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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
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水の精霊様的な

『主オリジンの眷属が一柱、ウンディーネと申します。あなた様にはいずれ拝謁の機会を得たいと存じ上げておりました。このような形での邂逅となったのは予想外でしたが』


 不完全な人の形をした水人形――ウンディーネが恭しくお辞儀をする。

 と、それで僕の傍にいるもう一人に気づく。


『おや? そちらにいらっしゃるのは……』

「あ、そ、そうだ。不躾で悪いけど、大至急で頼みたいことがあるんだ!」

『頼み……でございますか?』


 首をかしげたウンディーネに、アスカさんにまとわりつく黒炎を見せる。


『これは……小さいながらも中々に強い邪炎の呪いです』

「煉獄の王って奴にやられたんだ。しかも直前に大きな傷を負った所為で跳ね除けるどころか今にも死にそうになってる」

『ほう、それはそれは』


 ウンディーネの口調は切羽詰った僕とは対照的に呑気だ。今まさに死にそうな人がいるということを分かっているのか?

 心中で訝しむ中、ウンディーネは信じられない事を言いのける。


『それでは、鋼の王にあなた様が止めを刺すおつもりなのですね。あなた様が目指すのは地の神霊でしたか』

「んなっ!? そんなわけあるか!」

『違うのでございますか?』


 そう言って心底不思議そうに訪ねてくるウンディーネ。

 本気か? 本気でこの精霊は僕がアスカさんに止めを刺さないことがおかしいと思っているのか?


『それでは、他の王霊の方々との交渉材料で?』

「何でそんな物騒な発想ばっかり出てくるんだ。僕は君にこの黒炎を何とかして欲しいんだ」

『…………何故なにゆえでありましょうか?』


 今度は困惑が帰ってくる。

 ……本気で僕がアスカさんを助けようとする行動が理解出来ないという声色だ。

 僕はそれを理解出来ないこの精霊の思考回路が理解出来ない。


「僕がこの人に死んで欲しくないから、理由はそれだけだよ」

『……それではあなた様は鋼の王を助けようとしていると?』

「そうだよ」

『それではあなた様は目指すのは地の神霊ではなく、水の神霊ということでございますか? ああ、そもそもあなた様には王霊が同類を討つ理由をご存知ありませんでしたか。それならば――』

「聞いたから知ってるよ。ついでに言うと僕は神霊なんてものに興味は無いよ」

『知った上で、高みの場も欲さず、同類であるそのお方を助けると?』

「さっきからそう言ってるじゃないか。だから……とにかく頼むよ。問答が必要なら後で思う存分するから、今はもう時間が無いんだ」


 こうやって喋っている内に時間切れ、なんてことになったらシャレにならない。

 しかし、困惑から立ち直ったウンディーネの返答は予想に反して素っ気ないものだった。


『わたくしにはそのお望みを叶える事は承服致しかねます』

「な、なんで!?」

『我らオリジンの眷属の役割は精霊と世界を満たす霊場の調和、そして王霊の戦いの行方を見守ること。過度な王霊への干渉は禁じられております。こと王霊の生死に関する事に至っては尚更です』

「禁じられてるって……オリジンに?」

『その通りでございます』

「もしこのままだとどうなるの?」

『王霊の席が一つ無くなる事となり、あなた様と煉獄の王は神霊へと一歩近づく事となるでしょう』


 アスカさんの司る内の火はゲヘナに、地は僕にということか。一体どんな基準でそうなっているのかとはいえ後半の賛辞は耳を素通りした。

 僕は神霊なんてものに興味は無いのだから。


『どの道、ここで生きながらえたとしても、力無き王霊はすぐさま他の同類に殺される事となるでしょう。結果が先延ばしになるのみです』

「何……?」


 それは僕にとって聞き捨てならない言葉だった。

 力無き?  君はアスカさんの何を知っている? 

 この人が悩み、苦しんだ事を、僕がついさっき知ったこの人の断片すら知らずによくそんな事が言えるね。


『そのような事よりも、他に人間がいない状態であなた様の話す機会を得たのは望外の喜びです。あなた様はわたくしが仕える事になるかもしれないお方の一人なのですから』


 そのような事、か。

 アスカさんが死にそうになっているのが君にとってはそのような事なんだ。

 悪意は感じない。この精霊にとっては王霊がお互いを殺し合い、神霊に至るという一連のプロセスが機能していれば他はどうでもいいんだろう。


『そもそも王霊という存在は――』


 言い終わる前に、僕の腕が水面をぶっ叩く。

 力が入らず、ツタで無理矢理動かしている腕による一撃でも、水面が爆発したような水飛沫の勢いと飛び上がる高さを見ればかなりの力を加えられたことが分かるはずだ。

 飛び上がった飛沫が雨のように降り注ぐ。

 ウンディーネからは突然の事で瞠目したような気配が伝わってくる。


「ウンディーネ、禁止とか云々以前に、君ならこの黒炎を何とか出来るんだね?」

『か、可能ではありますが……』


 怒りは湧いてこない、悪意からではなく、この精霊にとってはそれは当たり前の事らしいから。ただ、頭の芯が冷えていくような穏やかでない感情を抱くことは致し方ない。

 胸中を渦巻く感情とは裏腹に、出てくる声は平淡で静かだ。

 けれど、弱いという訳では決してない。でなければウンディーネがどこか気圧されたような歯切れの悪い返答なんてしない筈だ。


「頼むよ」

『ですからそれは禁じられていると――』

「頼むよ」

『…………』


 決して命令口調にしたりはしない。僕はあくまでお願いする側だから。

 ただひたすら、何を言われても頼むだけ。


『……場合によっては力で脅す事すらも辞さないという面持ちですね』


 そんな風に見えるんだろうか。こちらとしては脅すつもりは無いし、そもそも脅す為の力も残っていないんだけれど。


『神霊の眷属といえども、あくまで我々は精霊、あなた様方王霊よりも力は弱い。存在の特殊性から倒されたりすることはありませんが、力の限り暴虐を尽くされればそれを止める術はありません』

「…………」

『それで聖域が荒れる事となれば、霊場の調和に支障が出るのです。わたくしとしてもそれは本意ではございません』


 ウンディーネは『ですので』と、人型を崩して湖の中へと舞い戻る。


『わたくしの力を使ってあなた様自身が黒炎を浄化してくださいませ。それがわたくしに出来る最大限の譲歩でございます』

「……分かった」


 よかった……想定していたのとは違うけれど、力を貸してくれるだけ御の字だ。

 とはいえ気を抜いたらいけない、むしろ一層気を引き締めないと。

 ここから先、アスカさんを助けられるかは僕自身にかかっているんだから。


『目を閉じて意識を湖に集中してくださいませ』


 言われた通りに目を閉じる。

 途端、体中の感覚が湖全体と繋がっているような不思議な感触を感じる。まるで体が湖に溶け込んで湖そのものになってしまったみたいだ。

 これは……ウンディーネの感覚?

 人……いや、生物とはかけ離れた感覚を持つなんて一体どんな存在だと思案して、直前まで話していたウンディーネが湖の水の一部で形作られていたことを思い出す。

 ……そうか、ウンディーネっていうのは湖そのものなんだ、僕の前に出てきた人型は多分話す相手に分かりやすくする為だけのものだったんだ。

 つまりは、ウンディーネが持つ力というのはこの広大な湖そのものということか。流石は神霊の眷属、王霊とは違った意味で規格外だ。

 拡張された感覚の中では湖の隅から隅までを詳細に感知することができる。

 その中に一つ、今にも活動を停止させようとしている存在と、それに付随する小さくも強い邪悪な力。

 僕は今からこれを打ち消す。


『黒炎が水に触れても消えないのは、ひとえにそれを施した者の持つ強大な力故なのです。しかし、所詮は残り火のようなもの、純粋な水での物量による浄化は不可能ではございません。さあ、湖の水を黒炎に集めるよう意識してくださいませ』


 結構簡単に言われるものの、それが日常らしきウンディーネならともかく、感覚を継ぎ足されたばかりである僕には無茶ぶりもいいところだ。

 手足を動かす感覚とは違う、体に増えた別の部位を動かすような試みは困難を極める。

 水が動いたというのは何となく伝わってくるものの、頭に思い描くようには中々いかない。

 四苦八苦しながら、言われた通り黒炎へと水を集めるように意識していく。実際には流れを作るといった感じだろうか。

 水の流れが黒炎を揺らした。

 しかしそれだけ、揺れるだけで消えるところまではいかない。


『間違ってはおりません。単純に流れの強さが足りないのです』


 だから難しいんだって、と文句の一つも言いたくなるのをグッとこらえる。今動かすべきは口じゃないのだ。

 強さが足りないからといって強引にしてしまうと、アスカさんの身にまで負担を与えてしまう。黒炎を消す強さを保ちつつアスカさん自身に影響が及ばないように水を動かすというのはこの上なく繊細な作業で、意識を他に割けばすぐに失敗してしまう。

 他の事は考えるな、今は意識を全て湖に向けろ。

 頭だけは水面に出していた体を沈めていく。

 余計な情報が全てシャットアウトされて感覚を刺激するのが水の動きになると、今まで雑然としていたそれが妙に鮮明に伝わってくるようになる。

 だけどまだ足りない、もっと繊細な作業をするには、意識をもっと水へと近づけ、水を手足のように操らないといけない。

 もっと、もっと、意識を水と同化させるくらいに。

 やがて湖の隅々へと意識が行き届くようになったところで作業を続行する。

 一部を動かすだけじゃだめだ、無理矢理にそうすれば他の部分で余計な流れが生じてしまう。

 ここに存在する水は、流れで見れば湖で一つの塊なんだ。

 無理に動かすのではなく、道筋を作ればいい。

 その道筋が黒炎に集約するように。そうすれば後は勝手に動いてくれる。

 始めはゆっくりと、水のうねりが連鎖的に湖という一つの塊に流れを作り出し、やがて勢いを増してまるで渦のように黒炎へと集まっていく。

 湖の水全てが集約した強大な流れは、何をしても消えなかった黒炎をいともあっさりと消し去った。


『成功でございます』


 特に成功を喜んでいるようには聞こえないウンディーネの声が水中にいる筈の僕の耳を叩く。

 声色の素っ気無さはともかく、彼女(そういえば人型と声から女かなと思っているけど、そもそも性別は存在するんだろうか)の成功という単語を聞いた途端、安心で体から力が抜けて自分が水中にいた事を思い出して慌てる。

 と、すぐに気絶したままのアスカさん共々突如発生した流れによって岸へと運ばれた。

 何とか体を陸へと上げると、途端に体にのしかかる重力と共に目眩が襲ってくる。


『申し訳ありません、やはりわたくしの力を通常の感覚を持つあなた様が使うには負担が過ぎたようでございます』


 後ろから聞こえてきた声に振り向けば、ウンディーネがまた水人形を作って申し訳なさそうに頭を下げていた。


「いいよ、僕に対する負担について文句を言うつもりなんて無い。何だかんだで君のおかげでアスカさんを助けられたのは事実だからね」

『……今のあなた様には鋼の王に手をかける力すら残っておりますまい。あなた様は、人の言う絶好の機会というものを逃したのでございます』

「その考え方は僕とは絶対に相容れないものだね。けど、分からないものを無理に理解してもらおうとは思わないよ。その上で、アスカさんを助ける為に力を貸してくれたことにお礼を言わせて欲しい。ありがとう」

『……理解出来ませぬ』

「いいよ、どちらかといえば僕の自己満足だ。……それじゃあもう行くよ、命の心配が無くなったとはいえ、こんな所で倒れてたら心配だ」


 アスカさんをおぶさって立ち上がる。

 意識まで限界寸前なせいで、動きは物凄く遅い。もはやツタを利用しても足を引きずるので精一杯だ。

 湖からゆっくりと立ち去る僕の背中に、ウンディーネから挨拶が投げかけられる。


『ご健闘をお祈りしております』


 それは勝負の場へと赴く相手に投げかける言葉じゃないのか。勝てとも負けろとも言わないということはつまり、しっかり他の王霊と戦えということか。

 ウンディーネには感謝はしてるけど、あまり仲良くは出来なさそうだ。彼女は何においても自分の役割が第一なんだ、今回はそれが脅かされそうになったから手を貸したというだけ。善意は欠片も無い。

 ……まあ、悪い奴じゃないだけマシってことでここは納得しておこうか。

 

 ◆


 ずるずると足が地面を引っ掻く音だけが耳朶を打つ。

 もうアスカさんに命の別状は無いんだし、いっそこのまま倒れてしまおうかという誘いが首をもたげるのを辛うじてはねのける。

 だって……ここまで来てしまったら、ちゃんと戻るべきだよね。心の底から安心できるあの場所へ。

 ああ……けど目が霞む。視界が明滅する。思考が鈍い。気を失わずにたどり着けるのか正味微妙だ。

 気にしていなかったけれどいつの間にか結構な時間が経っていたようで、星が瞬いていた空は既に白み始めている。朝の早い人ならそろそろ起き上がる時間だ。

 目に映るホンの少しの距離が果てしなく遠い。

 それでも確実に、一歩、また一歩と足を進めていく。

 アスカさんやゲヘナと戦った場所から湖まで駆けてきた距離と同じくらい長く感じた歩みの末、やがて待ち望んでいたものが見えてきた。

 見慣れた屋敷、こっちの世界での僕の帰る場所。

 気持ちは駆け足、実際は全然変わらないペースで近づいていく。

 今は意味の無い門を抜け、もぬけの殻である本邸を通り過ぎ、ようやくその全貌が見えるところまでやってくる。

 同時に屋敷の扉が開き、今はこの屋敷で働いているメイドさんの一人が姿を現す。その手に持っているのは洗濯物だろうか。

 夜が明けようとしている時間帯なら姿が闇に紛れたりはしない、メイドさんの目はすぐに屋敷に近づいていく僕の姿を捉えた。

 驚きからか口に手を当てて目を見開き、僕に駆け寄ろうか人を呼ぼうか逡巡しているのが手に取るように分かる。

 どの道後は任せておけばいいか。

 屋敷から多数の足音が駆け寄ってくるのを待たず、意識にも限界が訪れ、僕はそのまま視界を暗転させた。

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