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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
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逃げるが勝ち的な

 姿形や大小様々な生き物が様々な色の混じったよく分からないナニカに侵蝕されている存在――魔霊を最後に見たのは僕がこの世界に来て数日の事だ。まだ一ヵ月と半分くらいしか過ぎていないのにそろそろ古い記憶になろうとしている。

 それが現在、群れとなって僕達を取り囲んでいる。魔に侵されたアスカさんに寄ってきたとの事だけど、この状況だと誰が狙われてもおかしくない。

 ざっと見た感じ数はかなりのものだけど、あの日のように特別強そうな個体がいるわけでもない。とはいえ、疲労困憊かつ満身創痍、守護対象ありという三重苦を抱えた今の僕だと全部を相手にするのは少々厳しい。

 が、この場にはもう一人いるのだ。

 そのもう一人――ゲヘナは良いところで水を差してきた魔霊達に不機嫌そうな表情を向ける。


「喧嘩を売る相手すら選べんか、畜生共」


 その声に応えたわけではないだろうけど、群れの中から何匹かが飛びかかってきた……僕達の方にも。

 ゲヘナに向かった方は彼女のつまらなそうなため息と共に振るわれた大鎌に切り裂かれ、燃え盛る黒炎に焼き尽くされて一瞬で消滅していた。

 僕達の方に向かってきた方は樹の先端で貫かれ、ムチのようにしなる幹の部分で大きく吹き飛ばされたりしている。吹き飛ばし先をゲヘナのいる場所にするのも忘れない、殆ど意に介していないみたいだけど。


「意志を持たない畜生ほど殺していて楽しくないものは無い。のお?」


 瞬間、ゲヘナから凄まじい殺気が発せられる。

 殺気は主に魔霊に向けられているけど、勿論その一部は僕も浴びることになるわけで。正直肝が冷え上がる思いだ。

 魔霊達はといえば、圧倒的強者の殺気をモロに浴びて及び足――なんてことにはならず、むしろ自棄っぱち気味に一斉突撃してきた。

 各々が形取る動物の鳴き声を上げながら大挙して押し寄せる魔霊達。

 それでもゲヘナは泰然として大鎌を構えるけど、僕達にはそこまでの余裕は無い。

 とはいえこれはチャンスでもある。

 大して強くないとはいえ、これだけの数がいれば自然とゲヘナの注意も分散する。

 だから魔霊が全滅させられる前に、この場を離れないといけない。

 意を決して、アスカさんの体を抱える。黒炎が牙を剥いてくるも、ある程度なら霊装が防いでくれるし、覚悟していれば耐えられないこともない。

 歯を食いしばってジクジクとした痛みに耐え、その場から離脱する。

 ――と、前方にいた魔霊が僕が倒す前に黒炎に焼き尽くされてしまう。


「どこに行くのかえ? ん?」


 やっぱり完全に注意を外してくれるなんて虫のいい展開にはならないか。

 魔霊を焼き尽くしながらしっかりと僕達まで狙っているゲヘナに魔霊を吹き飛ばしながら距離を稼ぐ。どうやらあいつに僕達を逃がす気はさらさら無いらしく、笑って黒炎を振りまきながら追いかけてきてる。樹や桜の花を飛ばしても生半可な攻撃だと足止めにもならない。


「くそ……」


  そうやってギリギリで後ろのゲヘナの姿を捉えていた視界に何かが映る。反射的に身を低くしてそれを躱す。

 前を見れば、後ろに注意を払いすぎた所為でいつの間にか魔霊が数体傍まで迫っていた。

 動体視力に磨きがかかっているのか、魔霊の攻撃そのものはなんとか全て避けることができた。

 しかし、そのせいで魔霊を絶え間なく繰り返していた迎撃の手が止まり、そこから一気に大量の魔霊が飛び込んでくる。

 目の前にいる大量の魔霊、後ろから追ってくるゲヘナ。

 前門の虎と後門の狼とはまさにこのことか。

 両方を何とかするには、単純に手数が足りない。どちらかに対応した瞬間に、もう片方に潰される。

 どうする? どうする?

 この期に及んで頭の中でこの場を乗り切る方法を模索し、

 ――持っている手札ではそれが不可能だという結論が出た瞬間、頭の中で何かが弾ける感覚を感じた。


「お前ら……邪魔すんなぁあああああああああああ!」


 ◆


 最後の・・・魔霊を切り伏せたゲヘナは「ふむ……」と一息。

 その周囲には今まさに黒炎に焼かれているおびただしい数の魔霊が転がっており、それらは間もなく粒子となって消滅していく。

 結果的に言えば、彼女の獲物には逃げられた。

 追い詰めたと思ったら、ユーリが窮鼠が猫を噛むかの如く大いに足掻いたのだ。

 普段のゲヘナなら多少面食らった程度ではピンチにはならない。脅威を黒炎で焼き尽くして終わりだからだ。

 しかし、ユーリはその足掻きの労力全てを足止めへと注いだ。

 加えて、ゲヘナは本気ではなかった。本気でアスカを殺し、ユーリを含めた双方に絶望を与えるつもりではあったが、何が何でもそうしようと思っていたわけでもない。

 ついでに言えば、邪魔者も大量にいたので、それらを全て排除して追いかけるのが少し面倒に感じたというのもある。

 こうして幾つかの要素が重なってユーリはアスカを連れてまんまと逃げおおせることに成功したのだ。

 とはいえ獲物を逃がした当人はそこまで機嫌を悪くしていない。

 元々全力でなかった為、獲物に逃げられてしまっても仕方が無いと割り切っているのだ。精々少しだけイラついただけである。

 その少々のイラつきも、その場に大量にいた八つ当たり相手を消し飛ばすことで発散してしまった。

 ゲヘナは黒炎に焼かれながらも未だに耐えているソレ・・を眺めて口の端を吊り上げる。


「楽しみを取っておくのもまた一興、新しい玩具がんぐが手に入ったと思うことにしようかえ。くはっ、あの童はどのように堕ちていくのかのぉ」


 まるで楽しみで仕方が無いように笑みを深くする。

 闇を照らさない炎の揺らぎが不吉を撒き散らしている、そんな光景の中で少女の姿をした古参の王霊は笑い続けた。


 ◆


 どうにか逃げ出せたのはいいものの……。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 体の各部、いや、全身が悲鳴を上げている。

 アスカさんの最期の一撃を食らってからは常に限界を超えている状態なのだから当たり前といえば当たり前だけど。

 しかも肉体面だけでなく、精神面でも疲労が激しい。今まではそこまで意識してこなかったけど、王霊の力だって無尽蔵な訳がないのだから、使えば使うほど何かを消費するのは当たり前か。肉体とは別に体の中の活力が無くなっているようなこの感覚は気持ちのいいものじゃない。

 それでも立ち止まるわけにはいかない、今も背中で淡い息を吐いているアスカさんがいつまで保つか分からないんだ。全身から激痛を感じ、今もアスカさんにまとわりつく黒炎が僕を焼こうとし、巻き付くツルを操る意識が飛びそうになっても意地でそれらをねじ伏せる。

 とはいえ移動速度は行きほど速くない。

 いくら気分がはやっても、体がそれに応えてくれない。

 元気な状態での全力疾走でさえ二時間かかったんだ、今の僕の走る速度だとどれくらいかかるか分からない。

 不安が気をはやらせ、それに応えてくれない体のせいで更に不安が募るという悪循環。

 その中でもどうにか気を張っていられるのは、背中にいるアスカさんがか細いながらも確かに生きているというサインを送ってきてくれているからだ。

 だから頭でごちゃごちゃ考えても、僕はとにかく走る。どれくらい進んだのかさえ分からなくてもひたすら走る。


「ん……」

「アスカさん?」


 呼びかけてみたけど返事は無い。どうやら意識が戻ったわけじゃなさそうだ。

 

「テレス……」

「……誰?」


 突然出てきた人の名前らしき単語、思わずついてでた疑問に答えてくれることも無く、うわ言がこぼれ出る。


「アニ……サン……レスト……まったく、やんちゃなんだから……。クルス……レイナ……年長なんだからちゃんと孤児院の子供を引っ張って……」


 うわ言は止まることを知らず、それからも聞き覚えのない名前とそれに付随する出来事が途切れ途切れに語られる。

 生前か、王霊となってからの出来事なのか、だとしてもいつ頃の話なのか。

 本人に意識が戻っていないから聞くことは出来ないけれど、一つだけ確かな事がある。


「テレス……皆……」


 今なお黒炎に命を削られているにも拘わらず、彼女の声は安らぎに満ちていた。

 長い時間を孤独で過ごし、求めても手に入らない幸せに絶望し、魔に侵されて死を覚悟していたアスカさん。

 彼女にも幸せと呼べる時間はあったんだ。

 今は記憶の中にある思い出を夢として見ているだけだけど、いつか現実で同じような安らぎを得て欲しい、そう願わずにはいられなかった。


 ◆


 体感で大体四時間くらい。

 そろそろ意識も朦朧としてきた。

 アスカさんのうわ言はとっくに止んでおり、今は集中しないと聞き取れない程の微かな息遣いしか聞こえてこない。

 死神がアスカさんを狙って迫って来ている。時間はもう殆ど残されていない。

 僕の体を動かすツタの方も限界が近い。何度も操作を誤ってこけたり、アスカさんを取り落としそうになった。走る速度もかなり落ちている。

 ……つらい。

 いつまで経っても見えてこないゴールを目指し、変わらない景色の中をずっと走るというのは中々につらい。

 何度も止まりそうになる足を叱咤するのはアスカさんとゲヘナに啖呵を切った意地。

 そして背中に感じる確かな温もり――まだ背中の人が生きているという証だ。

 安らぎという意味で人肌を感じたことはあっても、命の温もりというのを意識したのはこれが初めてかもしれない。

 ……いや、失われていく命の温もりなら生前の最期に味わったか。

 無くして初めて大切なものの価値を知る。

 自嘲の笑みが溢れる。名前も知らない見知らぬ子供に対して何を思ってるんだか。

 だけど、命の価値を知る事が間違っているとは思わない。

 前は守れなかった命を、こんどは守りきってやる。

 意識を強く保ち、ツタを操って足に強く踏み出させる。

 ――そして、その予想着地地点に地面は存在しなかった。


「へ……?」


 跳躍による放物線の頂点軌道をゆっくり(強く踏み込んだので水平方向ではそれなりの速さが出てる)と移動しながら後ろを確認すると、どうやら僕は樹が邪魔ですぐ前が崖になっていることに気づかずに飛び出してしまったらしい。

 で、頂点を過ぎれば次にやってくるのは勿論……


「だぁああああああああああああ!」


 ご存知重力加速による落下だ!

 その時、どこかで聞いている人がいれば見事なドップラー効果を体験することになるであろう僕の叫び声の最初の部分、落下がまだゆっくりな段階で僕は見た、見飽きた木々の影に混じった人工物特有の真っ直ぐな影を。

 冷静に見れたのはそれだけで、そこから一気に加速して物凄い速度で落下していく。

 想定していた衝撃はこなかった。

 代わりに、体が何かに突っ込んだような感覚。

 どうやら自分が現在水中にいるらしい事と同時に、ずっと背負っていたアスカさんが離れてしまった事に気づいて慌てる。

 幸い辺りに流れは無く、アスカさんはすぐに見つかった。水中だというのにその身に纏わりつく黒炎が消えていないのがとても異様に映った。

 アスカさんを回収して水面に顔を出す。

 夜だしこんな場所からだと見えにくいけど、確かに人工物の影が見える。落ちる直前に見えたものは間違いじゃなかった。

 行きでは他の街は見かけなかった。あれはジュレリアの街で間違いない。

 となると今僕達がいるのは聖域――ウンディーネの清涼湖か。

 アスカさんに纏わりつく黒炎がまだ消えないということは、聖域に来るだけじゃ駄目だっていうことか。

 ゲヘナは聖域に引き込もるオリジンの犬と言っていた。

 それは僕の記憶の隅に残っている、神霊の眷属とやらと同一の存在ということに他ならない。

 つまり今必要なのは、その神霊の眷属――ウンディーネだ!


「って、どうすればいいんだ……?」


 取り敢えずこの場所を目的地にして走ってきたけど、そこからどうするかを考えてなかった。

 特別っぽいけど、精霊に違いは無いんだったら何か儀式的なものでも必要なんだろうか。いや、確か精霊を呼び出すのに魔法陣みたいなのが必要だったような? どの道そんなの僕知らないぞ……。


「どこかにいないの!? ウンディーネっていう精霊……さん! 頼みたいことがあるんだ!」


 僕に出来るのは叫ぶことだけ。

 こんな呼び掛けだけで出てくる確率なんて如何程のものか。

 そもそも僕の声が届いているのかも分からない、精霊って確か基本は『あちら側』っていうのに存在するらしいし。

 それでも僕は叫ぶのを止めない。

 今すがれるのはそれしか無いんだから。


「頼むよ! 早くしないと……早くしないとこの人が死んでしまうんだ!」


 それでも何も起こらない。

 ――だめか?

 そう思った時だった。

 ここは湖であるはずなのに、流れが生まれている。

 うねる水が空中に集まり、人の形に変わっていく。

 現れたのは、水人形という表現が適切そうな存在。


『お初にお目にかかります、草木の王よ』


 

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