奪取からの逃走的な
「…………」
「…………」
ああ、沈黙が痛い。
「あの人物像はもしや、あなたの心の奥底の願望が表に現れたものでは――」
「否ぁーーーーーーー!」
やっぱりか! 全然話しかけてこないから多分そんな事を考えてると思ってたさ!
けれどユリアさんがそう考えてしまうのも仕方の無い事だと言うことも分かってしまう。非常に遺憾なんだけど。
僕の大暴れを思い出す。
この畜生共めとか言いながら高笑いとかしてた気がする。
……どこの魔王だ。
途中からは涙を耐えるので必死だった。
一体僕は何をやっているんだって疑問に思ったりもした。
僕の本性を知っているユリアさんの引いたような視線が辛かった。
穴があったら入りたい。時間があったなら自分で掘って引き篭りたい。
あれは記憶の奥底に封印しよう、二度と思い出すことが無いくらい深い所に。
「後でお嬢様にお知らせしなければ」
「掘り出す気満々ですか!」
肉体的苦痛の次は精神的苦痛へとシフトするのか。ユリアさん、あな恐ろしや……。
「ふふ、愉快な方たちですね」
今回の大元の元凶は暴れ方に指定をつけた皇子だと思うんです。マジで。
で、魔王様丸出しであの場にいた騎士をあらかた戦闘不能にしてから離脱した訳だけど、
「テレスさん、まだ大丈夫ですか?」
「ええ、パサランが頑張ってくれていますので。あなた方の目的地まで約三日、それくらいなら恐らくは保つでしょう」
そう言いながらも言葉は弱々しい。言い方を変えれば、三日と少ししか生きられないっていうことだから。今だってテレスさんの命の灯は確実に小さくなっている。
「もうちょっと急ぎますかね」
「ユーリさん、体はキチンと動くのですか?」
「大丈夫ですよ……多分」
一応体に違和感は感じられないから何とかなると思う。
と、速度を上げようとすると、前方に隊列を組んで銃を構えた騎士達が。
「撃てーぃ!」
一斉射撃。
地面から樹を生やして防ぐものの、歩みは止められる。
さっきからこれが何度か繰り返されている。
まだ帝国領内だからおかしくはない、というか当たり前の事なんだけど、その度に足止めされてしまうのは宜しくない。流石に姿が見えて銃を発射される前に射手を倒せる程の俊敏さは僕には無いし……。
銃撃が途切れた隙を付いて樹で一気になぎ払って突破する。
これが何度も続くようなら不味いかな?
◆
施設での大暴れから二日目。
帝国騎士との遭遇が段々と散発的になってきた。
ジュレリア領は王国と帝国の国境に近い場所にあるので、王国に入ってからは一日程度しかかからない。つまりはここから後一日くらいで国境を越える事になる。
戦時とかだったら国境なんて敵で一杯の筈だけれど、王国はとっくに帝国に侵略されてしまっている。国境よりも各領地に抑えという意味での戦力を置く方が重要なんだろう。
だから今は数の少なくなってきた帝国騎士よりも、昨日に比べて目に見えて体調が悪くなっているテレスさんの方が心配だ。死を目前にした人っていうのはこんなに弱々しいのかっていうくらいに。
「こうなる事は決まっていたのです。ですから、心配する必要はありませんよ」
体調を気遣う僕らに対して気丈に振舞うテレスさんだけど、みるみる内に衰弱していく体で辛くない筈が無い。内面の苦しみを表に出さない、その意志の強さに感服するばかりだ。
そこから約半日、ペースを上げた事もあって国境にかなり近い所までやってきた。ジュレリア領も今となっては帝国の管轄に変わり無いとはいえ、ついこの間まで他国だっただけに軍の動きは遅く、また兵器の類も揃っていない。逃げ込んでしまえば後はこっちのものだ。
ゴールが近くに迫り、何だかんだで追手も少数なら僕からしてみれば脅威でもないので気が緩んでいた。
だからだろうか、前方にまた騎士が現れた時に時間の無駄だからとユリアさんと一緒に射線から離れようとしたその時だった。
「精霊減衰装置、起動!」
射撃じゃないのか? と思ったのも束の間。
体を妙な感覚が包み込んだ。
名状し難いんだけど、強いて言うなら、精神に重しを乗せられたような負荷がかかってる感じだ。
取り敢えず目の前の騎士を倒してしまおうと、いつもの調子で樹を生やして薙ぎ払わせる。
……あれ? ちょっと遅い?
いつもなら直撃させれば一、二擊で全員戦闘不能に出来たのに、結構耐えてる人がいる。もしかしてさっき言ってた装置の影響かな? 王霊にまで効果が及ぶとは……流石は技術大国(らしい)。
けれどそんなの少し本気を出せばすぐに終わる。
力を込めた一撃で前にいた騎士を全員叩きのめし、いつものようにユリアさん達に怪我が無いか確認を――。
「テレス様! しっかりなさってください!」
ぐったりとしたテレスさんにユリアさんが必死に呼びかけている。
テレスさんは気絶しているわけではないみたいだけど、目の焦点が合っておらず呼びかけにも応えない。明らかに急に容態が悪化していた。
「そうだ、パサラン! 何があったの!?」
彼女の延命措置はパサランの力によるものだ。この異常の原因もパサラン何かあった可能性が高い。
「きゅ~~」
さっきまでテスラさんの周りをちょこちょこと飛んでいたパサランだけど、目を回し、体をフラフラさせて具合が悪そうにしている。
「ユーリさん、これは恐らく、先程帝国軍が使った装置による影響かと」
「え、でも僕はそんなに酷くないですけど……」
「王霊と普通の精霊を比べるのは酷というものでしょう。多少とはいえ王霊にも影響を与える装置を通常の精霊が受けていつも通りの力が振るえるとは思えません。このままでは……」
その先は言われなくても理解している。
だからこそ、早急に原因を何とかしないと。
「……一箇所を中心とした仕組みならば中心から離れていけば済みますが、複数の地点を結んで一定の範囲を囲む仕組みであるのなら不味いですね。周囲にそれらしき装置のような物も見当たりません、地中に埋める類のものならばいかにユーリさんが強い力を持っていたとしても意味を成しません」
「取り敢えずここを離れましょうよ、そうすれば一応どっちのタイプなのかは分かりますよね?」
「……了解しました」
浮かない顔のユリアさん。
多分、僕も同じ表情をしているんじゃないだろうか。
早急にその場を離脱する。
とはいえ、思ったとおり、僕とパサランの調子が元に戻る気配は無い。少なくとも装置の影響範囲を抜けられてはなさそうだ。
「精霊の力を抑える装置ってこんなに範囲が広い物なんですか!?」
「わたくしも帝国の機巧という物に詳しいわけではありません! それに、帝国のそれは一つの目的に対する手段の数も多い、予想する事すら困難です!」
「結局は走るしか無いってことですか……!」
歯がゆい。
アスカさんの時は明確な解決手段(賭けではあったけど)があったから、そこにたどり着く事を目的にして頑張れた。
けれど、今走っているのは単にそれしか出来ないから。
他に何も出来ない自分が歯がゆくて仕方がない。
散々使ってきたとはいえ、今だけはこの王霊の強大な力なんかよりも、死にかけているテレスさんを助けられる能力があったならと願わずにはいられなかった。
不意に、視界を遮っていた木々が途切れ、代わりに開けた空間が現れた。
同時に、幾つもの銃火器をこちらに向けた大量の騎士達も。しかも装備が今まで遭遇してきた騎士よりも数段上で。
「撃てぇええええい!」
何度も聞いてきた掛け声。
けれど降りかかってくる脅威は桁違いで。
大砲、手榴弾、レーザーらしきもの、勿論銃弾も相当数、それらがこちらを目掛けて飛来してくる。
樹が生えるのが遅い。
時間が引き伸ばされ、スローモーションに映る世界の中で、僕は後ろ――ユリアさんとテレスさんのいる方に跳んだ。
瞬間、耳をつんざくような音が聴覚を支配した。
世界の何もかもが砕け散ったんじゃないか、と錯覚してしまう程の轟音。
衝撃によって巻き上げられた大量の砂煙が視界を阻害する中で「やったか!?」と興奮するような声が聞こえてくる。
それも、風によって視界が回復してくると共に驚愕の気配に変わる。
体の各部が焦げ付き、霊装もかなり傷ついているけれど、それでも二の足でしっかりと立ってユリアさん達を庇っている僕の姿を見たせいで。
「ユーリさん……?」
「流石のユリアさんでも、あれはまともに食らったらヤバイですよね? それはそうと、テレスさんは大丈夫ですか?」
「え、ええ、五体満足ではあります」
「そうですか。ならさっさとあいつら片付けましょうか」
一歩踏み出す僕に、ユリアさんから待ったの声がかかる。
「出来るのでございますか?」
妙に確信を持った疑問だった。
……何だかんだで僕、病み上がりなんだよね。病気じゃなくて怪我だけど。
そこに、多少とはいえ力を抑えられている上に最初の不意打ちによるダメージ。
正直、負ける気はしない。やけに相手の数は多いけれど、全軍レベルには程遠い。五百人程度というところじゃないだろうか。
とはいえ誰かを守りながらやれるかと聞かれれば……。
「あの……僕が引き付けるんで、ユリアさんはテレスさん連れて先に行ってもらえませんか?」
「やはりですか……」
珍しくあからさまに眉を顰めるユリアさん。その理由が僕を心配しているからなら嬉しい限りだ。
けれど、ここは譲れない。
「僕達は帝国に、テレスさんの手掛かりを探しに来たんです。思いがけず本人がいたわけですけど、その人がアスカさんに会う前にどうにかなったら全部水の泡になっちゃいますよ。大丈夫、僕はこれくらいなら死ぬことはありませんから。アスカさんと戦ったりするよりは軽いですよ」
ユリアさんを説得するには理詰めが一番効果的だ。今するべき正しい行動を盾にすれば、冷静なユリアさんはそっちを選ばざるを得ない。ついでに本人の懸念も解決しておけば躊躇いも無くなるだろう。嘘はついてないし。
やがて、渋々ながらもユリアさんは首を縦に振ってくれた。
「それではユーリさん、もしあなたに何かあればわたくしはお嬢様に顔向けできませんので、決して無茶は致しませんよう――」
不自然にユリアさんの言葉が途切れる。
何事かと振り向けば、後ろからも騎士の一団がやって来ていた。
そのまま左右に散り、僕達を囲むように展開してくる。
「王霊とその関係者を決して逃がすな! この時の為にその化物をあの施設で生かしておいたのだぞ!」
おいこら、化物ってテレスさんの事か。まさか、帝国じゃあ精霊と契約している人は化物扱いされてるのか?
というよりも王霊を捕まえる為にここまでやるか。こりゃあアスカさんが人間を嫌いになるわけだ。僕だって少なくともこいつらは大っ嫌いだ。
……やばい、負けはしないけど、ユリアさん達を守りながらだとこいつらを全員倒すのにかなり時間がかかる。戦いが長引けばちょっとした油断でユリアさん達への攻撃を通してしまったりしてしまうかもしれないし、何よりそんな事をしていたらテレスさんが……。
いっそのこと前にいる奴等だけ一気に倒してしまうか? いや、そんなことをすれば後ろにいるユリアさん達は良い的だ。
どうする? どうすれば良い?
次弾が装填され、それらが全てこちらを向く。今度は前方だけじゃなく後ろと左右からもだ。
とにかく守らないと!
僕らを包み込むように全方位に樹を生やす。今度はやや遅くても間に合う。
「撃てぇえええええ!」
樹に包まれながらも、火薬が炸裂したり銃弾が樹に命中したりとかなりの音が鼓膜を刺激する。
けれど、その音は思いの外大きくなかった。
いくつか不発だったのかな?
様子を確認しようと樹を戻した僕の目に映ったのは、一杯に広がる騎士達じゃなかった。いや、一応いるけど。
視界の大部分を占めるのは、今ここにいる筈の無い人の後ろ姿で。
「みんな大ッ嫌い。わたしの王霊の力を狙って群がってくる奴らも、わたしに黙って勝手なことをしたユーリも、何故かやたらとこっちの気を削いでくるあの小娘も、そして、とっくに死んだと思ってたのにまだ生きていたテレスも。みんなみんな、大ッ嫌いよ」
その人――アスカさんは、悠然としてそこに立っていた。




