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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
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乗りかかった船的な

 ……何回目だろ、気がついたらベッドの上って。もしこれが病院とかだったら医者には呆れ返られるに違いない。

 目に見える範囲には人がいる様子は無い。まあいつ目を覚ますか分からない怪我人に常に付き添うっていうのも非効率か。

 これは自分から探しに言った方が良いかな?

 そう思って体を起こし――


「あ~だだだだだだだだだだだ!」


 無理でした。

 体に力を入れた途端に猛烈な苦痛が襲ってきた。気のせいか意識を失う前より痛みが凄いと思う。

 僕の悲鳴が聞こえたのか、廊下の方から慌ただしくも下品じゃない足音が近づいてきた。


「おや、目を覚ましましたか」


 予想通り、扉を開けて入ってきたのは、僕がこの世界に来てから何度もお世話になっているユリアさんだった。


「おかげさまで。それにしてもあんまり驚いてませんね」

「何度目だと思っているのですか」

「三回目ですね、はい」


 つまりはユリアさんも慣れたってことですね。迷惑かけてごめんなさい。


「起きられますか?」

「起き上がるどころか指一本動かすのも無理です」

「む、それではあまり仕事は出来ませんね。全く、嘆かわしい」

「あまりっていうか全く無理なんですけど。というか怪我人に酷過ぎません?」

「酷にされる心当たりが無いとでも?」

「……あります」


 僕のあの日の行動を思い返してみると。

 街中で勝手にお嬢様達から離れる。

 そのまま姿を現さず、結局帰ってきたのは夜明け頃。

 ……うん、職務放棄以外の何者でも無い。


「それでは、ご自分の行動がお嬢様に仕える者としてあるまじきものであったことも理解しておいでですね」


 いつも表情に乏しいユリアさんの顔が、いつも以上冷たくなっているような気がする。だけどそれも無理も無い話だ。

 失踪と帰還の間にあったトンデモない出来事は簡単に言葉にするのが難しい程の事件だった、けれどそれは僕の都合であってお嬢様達には関係無い。

 そもそもの始まりが僕の自分勝手な行動であるために、弁解の余地も残されていない。

 よって僕に出来るのは、下手な言い訳を口にすることなく素直に謝ることだ。

 

「はい……ごめんなさい……。それで、あの……」

「ユーリさんが背負っていた鋼の王のことですね?」


 お見通しか。

 職場放棄しておきながらいけしゃあしゃあと思われるかもしれない、それでも聞いておかずにはいられなかった。


「別室にてまだ眠っています。少なくともユーリさんが心配するような容態には見えませんでした」

「そ、そうですか。良かった……」

「良くはありません。とにかく、すぐさまお嬢様達を呼んで来ますので何があったのかご説明ください。ユーリさんの処遇もその時にお嬢様がお決めになります」


 ピシャリと言い放ってユリアさんは部屋から出ていく。

 ただ、去り際に一瞬だけ、気の毒そうな目でこっちを見ていたのは気のせいだろうか。


 ◆


 結果、気のせいじゃなかった。

 今僕の部屋は異様な空気に包まれている。

 いつもは凛々しい王女様のルクルーシェ様や元精霊師団長クラウさん、子供の空気の読めなさで周りを振り回すシューラ様とイル、独特な雰囲気を持ちマイペースなメイド代表のリリーさん、そしていつも落ち着いてクールなユリアさん。

 色んな意味で一般からは外れている人達が、今は室内を漂う異様な空気に当てられたように声を発することもせず無言で佇んでいる。

 そしてその中心、この空気の源になっているのが。


「…………」

「お、お嬢さ……ま……?」


 先に言っておくと、無表情だったり憤怒の表情をしているわけじゃない。

 ――ニッコニコなんだ。

 満面の笑みを浮かべているお嬢様はこの上なく機嫌が良さそうに見える。

 だけど……何故か冷や汗が止まらない。


「ユーリ」

「はいぃっ!」

「ビックリしたよ、突然いなくなっちゃうから」

「そ、それは大変申し訳無く思っております……」

「しばらくは探し回ったよー。けど先に戻っててとも言ってたから屋敷に帰って待ってたのに、結局は朝帰り」

「…………」

「挙句の果てには女の人まで連れ帰ってきて」

「ごめんなさい! お嬢様達を放っておくなんて勝手にどこかへ行くなんて愚行、深く、深く猛省しております!」


 事実を言われているだけなのに精神がガリガリと削られていく! もし体が動いていたなら躊躇いなく頭を床にこすりつけていたに違いない! 

 笑顔だけど、お嬢様は間違いなく怒っている。普段怒らない人が怒ると怖いという実例がここにあった。


「わたしは別に怒ってないよ?」


 それは間違いなく嘘だ。


「それに、ユーリは何に対して謝っているの?」

「え、ええっとですね、主を放っておくなんて執事にあるまじき行為を――」

「――違うよ」


 不意に、お嬢様の貼り付けたような笑顔が柔らかいいつもの笑顔へと変わる。


「もう、心配したんだよ?」


 安心したように笑うお嬢様を見て、彼女が怒っていた理由を悟る。

 勿論勝手な事をした事もあるだろうけれど、一番は心配をかけてしまったから。

 恐怖からではなく、申し訳無さから、僕は心の底から謝罪した。

 ごめんなさい、と。


 ◆


 ちなみに処遇は荒れたままの本邸の片付け……一人で。

 そうだよね、けじめは付けないといけないもんね、クビとかじゃなくてホント良かったよあははは……はぁ。

 自分でも予想以上に軽いとは思ったものの、それはそれとしてこの屋敷よりもずっと大きいあの本邸を一人で片付けるとなると涙目にならざるを得なかった。動けるようになってもまた地獄が待っていそうだ。


「さて、ユーリさんの処遇は決まりましたが、もうひとり気にするべき方がいらっしゃいますね」

「そうだね、今は眠ってるけど、起きたらひと悶着ありそうだよ。ユーリ、何があったか話してくれる?」

「分かりました……ってそういえば」


 ユリアさんとお嬢様はアスカさんが王霊だという事を知っているから事の重要性を理解している。この場にいる中ではイルとシューラ様とクラウさんもか。

 けど、残りのルクルーシェ様とリリーさんはその事を知らない筈だ。その辺はどうなんだろうと思っていると、それを察したらしいルクルーシェ様が補足する。


「ユーリが帰還して倒れ込んだ時、リイルを始めとした何人かの反応がおかしかったのでな、ソーシェルドを問いただして聞いた。ついでにイルの事もな」


 そういえばクラウさんには黙って貰ってたんだっけ。イルの事はあまりおおっぴらにしたくはないけど、同じ屋根の下で暮らすようになってからはそれも時間の問題だったか。

 兎にも角にも、それならばと僕は起こったことの全てを話した。アスカさんと戦った事も、その後にアスカさんを庇ってゲヘナから逃げ出してきたことも。そして、アスカさんが魔に侵されている事も。

 ただし、アスカさんが何を思っているかはフォローするのに必要な最小限の範囲に留めた。心情を自分の知らない所で他人の口から語られるなんて絶対に嫌だろうから。

 僕の話を聞いた皆は、アスカさんを置いておくのは危険ではないかという意見の人が多かった。

 しかしお嬢様の目が覚めるまで待つ、という鶴の一声で結局は落ち着いた。お姫様すら差し置いているけどいいんだろうか。


 ◆


 アスカさんが目覚めたのはその五日後、本調子ではないとはいえ何とか動けるようになってからの事だった。

 駆けつけた先では、確かにアスカさんがベッドから身を起こしている所だった。

 けれど、その様子にここにいる面々は息を呑んだ(ここにいるのは僕とお嬢様とユリアさんとイルの四人、他は外で待機してもらっている)。

 生きている事を喜んでいる様子もなく、何もかもがどうでも良くなったようにその顔からは生気が抜けており、輝いていた銀髪は濁った灰色に、光のように綺麗だったドレスはまるで年代物のアンティークのように汚らしくなっている。

 目を覚ます前から既にその異常は現れていたけれど、ここまで酷いものじゃなかった。


「どうやら……死に損ねたみたいね」


 何があったのか、とも聞いてこない。

 淡々と、事実を確認するだけの無機質な声。

 まるで――人形みたいだ。


「ここはあなたの屋敷?」

「う、うん。そうだよ」

「そう……」


 言うやいなや、アスカさんはベッドから床へと身を投げ出し、そのまま腕の力だけでずるずると這っていこうとする。


「ちょっとちょっとアスカさん!? 何やってるんですか!?」

「……人間の世話になんかならないわ」

「まともに体も動かないのに何言ってるんですか」


 軽々とアスカさんの体を持ち上げるとそのままベッドへと戻す。体が動かないせいで抵抗もまともに出来ないようで、思いの外簡単にベッドに戻せた。

 逃げようとすれば妨害するという事が伝わったのか、同じことを繰り返そうとはしなかった。

 代わりに、表情に宿る陰りが一層深くなる。


「無様でしょう? 前はあんなにあなた達人間に偉そうにしておきながら、こんな体たらくで」

「…………」


 誰も何も答えない。今の彼女に否定の言葉が意味を成さない事が分かっているから。


「出て行って、人間と馴れ馴れしくするつもりは無いわ。もし気に入らないのなら、わたしを放り出せばいい、一向に構わないから」


 取り付く島もないとはまさにこのことだった。同じ王霊である僕やイルとも話すつもりは無いらしい。

 その日は結局まともな話も出来ないまま、僕らは退散するしかなかった。

 ただ、去り際にお嬢様が一言。


「ゆっくりしていってね。また来るから」


 勿論アスカさんは何の反応も示さない。

 けれどお嬢様は満足そうに頷いてから僕達に続いてその場を後にし、外で待機していた皆を解散させてから平常運転に戻った。

 お嬢様にしてはやけにあっさりとしている事を不思議に思いつつ、誰かと話をしたくてつい傍にいたユリアさんに話しかけていた。


「アスカさん、この先どうするつもりなんでしょうね」

「恐らくはまともに動けるようになれば即座にご自分から出て行かれるでしょう」

「ユリアさんとしてはどうなんですか?」

「正直に申し上げれば、ご自分で出て行かれるのならその方が好ましく思われます」

「やっぱり」


 ユリアさんの優先順位の一番上はお嬢様だ。それ以外はどうなっても良いとは思ってもいないだろうけど、無差別に情けを振りまくほど甘くもない。しかも相手は自分達に非友好的だし。

 その事に文句を言ったりはしない。ユリアさんは当たり前の事を言ってるだけなんだから。

 だけどそれは僕の望む所ではない。

 中途半端に手を伸ばし、あんな人形みたいなままのアスカさんを放っておいて万事解決だなんて口が割けても言えない。


「さて……トリトニスに孤児院、後はテレスって人か……知ってる人いるかな?」


 乗りかかった船は最後まで乗り切ってこそ、だよね。

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