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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
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欝的な

 心身共に限界まで酷使した僕がある程度調子を取り戻しているというのに、アスカさんには回復の兆しが全然見えない。

 治ってさっさといなくなられても困るので好都合といえば好都合だけど、これはこれで心配が募る。

 アスカさんは誰とも話そうとしない。

 色んな意味でメイドさん達には身が重いとの配慮から、安全面も考えて彼女の様子を見るのは僕とユリアさんのみの役目となっている。後は、ちょくちょくお嬢様が勝手に訪れているらしい。

 ユリアさんは黙々と仕事をこなすのみだけど、僕とお嬢様は色んな話題でアスカさんから会話を引き出そうと試みている。

 が、全て空振り。彼女は最初のあの日以来まるで彫像のように微動だにせず、こっちがただ一人で延々と喋り続ける虚しさのみが場に満ちるのみだった。

 ……泣いてもいいですか?

 その点お嬢様は凄い。

 いくら無視されようとも、いくら拒絶されようとも、顔色一つ変えずに喋り続ける。訪れる回数はいたたまれなさに及び腰な僕よりも多く、よく一人でそこまで話す話題があるなと感心してしまうほどだ。しかも時々勝手に歌ってるみたいだし。

 そんな毎日が続いて今日で四日目。

 どんな偶然か、仕事で訪れたユリアさんと気分でやってきたお嬢様、そして体が万全になるまでやることが無くてイルと戯れていた僕がアスカさんのいる部屋の前で鉢合わせした。

 とはいえ遠慮する理由もないのでそのまま中へ。なんとなく流れで僕とイルも中に突入。

 すぐさまユリアさんは部屋の手入れを、お嬢様はお喋りを開始。何もしないのはどうかと思ったので僕もイルと共に会話に加わる。

 話す内容は他愛のない世間話だ。それをアスカさんに言い聞かせるようにして会話をする。それでもアスカさんが口を開くことが無いので、結局は僕達だけの会話になってしまうんだけど。

 会話がひと段落すると、今度は突然お嬢様が歌い始めた。

 いつ聞いてもお嬢様の歌は心が安らぐ。

 不安や悲しみも全部を包み込んでくれる。

 安心して音に身を委ねることが出来る。

 アスカさんにもこの歌声は聞こえている筈なのに、その目に感動の光が宿る事は無い。それが酷く勿体無く思えた。

 そんな思いで視線をアスカさんに移す。

 そこで、気のせいかアスカさんの髪やドレスが少しだけ綺麗になっているような印象を受けた。

 直接説明されたわけではない筈だけど、外見が変化してしまったのはほぼ間違いなく魔に侵されたことが原因だ。

 外見が少しだけでも元に戻っているということは、つまりアスカさんを侵している魔が弱くなった、もしくは一部が消えたという事じゃないだろうか。

 しかしそれなら何故?

 煉獄の王ゲヘナの言っていた事からして、魔は精神に作用、または影響を受ける一面がある。けれどここ数日のアスカさんの様子を見る限り精神状態に変化があるようには見えない。

 ちなみにお恥ずかしながら僕は特別な事は何もしていない。それはユリアさんだって同じの筈だ。

 ということは?

 自然と視線は残る一人であるお嬢様へと向く。

 だけどお嬢様もやっていることは僕と大して変わらない筈。いくら無視されても全く堪えた様子が無いというのが精々の違いか。

 それか……歌?

 そういえば、あの日アスカさんが現れたのもお嬢様が歌っている時だった。

 もっともらしい理由で説明は受けたけど……。

 つらつらと考えている間にいつの間にかお嬢様の歌は終わっていた。

 歌を聞いて終わりというのもアレなので、いつもは歌の感想を言ったりするのがお約束になっている。

 今回は若干聞き逃したわけだけども、それでも何かを言おうとして僕が口を開く直前だった。


「……あの時も今と大して変わらなかった」


 ボソボソと呟くような声量だったものの、確かに四日ぶリの声がアスカさんの口から溢れていた。

 ついにまた口を開いてくれたと驚きとともに喜びに打ち震える間もなく、独白のように次々と出てくるアスカさんの言葉を拾おうと無言で意識を向ける。


「自由にならない身とただ眺めるだけの景色。だけどそれも貴族の家に生まれた女なら特に珍しい事でもなかった」


 思わず視線がお嬢様の方へと向いてしまう。今の話が、僕がここに来たばかりの頃のお嬢様を思い起こさせる。

 名前から多分そうだとは思ってたけど、やっぱり人だった時のアスカさんは貴族だったんだ。


「つまらなかったけれど、よくあることだと受け入れた。与えられる上辺だけの娯楽で満足しようとした。面白みのない人生をこれから先も送っていくのだと、達観した。だけど……」


 無機質だったアスカさんの声に感情が宿ってきた。

 無意識なのか、その手がシーツを握りしめて震えている。おぞましい体験を思い出して怯えるような、そんな震え方だった。


「ある日突然、家の不正の責任の全てを押し付けられ、訳も分からない内にわたしだけが国に捉えられた。家の取り潰しは避けられなかったけど、家族は財産を持って逃走」


 思わず顔を顰めたくなるような話だった。

 聞いているだけで不愉快になってくる。


「冷たに鎖に繋がれた地下牢の中で聞かされたわたしの罪状はどれも身に覚えの無いものばかり。極めつけだったのは、領内の男を片っ端から誑かしてこれでもかと言うくらい金品を貢がせた極悪女」

「んなっ! そんな荒唐無稽な話が!?」


 耐え切れなくてつい口を挟んでしまった。


「そんな荒唐無稽な罪状は、確かに公的にわたしに課せられているものだった。どうやら家に搾取されていた領民達が腹いせと金品の返還を目論んでの狂言だったみたい。そしてわたしは民衆の罵声を浴びながら――無実の罪で処刑された」

「「「「…………」」」」

「ねえ、わたしはどうすれば良かったの? 誰を憎めば良かったの?」


 答える事なんて出来なかった。

 深く暗く瞳を沈ませたアスカさんにかけられる回答なんか存在しない。

 悲惨の一言のアスカさんの生前は、徹底的に人間を嫌う事になる理由としては十分過ぎるほどだった。

 独白を終えたアスカさんの視線はお嬢様へと向けられる。


「あなたは良いわね。貴族でそんな足じゃあロクな生活を送ってこなかった筈なのに、周りにはあなたを気遣って寄り添ってくれる存在が沢山いて」

「アスカさん、それはちょっと言い過ぎですよ」


 今のは相手に対する配慮に欠けた言い方だ。

 いくら悲惨な過去があろうとも、相手を傷つけて良いわけじゃない。

 とはいえ強くも出れない僕の窘めの声は、感情が昂ぶってきているらしいアスカさんには通じていないみたいだった。


「聞いていて思ったでしょう、あなたとわたしはどことなく似てるって! なのに、何であなたばっかり! あなたとわたしの何が違うの!?」

「……大して違いなんて無いと思うよ。強いて言えば、わたしは運が良かっただけ。何かが違っていれば、わたしだって同じような事になっていたかもしれない」


 あの娘を娘と思わないような家族だしなぁ。不正を娘に押し付けるくらいならやりそうだ。

 とはいえお嬢様の言った事は事実かもしれないけど、自分の悲惨だった人生を運の一言で片付けられた方はたまったものじゃないだろう。


「運……運ね。そんなものにわたしは振り回されてきたと。なら、処刑されて王霊なんかになって、今度は欲にまみれた人間や同類に振り回されるのも運の所為だって言いたいの?」

「わたしにはまだ知らないことはいっぱいある。だから何でも分かるわけじゃないよ。あなたが長い時間の中で何を経験してきたのかも」

「ええそうでしょうね! 誰もいない、自分でどうする事も出来ない、そんな時間を百年近くも続ける苦しみなんて、運に恵まれて楽しく暮らしているあなたには絶対に理解出来ないでしょうね!」

「……そうだね、わたしは運に恵まれてる」

「――なら、ユーリを頂戴?」

「え、僕?」


 何故にここで僕が出てくるんだ?


「運のおかげで恵まれてるのなら、突然それが消えてしまっても運が悪かったのでしょう? ユーリはわたしに優しくしてくれた。ユーリはわたしを助けてくれた。ユーリなら同類だから、わたしと同じでずっと生きていられる。ずっと傍にいることができる」


 だから、頂戴? と物を欲しがる子供のように言う。


「ねえ、ユーリ、一緒に来て。わたしはもう限界なの。わたしはもうあなたがいないと駄目なの、他には誰もいない、あなたしかいないの。それに、わたしならあなたと同じ時間を生きられる」


 縋るように出された手。

 聞きようによっては愛の告白のようにも解釈できるアスカさんの言葉は不安で揺れており、今まで見せたこともなかった媚びるような表情はアスカさんをこの上なく弱々しく見せた。

 乗りかかった船を降りるつもりは無い。

 けれど今伸ばされるこの手を取ることは出来ない。

 だけどそれは、心身共に参っているアスカさんに更にショックを与える事になる。だからこそアスカさんはこんなに不安に揺れているんだ。

 いつまで経っても手を取ろうとしない僕に、アスカさんの表情がみるみる内に絶望に染まっていく。

 反射的に手を伸ばしそうになる僕だったけど、それに先んじた人物がいた。

 お嬢様が、アスカさんの手を真横から包み込む。


「な……っ!?」


 流石に予想外だったのか、アスカさんは目を丸くして唖然としていたけれど、次の瞬間に顔を憤怒に染め上げて手に錆びたままの大剣を呼び出してお嬢様へと振り抜こうとした。

 だけど遅い。万が一の事があるかもしれないと心構えはしてたし、本調子じゃないその体から放たれる斬撃は、お嬢様に届く前に容易に阻まれた……僕よりも先に大剣を掴んでいたユリアさんによって。


「……これは一体何のつもりでございましょうか?」


 無表情ながらも、ドスの聞いた声がユリアさんから発せられる。

 これは……間違いなくブチ切れてる。

 理由はどうあれ、お嬢様を傷つけようとしたんだ、気持ちは分からなくもない。

 けどこれ以上事を荒立てないで欲しい! 

 このままだと本気でアスカさんを殺そうとしそうなくらい気配が剣呑だ。

 対してアスカさんはユリアさんを目にかけていない。いや、お嬢様から目を離せないというのが正しいか。息を荒げて訳が分からない物を見る目でお嬢様を凝視している。


「流石にユーリはあげられないよ。だから、代わりにわたしがあなたの手を取ったら駄目かな?」

「…………は?」


 直前までの感情の起伏の激しさからはどこへやら、完全に唖然としてしまっているアスカさん。お嬢様の行動があまりにも予想外だったんだろう。

 そしてあれだけ拒絶されたのに、それでも構わずグイグイと踏み込んでいくお嬢様の胆力の何と凄いことか。


「要は寂しんだよね? だったら、わたしがあなたのお友達になってあげる」

「……っ、ふざけないで! 今まで何を聞いてきたの!? 人間と友達に? 馬鹿にするのも大概にしなさい!」

「馬鹿になんてしてない。確かに同じ時間を生きる事は出来ないけど、人間と王霊が友達になれない理由にはならないよ」

「だったらはっきりと言ってあげる。わたしは人間が嫌いなの! 欲にまみれた醜い人間なんかと仲良くなるつもりなんて全く無い」

「――じゃあ、テレスっていう人達とはどうだったんですか?」


 僕がその名前を出した瞬間、アスカさんの剣幕がピタリと止んだ。

 ワナワナと体を震わせてその口からか細い声が漏れる。


「なんで……あなたがその名前を……」

「アスカさんが気を失ってる時にうわ言で言ってました」


 他にも聞いた名前を列挙していくと、僕が彼女のうわ言で過去の一部を知った事をすんなりと信じてくれた。


「アスカさんは出会った当初から人間を嫌ってるみたいでしたけど、人間と仲良くしてた時間もあったんですよね?」


 うわ言を聞いた時の穏やかな口調。

 あれは、アスカさんの過去の一部らしいその人達との時間が、彼女にとって幸せなものでないと出て来ることは考えられず、アスカさんがその人達の事を心から大切に思っていたと想像するに難くないものだった。


「だからもう一回だけ、人と暮らしてみませんか? ほら、まだ数ヶ月だけだけど僕だってそれなりに――」

「出て行って」

「え……?」

「出て行って!」


 何だ、何でこうなった?

 頭ごなしに人を拒絶するアスカさんを説得する為にうわ言で聞いた名前を口にしたけれど……もしかして僕は踏み込んではいけない部分に踏み込んでしまったのか?

 最初から僕らが何を言ってもきつい言葉しか返してこなかったけど、会話すら拒まれてしまったら取り付く島もないじゃないか。

 けれど、沈鬱な表情で俯いてしまったアスカさんの表情を鑑みるに、その人達の名前が彼女にとっては特別なものである事は確かみたいだ。

 もうこれ以上話を続けることは無理だと悟り、すごすごと部屋を後にする。

 ユリアさんの後ろに続きながら、何のことだかイマイチよく分かっていないイルの手を引く。

 その時にチラッと、僕とお嬢様はアスカさんの様子を伺った。

 そして確かに見た、俯いて髪で見えない眼の辺りからこぼれ落ちた一滴の雫を。お嬢様は初めて、僕はアスカさんがゲヘナに切られる前に見せた時から二度目のアスカさんの涙を。

 部屋を出ると、外で聞き耳を立てていたらしい(人聞き悪いかな?)ルクルーシェ様達ともう一人、この場にいるとおかしい筈の人物がそこにいた。

 ルクルーシェ様がバツの悪そうな顔で、


「頼まれていた件だが、どうやらこの男に心当たりがあるらしい」


 その人がここにいる理由は後回し、僕は即座にその知らせに食いつくことになった。


 ◆


 飾り付のない殺風景な部屋。

 家具と言える物は人が寝るのに十分なベッド一つだけ。

 そんな人が暮らす為の用途とは思えない部屋を大きく占拠する物が一つ。

 様々な計器と何かを運ぶチューブのような物が取り付けられた機械らしき物体だった。

 何もない部屋に鎮座する余りにも場違いなそれは、部屋を異質に映らせるのに一役買っている。

 機械から伸びるチューブはベッドの上で静かに横になっている人物へと繋がっている。

 誰が声をかけたわけでもないのに、その人物は閉じていた目をゆっくりと開いてしわがれた声を搾り出す。


「……おや……この老いぼれに用がある人がまだいたのですね」


 成熟した人間の発する独特で落ち着いた雰囲気を持つその老婆は、驚くでもなくただ淡々と声をかけてきた。

 驚かないのは少しだけ予想外だけど、騒がれたりするよりずっとましだ。年寄りっていうのはこういうもんだと納得する。

 思いの外穏便に事は進みそうだけど、時間が余っているわけでもない。故に僕はずばりと要件のみを告げる。


「初めまして――あなたがテレスさんですね?」

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