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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
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連戦的な

 時間が経つのがゆっくりに感じられた。

 それほど穏やかに、アスカさんの体が投げ出されていく。

 その体が小さな音を立てて地面に横たわると同時に、僕の体の上に何か軽い物が落下してきた。

 それは先程までアスカさんの手の中にあった例の首飾りだ。いつの間にやったのか、本来の用途の通り飾り部分が折られていて普通の首飾りのような形になっている。

 縁守りの首飾り。

 片割れずつを持つことで互の縁がいつまでも続くという言い伝えのあるお守り。

 故意なのか偶々なのかは分からない。だけどもし前者だったなら、アスカさんには何か守りたい縁があったということなのか。

 けど……これじゃあまるで……今際の際に遺されたみたいじゃないか……!


「ふざけんな……っ!」


 傷だらけながらも、その声は不思議と腹の底からの大きなものとして口から発せられた。

 本来ならそれを受け取る相手はいないはずの叫びは、先程新たに現れた気配の主が受け取ることとなった。


「くはっ、満身創痍というのにまこと元気よなあ」


 僕はそいつ・・・をこれでもかというくらい強く睨みつける。

 体つきは思ったよりも小柄だ。精々十代前半の少女程度にしか見えない。

 が、まともに見える要素はそれだけだ。

 高いところで二つに括られているのは紫の髪、その身に纏う服はワンピースタイプではあるものの、裾の部分が斜めに切り取られており見事に左右非対称となっている。そしてその色もまた紫一色。

 顔立ちは小柄な体型に合わせたかのように子供の未成熟さを表したかのような造形をしており、その瞳の色はやはり紫だった。

 何から何まで似通った部分が見つからないにも拘わらず、僕のよく知る人と似た特徴をそいつは持っている。

 何者か、なんて疑問は最初から浮かんでこない。

 特徴的な服装、その圧倒的存在感、知っている限りの状況。

 そして、その小柄な少女の姿にまるで不釣り合いなソレ――持ち主の身の丈も超えるほど長大な大鎌は勘違いの余地を微塵も生じさせない。


「くそっ! こんな時に別の王霊か……っ!」

「無茶はするものではないぞえ? 格上の同類と戦って無事でいるだけでも御の字であろうに」

「それを素直に聞くわけにはいかないんだよねっ!」


 アスカさんがまだ死んでしまったとは限らない。

 だけど、こいつは間違いなくアスカさんの命を奪おうとした。彼女が生きていようがいまいが、このままだと終わりは確定してしまう。

 だから守らないと。

 なのに――体は動いてくれない。動かそうとしても、返ってくるのは激痛だけだ。


「無理をして逃げようとせずとも、おんしは狩らぬよ。司る力が妾と関係無いゆえにメリットが無い。何より、良いものを見せて貰ったおかげで今は最高に気分が良いゆえな」

「良いもの?」

「先程のおんしらの掛け合いのことじゃ。なんとも愉快な喜劇であった」

「喜劇だって?」

「あれを喜劇と呼ばずして何と呼ぶ? ああ、おんしは何も知らぬのであったか」


 そいつは興が乗ったように「妾も細かくは知らぬが」と勝手に語り始める。


「その小娘は普通の人間としての幸せを求めておった。しかし、王霊である限りそれは決して叶わぬ。小娘もそんな事は理解していたであろうに、いつまでもいつまでもその望みを捨て去ることは出来なんだ。やがて叶えられない望みとそれでも捨てられない望みの間で苦しみ、結局は魔に侵されて狂っていきおった。王霊といえど、あまりに心が弱ければ魔の侵蝕は防げんからのぉ」


 それは僕の知っているアスカさんとは違う印象だった。まるで僕の事を言われているみたいだ。

 ただ、その人物像にどこか納得している自分がいた。


「妾はこう見えてもかなり古参の王霊での、あの小娘が生まれて間もない時から偶に観察しておったが、中々に見ものだったえ。幸せを求め、人との触れ合いを求め、結局は人に裏切られ、時には同類によって全てを壊され。更に弱った心に追い討ちを掛けられるように魔に侵されて怯えているのを見るのはこの上なくそそったわえ……」


 まるで動物を愛でるようにそいつは恍惚と頬を上気させる。


「狂いに狂って、熟れる直前のあやつの行動はこれまでで最高の見世物だったわえ。この期に及んでまだ人間のとしての思い出を欲し、最期は人知れず死ぬくらいならと心を許したわっぱに討たれる事を望みおった。くははっ、本人の言った通り、なんとも愚かで惨め、いや、哀れも追加しようかの。叶わない分かっていて、それでもなお望みを捨てようとせなんだ。しかし、そこがまた笑えて良い。それにしても――」

「もうあんた黙れよ」


 くだらない話を遮って出た声は、自分でも驚く程底冷えのする低いものだった。

 まあ、そんな事は今はどうでもいい。

 こいつにこれ以上勝手に喋らせていたら――怒りでどうにかなっていまそうだ。


「……悪いか」

「あん?」


 語りを遮られて気分を害したのか、僅かに眉を顰めるそいつ。

 それに構わず、僕は心の内をそのまま言葉にする。


「望みを捨てないのがそんなに悪いか。笑いを誘うほどに可笑しいか。人じゃなくなってしまって、それでも普通の女の子と変わらない、素朴な幸せを求めるのがそんなに駄目なことかっ!」


 腹の底からの意志を持った叫びが大気を震わせる。

 それだけではこいつは怯んだりはしないものの、その顔色が僅かに変わった。

 初めてアスカさんに会った時、そして再会してからも、そんなに人に冷たくしなくてもいいのにと思ったことは一度じゃない。しかし、王霊ならそれも仕方の無い事かと思っていた事もまた事実だ。

 だけど何のことはない、アスカさんは普通の女の子と大して変わらない優しくて可愛らしい人だ。

 今日だって、最初から変に考える必要な無かったんだ。街で遊んでいる間にアスカさんが見せていた表情は全部が裏表の無い心の底からのものだったんだから。

 だからこそ、今日この日までアスカさんが抱えていた苦悩の辛さが想像するに余りある。ともすればそれは僕の未来になるかもしれないからだ。


「僕はアスカさんの気持ちなんて完全には分からない。だけど、純粋な望みを追いかけるそのひたむきさを笑って嘲るのなら、僕は絶対に許さない」

「ふん、いくら粋がったところで、今のおんしに出来る事などありゃあせん。小娘の願いが完全に潰える様を黙って見ているが良い」


 そういって掲げられた大鎌に、黒い何かが集まっていく。

 いや、それは炎だ。

 ユラユラと揺れ動きながらも力強く、離れているのに身を焼かれそうな禍々しい炎。


「そういえばまだ名乗りを上げておらぬか。火と闇を司る煉獄の王『ゲヘナ』、妾とおんしに直接戦う理由は無いが、覚えておくと良いぞ」

「煉獄って……そういえばここ最近アスカさんと戦ってたって……」

「魔によって狂わされて王霊としての思考に寄ったのかの、急に妾に喧嘩を売るようになってきおった。限界が近そうだったのでそのうち何か動きがあるかと思って殺さずに適当にいなしておったが、見事に期待通りじゃった。しかしそれもこれまで、熟れきった果実を摘み取るとしようかえ」


 黒炎を纏った鎌がアスカさんに向けられる。


「これまで中々に楽しませてもらった。絶望を抱えたまま逝くが良い」


 大鎌に纏わりつく黒炎が宙を舞い、相手を焼き尽くさんと襲いかかる。

 生きている生きていないに拘わらず、あの炎はアスカさんを跡形もなく燃やし尽くすだろう。そんな確信があった。

 やがてその黒い炎は辺りを照らす事もなく、対象を灰にするまで燃え続ける。


「……おんしも小娘に負けず劣らず愚かよなあ」


 ゲヘナは呆れたようにそう零す。


「流石にこれは自分でもどうかって思うよ」


 ちらりと現在進行形で黒炎に焼かれているもの――地面から生えて今にも燃え落ちそうな樹を見やって苦笑する。

 だけど、ゲヘナが呆れているのはそっちの方じゃないだろう。

 動けない筈の僕は今、ゲヘナからアスカさんを遮るように立っているんだから。

 その原因は僕の体の至るところに巻きついている細い植物のツルだ。それを動かすことでまるで自分で自分自身の体を操るようにして体を動かしている。今は見る暇も無いけれど、僕の扇の霊器には新しくツルの絵が現れている筈だ。

 ……ただし、これはあくまで無理やり体を操っているに過ぎない。傷が癒えたわけじゃない体は、動かすたびにかなりの痛みを伝えてくる。体への悪影響もすごいことになっているだろう。

 痛みを気合でねじ伏せ、うつ伏せに倒れているアスカさんの体を仰向けにして手をかざす。


「……っ!」


 ほんの僅か、注意していないと感じ取れない程の弱々しい感覚。

 だけど確かに、僕の手のひらにはアスカさんの吐息が感じられた。


「よかった……」


 本当によかった。アスカさんが絶望のままに死ぬなんて最悪の結果にならなくて。

 さあ、心配の種はこれで無くなった。

 これで残るは……こいつから全力で逃げ出すだけだ!


「小娘は生きておったかえ? なんともまあ希望に満ちた目をしおってからに。おんしは王霊として生まれたばかりのようじゃな、昔の小娘とそっくりよ。嗚呼……おんしを狩る理由は妾にはないが――」


 舌なめずりをして獲物を見定めるように目を細めるゲヘナ。


「痛ぶって、壊して、大切なものを奪って、その顔を絶望に染め上げてみたいのお」


 湧き上がった気力を削がれるかのように背筋に寒気が走った。

 こいつは王霊云々以前に、人格が最悪だ。その嗜虐的な笑みと残酷な事を楽しそうに話す心中が全然理解出来ない。まだ神霊になる為に同類と戦うと言われた方がまともに感じるくらいに異常だ。

 萎える心を奮い立たせ、なんとか毅然とした態度を保つ。


「くはっ、おんしはどうしたら絶望する? 今守ろうとしているその小娘を殺すか、おんしを痛ぶるか、それともおんしが大切にしているものをおんしの前でくびり殺してやろうかえ?」

「もしそんなことしてみろ、僕があんたをくびり殺してやる」

「くはっ、吠えよる。その傷だらけの体でようそこまで啖呵を切れるものよ。しかし――」


 ゲヘナが大鎌を振り、


「身の程を弁えいよ、童が」


 黒炎が襲いかかってくる。

 アスカさんを抱えて離脱した瞬間、直前までいた場所が熱に包まれる。


「ほれ、よそ見をするでない」

「しま――っ!」


 黒炎を纏った大鎌が狙っているのは僕じゃない、抱えているアスカさんだ!

 ただでさえ怪我と激痛のせいで反応が鈍っている上に、跳んだ直後で体制を崩しているせいでまともな回避行動を取ることが出来ない。

 ――しかし、大鎌はアスカさんを直撃することなく、虚しく空を切った。


「……ほう、咄嗟に投げ出す事で小娘に直撃するのを避けたか」


 怪我人に手荒な真似はしたくないけど、さっきアスカさんを手放さなかったらそのまま大鎌に切り裂かれていた。唯でさえ重傷なのにあれ以上傷を負えば今度こそアスカさんの命が尽きてしまう。

 ……それにしても、逃げ出す隙がまるで無い。

 相手は少女の見た目に反して、アスカさんを小娘と言う程には古参。対してこっちは気を失った重傷人と辛うじて動けるだけの重傷人。分が悪いにも程がある。

 だけど、それでもやらないといけない。じゃないと待っているのは死あるのみだ。


「逃げる参段でも考えておるのかえ?」


 やっぱりばれてるか……。


「しかし、悠長にして良いのかえ?」

「なに……?」

「古来より黒炎は邪炎とも呼ばれ、呪いとも深い関わりがある。故に妾を始めとした黒炎を操る事ができる精霊は不吉の象徴として恐れられてきたわけじゃが……」


 何を突然? と訝しんだ瞬間、僕でもゲヘナでもない声で悲鳴が聞こえてきた。この場で僕とこいつ以外には一人しかいない!


「アスカさん!」


 見れば、小さな黒炎がアスカさんを蝕むように取り付いている。

 普通の炎とは違うのか、燃え広がったりはしていない。

 けれど、それが揺らめくのに反応するようにアスカさんが苦しそうな呻き声を漏らす。


「ほんの少し――たとえかすった程度の接触であっても黒炎は取り付いた者を蝕む。その程度ならよほど条件が整っていない限りは死に至らしめる事はないが、今にも息絶えそうなほどに弱った者を死なせるにはどれほどの時間がかかるかのお?」

「あんた……っ!」

「くはっ、くははははははははっ!」


 ゲヘナの楽しそうで耳障りな哄笑が辺りに響き渡る。こいつはアスカさんの命が危険に晒され、僕がそれをどうにかしようと悩んでいるのを本気で楽しんでいる。

 まるで僕に出来る事なんて何もないと言われてるみたいで腸が煮えくり返りそうになる。

 とにかく、アスカさんを放っておくわけには……


「熱っ!」

「気をつけい? 邪炎の呪いは触れようとする者にも容赦せんからのお。それを解きたいのならば、光と水を併せ持った癒しの力か、強めで純粋な光か水をもって浄化するしか方法はありゃあせん」


 癒しの力か純粋な光か水だって?

 屋敷には精霊師達がいるけれど、普通の精霊に王霊の黒炎を浄化出来るとは思えない。同じ王霊ならまさにドンピシャで癒しの力を持っているセフィラさんが思い浮かぶけれど、所在地は外国だ。

 焦りが胸中を支配する。

 このまま逃げ帰っても、この黒炎を祓う事は不可能。それを出来そうな精霊を探している時間も無い。そもそもここで時間をかければかけるほどアスカさんの体は弱っていく。

 イチかバチか、ジュレリアの屋敷にいる精霊師達が契約している精霊の力で進行だけでも遅らせられないか試すか? 精霊師になれるほどだから、契約している精霊もそれなりの筈だ。殆ど望みの無い選択肢でも、今僕に出来るのはそれだけで……。


「何を考えてるかは知らんが、妾の黒炎はそこいらの精霊では手も足も出ん、進行を遅らせることもな」


 思考を読んだかのようにゲヘナが痛ぶるような笑みで補足する。

 ……万策尽きた、とはこのことか。もう……どうしようもない。

 アスカさんは――死ぬしかないのか?

 僕には泣いていた彼女を助けることなんて出来ないのか? こんなことになるのなら最初からアスカさんを追いかけるべきじゃなかったのか? 地球で腐っていた頃と同じように、見て見ぬふりをすればよかったのか?

 目の前が真っ暗になったような気がした。

 そんな僕の様子そっちのけで、更にゲヘナが僕の心を折るように、


「本来の魔に侵されていない状態なら、その程度の黒炎など霊装が勝手に弾くほど弱いもの。が、それでも王霊が放った黒炎、そんじょそこらの塵芥がどうにか出来ると思わぬことじゃ。妾の黒炎を浄化出来るとなれば、清浄の小娘か聖域に引きこもるオリジンの犬共、後は限られた強い力を持つ精霊が数体程度しかいまいよ」


 ……まて、今こいつは何て言った?

 確かに今、聖域に引きこもるオリジンの犬共って……。

 そのオリジンの犬とやらは聖域にいて、その存在ならこの黒炎を浄化出来る?

 そして僕は、聖域の場所を一つ知っている。

 その存在は暗闇の中に降りてきた一本の糸だ、ただし、それはこの上なく細い糸。

 それでも、僕はそれをたぐり寄せる。他に何も無いのなら、迷ってる暇なんか無い!

 後はもう一つ、この状況を変える何か。

 と、周囲から複数の気配が現れる。

 そこまで前の事でなくとも、何故か懐かしく感じてしまうその気配は――


「む、これは……小娘の魔に連れられてきたか。何とも無粋よなあ、魔霊などという畜生の分際で」

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