いざ、勝負的な
「うわっ!」
矢が脇を掠めただけなのに吹き飛ばされる。
「ふふふ、どうしたのユーリ、さっきまでの威勢はどこに行ったの?」
怒りが一周したのか、先程から絶え間なく笑顔を浮かべっぱなしのアスカさんはすぐに次の矢をつがえている。
この状況はかなり不味い。
当たり前と言えば当たり前だけれど、彼女が放つ矢は全然見えない。それでも直撃を避けられているのは、つがえられた矢から彼女が手を離す瞬間にその射線から体を逃がしているからだ。ありがとう、日本のアクション漫画達。やろうと思えば結構実現できる事がここに証明されているよ。
「くそっ……!」
勿論僕だってやられているばかりじゃない。
矢を放った直後で隙が出来たアスカさんを囲うように彼女の足元から樹を襲いかからせる。
不意打ちの攻撃で遠距離武器である弓だと対応できない……と思ったら。
「ふふっ♪」
手に持っていた弓が今度は大剣に変わり、アスカさんが演舞を踊るように一回転すると樹は全て断ち切られる。
近距離は大剣、遠距離は弓でカバーしたその戦い方に隙が中々見つからない。
「っていうか霊器が二種類なんてずるい」
「他にも何人か二種類以上もっている同類もいるわよ。だけどわたしのこれは別物よ。大剣も、弓も、そして――」
軽やかにステップするように僕との距離を詰めてくるアスカさん。
今度は大剣で近接か? と、またいきなり弓に切り替える可能性も考慮して身構える。
そのまま大剣でくるなら一気に後ろへ、弓に変えるなら射線を見逃さないように。
二つの可能性に対して警戒する僕に対して襲ってきた攻撃は、踏み込みからの切りではなく、弓の射撃でもなく、ある程度離れた状態で急に現れた『突き』だった。
「……っ!?」
ギリギリで霊器で受け止めたその突きだったけれど、そのまま背後の岸壁まで押しやられて背中を強打する。
致命傷を受けるよりマシとはいえ、更に不利になる要素が現れてしまった。
「――この槍も、全てがわたしの一つの霊器――レーヴァテインよ」
明らかに長すぎる柄が伸縮し、穂先を手元に戻して彼女はそう言った。
対して僕は苦々しげに呻く。
「近、遠の次は中と来ましたか……」
大剣ほど近づく必要もなく、ある程度近くまで来られても対応可能。これで彼女はどんな間合いであっても支障なく戦えるというわけだ。
……まったく、厳しいことで。
「……まだ戦意を失わないのね」
「勝機が無くなってるわけじゃないですし、まだあなたから何も聞いてませんからね」
「……っ! わたしには話すことなんて無いわよ!」
もう一度柄を伸ばして槍の穂先が迫ってくる。まるで穂先を射出しているような攻撃だ。
ただ、飛び道具ほどの速度は無い、これなら軽く避けられ――
「って違う!」
何を考えてるんだ! あれでも槍なんだから撃ち出して終わりというわけじゃない!
案の定、しゃがんで躱そうとした僕に対して槍は軌道を変えて横に切りつけてくる。
僕はそれを桜花で受け止め、そのまま柄を押さえ付けながらアスカさんに接近する。
柄を押さえ付けられているせいで槍は持ち上がらず、難なく近づくことができる。
そのまま飛び上がりからの踵落としを決めようとして――視界に大剣が映る。
「残念! 形状なら容易に変えられるわ!」
空中で回避の出来ない僕を前にして勝利を確信するアスカさん。
けど残念、あなたの純粋に武器を使った戦闘が凄まじいように、僕には僕の強みってものがある。
ハラリと、僕らの間に割り込むのはピンクの花びら。
最初はほんの少しの枚数だったそれは、一瞬で無数の桜のカーテンと化す。
そう、アスカさんの目から僕の姿を隠せる程に。
「ち……っ!」
苦し紛れに大剣を花びらの中に突き出すも、そこに僕はいない。
僕がいるのは――彼女の真正面だ。
「な……!?」
「確かにその三段変形する武器は厄介ですけどね」
ムンズとアスカさんの霊装を掴む。やましい気持ちは無いのであしからず。
「そっちに強力な武器があるみたいに、僕にだって便利な武器があるんですよ。今みたいに目くらましに使ったりね」
腰を潜り込ませ相手の重心を持ち上げる。
「僕は戦いに関しては殆ど素人です、今までやってきたのはただ力任せに王霊の力を振るってきただけだし、今だってまともな戦い方が出来てるとは思ってないです。だけど――」
そのまま持ち上げる為の力と引っ張る力を連動させて、
「だからって、素人舐めんな~~~~~~~!」
「ぐふっ……!」
背負い投げ、柔道の代表的な技だ、学校の体育の授業で実践するところも多いんじゃないだろうか。
ただし、下は畳じゃなく硬い地面、しかも本来は相手が怪我をしないように腕を引くところを逆に叩きつけるように、しかも王霊の力の全力で投げた為衝撃は相当なものになる筈だ。というか地面にヒビが入ってるし。
「うわぁああっ!」
「危なっ!」
流石にかなりのダメージを受けたはずなのに即座に反撃してくるのは、彼女が戦い慣れているからだろうか。
仕掛けようとした追撃はアスカさんの咆哮じみた叫びと共に振り回された大剣によって阻まれる。
「投げ……ね……。殺す気も無しでオネーサンとまともに戦えると思ってるの!?」
感じている痛みは軽くないのか、立ち上がりはゆっくりだ。
……それにしても『オネーサン』か。
僕が啖呵を切ってからまた出てくるようになってきた『オネーサン』という言葉。
初めて会ったその時からアスカさんは、僕と話す時だけしばしば自分の事をこう呼んでいた。
それは単に茶目っ気を見せる為だったり、僕に対して優しい姉のように接するつもりだという意思表現でもあったんだろう。
戦いが始まってからは無くなっていたその言葉がまた出てきたのは、自分が格上であるということを無意識に示しているのか、それとも何らかの理由で意図的に抑えていたものが激情で表に出てきてしまったのか。
実際はどうあれ、今アスカさんは感情を外に出してきている。これなら彼女が内に秘めている事実も口に出してくれるかもしれない。
そう……彼女にはまだ秘密がある筈なんだ。
「その目を止めなさい!」
アスカさんの攻めは更に苛烈になる。
近、中、遠。
立ち位置を目まぐるしく変えながら、霊器をそれぞれの距離に合った形状に変化させて僕の命を狩ろうとしてくる。そのどれもがその気になれば地形を変えられる程の威力を持つのだから冷や汗ものだ。
「わたしがあなたの命を本気で奪おうとするわけがない。こんなことをする人じゃないはずだ。何か理由があるに違いない。そんな根拠の無い信頼の目……吐き気がする!」
「僕がどう思おうと自由じゃないですか。今まで接してきたアスカさんの印象からして、あなたが悪人には見えない。僕が勝手にそう思っているだけですよ」
「黙りなさい! わたしの事なんて何も知らないくせに知ったふうな口を開くな!」
僕の口を遮ろうとするように、弓を持つアスカさんの腕が弦を引き絞る。
「その口ぶりだとやっぱり僕の知らない何かはあるんですね!?」
僕の前方から樹が現れ、同時に大きな衝撃音と何かが砕けるような音が響く。
岩の壁すらも破壊する矢は、集中した樹によって完全に止められていた。
「このぉ……っ!」
苛立ちの声を上げるアスカさん。今度はその手がブレる。
そして僕の周囲からは更に大きく、更に大量の樹が前方に殺到する。
またもや大きな衝撃音。ただし、今度はそれが雨でも降り注いでいるかのように連続で空気を揺らす。
それなのに――僕まで達した矢は一つたりともも無い。
「うわぁああああああ!」
走る斬撃、伸びる突撃、飛来する射撃。
対するは舞い散る花びら、荒れ狂う大樹の群れ。
アスカさんの大剣や槍、僕の花びらは岩だって豆腐のように簡単に切り裂き、矢、樹の衝撃は岩を発泡スチロールのように粉砕していく。
切り立っていた岸壁は歪に形を変え、地面は無事な所を探す方か困難な程に荒れ果て、ほど近い場所にあった森の一部は殆ど更地と化している。
ほんの数分でここまでの惨状を生み出した僕らの戦いは、傍から見れば流石王霊と言わざるを得ないほど凄まじいものだろう。
今も互いの圧倒的暴力は留まるところを知らず、破壊を周囲にばら撒き続けている。
が、実はこれで膠着状態なんだ。
アスカさんは戦いを始めた当初と違って感情が抑えられていないせいか、速さや力はどんどんと上がっているけれど、その分動きが直線的で攻撃を防ぐないし避けやすい。
ただし、それは僕が防御や回避に専念しているからこそだ。
元々攻撃力が強い戦い方と能力であるアスカさんが本気を出しているあれは、もはや小型の嵐と言っても過言じゃない。小手先の動きをすればすぐに飲み込まれてしまうのだ。
よって、僕がもっぱら意識を割いているのは攻撃の機を探ることではなく、口八丁で隙を作らせることだったりする。
「アスカさんの言ってることが本当だとすると、腑に落ちない事が幾つもあるんですよ! 神霊祭でまだ力が上手く扱えてなかった僕に助言したり、今日は再会してすぐに僕を殺さなかった!」
「殺す前に楽しみを味あわせて一気に突き落とすつもりだったのよ! あなたの呆けた顔は傑作だったわ!」
「絶望に染まった顔じゃなくて、ですか?」
「減らず口を……!」
「ち……」
強引に障害を蹴散らして飛び込んできたアスカさんの大剣が頬を掠める。
虚を突かれたものの、それを利用して懐に入り込み、扇の先端で突きを繰り出す。
――次の瞬間に吹き飛んだのは僕だった。
「ぐあっ……!」
吹き飛ばされながら、突き出されたアスカさんの足を視認する。
今のは効いた……武器ばっかりに目が行ってた所為で注意が疎かになっていたかな。けど、まだ動ける、メッチャ痛いけど……!
このコースだと岸壁に直撃してしまう。
足の裏を進行方向に向けて衝撃に耐えようと――したところで足に何かが巻きついて強制的に飛行を止められる。
巻き付いた物の正体は――
「鎖っ!?」
「『グレイプニル』!」
もう一つの変形? いや、また別の霊器か! ここに来てまだ手札を隠し持ってたのか……!
「ふん……っ!」
「しまっ――!」
驚く暇もない。
足に巻き付いた鎖はほどけることなく、僕はそのまま鎖の逆端を持つアスカさんを中心にして振り回されて地面に叩きつけられる。
「ぐふっ……!」
地面が割れるような音。それに違わず襲ってきた衝撃も半端じゃない。
更に――
「まだよ!」
再び足が引っ張られる感覚。
あ……これはやばいぞ。
その後、アスカさんは何度も何度も同じことを繰り返す。
何度も何度も、何度も何度も。
普通の人間が受けたら一度でお陀仏なのは間違いない、僕が死なないのは身体が丈夫だから。じゃあ、これは普通の人間ならどれくらいの傷にあたるんだろう?
繰り返し襲ってきた衝撃は容赦なく僕の体を破壊し、段々と意識が朦朧としてきた。
トドメとばかり岸壁に叩きつけられてその場に崩れ落ちる。
何とか立ち上がれたけど、足元が安定してくれない。
……あともう少しなのにな~。もう少しこの会話を続けられれば何か糸口が見つかると思うんだけど、身体が言うことを聞いてくれないや。
「死にたくなくて必死ね」
「…………」
冷たい声は思いのほか近くから聞こえてきた。
既に僕がまともに戦えない事が分かっているから、悠然とした態度で佇んでいる。
もうちょっとでアスカさんの本音が聞き出せると思ってたんだけど、やっぱ無理か……。
「……なんでよ」
「……?」
「あなたはわたしに騙されて、こんな息も絶え絶えにされてるのに。なんでいつまで経ってもわたしを憎まないのよ……。なんでいつまで経っても信頼を捨てないのよ……」
消え入るように「なんで……」と繰り返すアスカさんは、この場の絶対的優位を保っているとは思えないほど弱々しく言う。
「なんでわたしを……守るような目で見るのよ……っ!」
その声は震えていた。
僕の中での印象である落ち着いた年上めいた女性でもなく、彼女が言う通りの悪女でもなく、ただ今にも泣き出しそうな少女の悲痛な叫びに聞こえた。
それにしてもなんでときたか。
自分でもちゃんとした理由は分かってなかったけど、アスカさんの表情を見て今理解した。
「だって……さっきからずっと……助けて欲しいって目をしてたじゃないですか」
「…………っ」
ああそうだ、地球にいた時にクラスでいじめられてた同級生がそんな目をしてたんだ。
無表情で全然助けて欲しいなんて言わないのに、どことなく助けを求めるような目。
あの時は巻き込まれるのが嫌で、見て見ぬふりをしてたんだっけ。お笑い草だ、他の皆も同じようにしていたのが嫌で嫌でたまらなかった筈なのに。
だけど、だからこそ力を持っている今はその助けを求める目を無視しようとは出来なかったんだ。
「そ、そんな目なんてしてないっ! わたしは助けを求めてなんか……っ!」
「その他大勢の腐った性根の経験者舐めたら駄目ですよ……ほら、まだ言ってないことがあるなら折角だからいっちゃいましょうよ。そうすれば楽になりますよ……」
フラフラと、おぼつかない足取りでアスカさんに歩み寄っていく。
ボロボロな僕なのに、彼女は怯えたたように肩を震わせる。
「こ、来ないで! 来ないでよ! わたしに助けなんか必要ない! もっとわたしを憎んで殺意に染まった目で見なさいよ!」
その言葉に意志は込もっていない、もう彼女には虚勢を張ることしか出来ない。
歩みを止めない僕、アスカさんはそれに合わせて一歩ずつ後退っていく。
その時だ。
来ないでと何度も言いながら見せていた表情、その中にある目から遂に涙が現れてくると、同時に瞳から危ない色がにじみ出て来た。
「止めて……止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めてぇええええええええ!」
絶叫と同時に、大剣が空高く放り投げられる。
それが夜の闇に紛れて見えなくなったと思うとすぐにまたその姿を現した。
――ただし、その身をどんな巨人が使うんだと言いたくなるほどの巨大な剣に姿を変えて。
ちなみに……もう僕にあれを避ける力はもう無い。樹や桜をある程度出したとしても、あれには効かないと頭で理解している。完全に詰みってやつだ。
「もう歩み寄って来ないで~~~~~~~!」
涙を流したままの叫びと同時。
その巨剣は僕へと向かって飛来した。




