が戻って結果が分かるまでは何もかもが皮算用であることも手伝い、アスカには何も伝えなかったのだ。


「ふ、ふふ……」

「えっと……あの……?」


 乾いた笑いを漏らすアスカに、リイルは伺うように声をかけた。

 が、その声は本人に届いてはいない様子で。


「そうよね、虫が良すぎるわよね。あれだけ酷い事をしておいて、まだ縋りつこうとするなんて」


 可笑しくて仕方が無いように、アスカは自嘲する。

 表情は笑っているのに、リイルにはまるで泣いているように見えた。そしてそれは間違っていないのだろう。アスカの心は今、悲しみで泣き叫んでいる。

 アスカは張り付いたような笑い顔を収めると、今度は震えながら足を床に付ける。


「た、立てるの?」

「傷が深すぎたのか、王霊の回復能力を以てしても中々治らなかったわ。けど、無意識にわたしがそれを拒んでいたのかもね」


 やけに饒舌に語りながら、彼女はリイルに背を向けて部屋の窓へとゆっくりと歩いていく。


「出て行くわ。もう人間なんかの傍になんていたくないし、これ以上居座っていたらユーリも迷惑でしょうし」


 殊更何でもないように言い放ち、立つのもやっとな様子なのに窓へと歩いていく。

 ここで彼女を行かせたら全てが終わる。

 アスカとリイルに直接の関係は殆ど無い。

 しかし、それでも傷ついた者を前にして情を向けられずにはいられない程度にリイルは冷酷ではなく、また大人でもなかった。

 それに、内心を押し殺して無理に浮かべた表情。

 表に出ている表情は違うものの、今のアスカにリイルは昔の自分を重ねた。

 その事を自覚した瞬間、リイルは今出せる全力の力で車椅子の車輪を回していた。

 止まることも考えず、ただ全速力でアスカの背中へと突っ込む。

 車輪の音に怪訝そうにアスカが振り返るが、流石の王霊も既にすぐ傍まで迫っていた車椅子の突進を躱す事は出来なかった。

 リイルは勢いをそのままに、思いっきりアスカの腰へと抱きついた。


「な、何!?」


 突撃に近い衝撃を備え無しで受けたにも拘わらず、アスカは少しよろけただけで済んだ。しかし、流石にリイルの行動は予想外だったようで、目を見開いた素の表情で驚きを見せている。

 なお、何と聞かれたわけだが、リイルは頭であれこれ考える前に行動に移したために回答を用意していなかった。この辺は少しユーリの影響を受けているのかもしれない。

 アスカの腰にしがみついたまま頭を巡らすリイルだったが、結局出てきたのは――


「そ、そっちは出入り口じゃないよ?」


 言った瞬間、リイル本人もこれは無いと思った。

 案の定アスカは何言ってんだこいつという目を向ける。


「そう、なら正規の出入り口から出て行くわ」


 リイルを振り払うことは簡単な筈だが、何故かそうはせず、発言の揚げ足をとるようにして方向を変えようとする。

 ――が、


「……放しなさい」


 勿論それでリイルがめげる筈も無く。

 アスカが強引な手段に出ないのをいいことに、そのまましがみつくのを止めようとしない。

 アスカが無理やり歩こうとすると、引っ張られるようにリイルの体もズルズルと。

 うんざりした様に眉を顰めてアスカは視線をリイルへと向ける。


「何がしたいのよ、あなた」

「えーっとね……もうちょっとゆっくりしていかない?」

「何とか動ける程度には回復したわ。もうここには用も無い」

「ユーリにお別れも言わないの?」

「あなたは馬鹿なの? もうユーリはわたしは愛想を尽かしたって言ったわよね?」

「言ったよ、でもそれはあなたが自分で思っただけ。例え本当だったとしても、本人を前にして話もせずにいなくなっちゃったら絶対に後悔するよ」

「二十年も生きていないあなたに測られる程わたしは安くないわ。分かったならさっさとこの手を放しなさい。強引な手段にだって出れるのよ?」

「だったらやってみればいいよ」


 そう言われてアスカは手に力を込める。

 忌々しそうな目でリイルを睨みつけ、その手を振るう。

 しかし、空間に響くはずだった音が発せられる事は無かった。

 アスカの手はリイルの眼前で静止していた。リイルの髪が風に煽られたように浮かび上がっている事から、直前までの勢いが中々であったことが窺い知れる。

 後一歩で顔を思いっきり叩かれる(しかも王霊の力で)ところだったのに、リイルは目もつぶらずにアスカの顔を見続ける。


「あなたは優しい人なんだね」


 面食らうアスカだったが、すぐに激情で顔を歪ませる。


「そう言うあなたは頭がおめでたい馬鹿みたいね! 今までのどこをどう受け取ったらそんな間違いが起こるのかしら!?」

「だって、人間を嫌ってはいても傷つけようとはしないもん。つい今だってわたしを叩こうとして止めたよね」


 それは間違いようの無い事実である。だからアスカは反論が出来ない。



「……馬鹿馬鹿しい」


 そう言ってアスカはリイルの手を無理やり引き剥がす。少女の手で力一杯抵抗したところで、王霊にとっては赤子の手を捻る事に等しかった。

 去りゆくアスカの背中に、リイルは諦めず言葉を投げかける。


「否定はしないんだね!?」

「…………」

「あなたがこのまま何も言わずに行っちゃったら、ユーリが悲しむよ!?」

「そんな筈無いわ。厄介者がいなくなって清々する筈よ」

「ああっ、もう! お願いだからもうちょっとここにいてよぉ! この……馬鹿! 頭でっかち!」


 業を煮やしたリイルは遂に子供さながらの悪口を口にした。というよりも破れかぶれ、またはやけくそになったと言うのが正しいか。

 勿論アスカにそんな喚き声が届くはずも無く、アスカが部屋の扉を閉じようとする寸前だった。


「ユーリが今あなたの為にどんなに頑張ってるのかも知らないくせに!」

「――なんですって?」


 口にした時には既に遅し。「あ、しまった」と口を塞いだリイルにアスカは詰め寄る。


「そういえば聞いていなかったわね。ユーリは何処に、何をしに行ったの?」


 そのままズイっと鼻先が触れそうなくらい顔を近づけられては目を逸らすことも出来ない。冷や汗、愛想笑いを経て、それでも微塵も揺らがないアスカの詰問に、やがてリイルは白旗を上げた。

 リイルの話を聞くにつれ、アスカの面持ちは険しくなっていく。


「余計な事を……」


 多分こんな事になるだろうから黙っていたのに。頭を抱えたい気分のリイルだった。

 チッと舌打ちをしたアスカは、心なしかしっかりとした足取りでそのまま部屋を出ていこうとする。

 その背中にリイルの声が届く。


「寂しいんだったら、自分から歩み寄ればいい! 何かの理由でそれが怖いのなら、向き合えばいい! あなたには絶対、それが必要だよ!」


 もう事ここに至ってはリイルもアスカを引きとめようとはしない。意志も定かではなかったさっきまでと違い、今のアスカは少なくとも目的を伴った意志を感じる(その目的が穏やかではなさそうな事はさておき)。もう何を言ったところで止まるまい。


「……人間なんて大ッ嫌い。特にあなたはあの人に似てるから尚更嫌いよ」


 アスカはそれだけを言い残し、扉を閉めた。

 屋敷を出ていくだけなのか、それとも行き先が出来たのか。

 最後に投げかけた言葉が、あわよくば彼女の心に届いてくれている事を願う。


「ユーリ、後はよろしくね」


 最初に始めたのはあなたなんだからね。

 執事なのに主に我が儘を言う風変わりな少年の事を思い浮かべながら、リイルは床に転がった。

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