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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
51/68

独唱的な

 あれから理由をつけて何度か街へと繰り出してみたものの、それらしき人物を発見することは無く、やはりあれは見間違いか何かだったんだろうと結論づけた。

 それに、今はそれよりも大切なことがある。

 色々と聞いてみて分かったことだけれど、街の人の間では歌姫=お嬢様の図式は成り立っていても、歌姫=領主の娘という認識は無かった。精々どこかいいところ――大きな商家かどこかの令嬢かというところだったらしい。

 ずっとあの屋敷に軟禁(閉じ込めていたわけではないけれど、足が動かないお嬢様にとってはどちらでも変わらなかった)されていたから、一般の間ではジュレリア家に娘がいることすら知られたいなかったみたいだ。

 そもそもジュレリア家の娘であるお嬢様がここにいると知られて困るのは、一緒に城を脱出した王族の生き残りの手掛かりとして狙われる可能性を危惧しているからだ。

 とはいえ、あの日の謀反の数日前からお嬢様が城にいた事を知っているのは、今となってはあのカエル貴族のみ。その本人もお嬢様にはあまり注目していなかった。取り巻きの精霊師達も同じく。

 何が言いたいのかといえば、住人の間に広まっている『歌姫』から王族に繋がる関連はあまりにも薄いものであり、その活動をすることによる危険性は低いということだ。

 その事を加味した上で、お嬢様の望みを却下することが出来る人間は皆無だった。

 僕の報告を聞いた瞬間にこの世の全ての幸せをその身に受けたかのように花開いた笑顔。

 それを察して危険は出来る限り避けたい派の渋るような表情に対する涙目&上目遣い(お嬢様は常に車椅子に座った状態なので相手が立っている時は自然とそうなる)。

 危険を避けたい派とて自分の保身の為に渋ったわけじゃない。むしろ、お嬢様の危険を第一に憂慮していた。

 しかし、お嬢様のウルウルまなこを上目遣いのおまけ付きで正面から受け止めて、ユリアさんがまず折れ、それからクラウさんやルクルーシェ様も次々と折れた。

 傍からその様子を見ていたけれど、凄いの一言だ。あれは駄目だ、相対した瞬間にお嬢様の望むことを全て許してしまいそうな破壊力だ。あれに抗える人物(特に男)なんかこの世にごく少数しか存在しないに違いないと断言できる。打算はなく、純粋にあの仕草をしているのだから末恐ろしい。

 そして今まさにお嬢様を連れて街にやって来た所なんだけど……。


「なんで皆一緒についてくるかなぁ」


 後ろを見れば、いつもの格好をした僕とユリアさん以外にもローブで人相を隠したルクルーシェ様とシューラ様の王族姉妹、クラウさんを初めとした精霊師の制服ではなく町民が着る一般的な服装をしている精霊師の面々、果てには同じく普通の町娘の格好をしたリリーさんを始めとしたメイドさん達。

 誇張なしでそのまんま全員集合である。


「我らはリイルの歌を聞いたことが無いし、そろそろ屋敷に篭っているだけでは出来る事に限界が来てくる。ならばこの目で見るしかあるまい、実際に今までもそうしてきていたからな。故に今回の事は丁度良いので随行させてもらおうというわけだ」


 最初は渋っていたのに、却下出来ないなら出来ないで状況を有効活用でもしようということか。強かというか抜け目がないというか……。

 精霊師達は王族の護衛だろうし、メイドさん達は元々ジュレリア家で正式に雇っているというわけじゃないから、動きを縛ることは出来ない。むしろそれなのに屋敷で仕事をしてくれているのがありがたくて申し訳ないくらいだ。これくらいなら文句も言うまい。


「しかしこれだけの集団となってしまうと、お嬢様がやんごとなき身分の令嬢であることを気取られる可能性が出てきてしまいます。わたくし達は勿論、姫殿下達にとってもそれは望ましい事態ではないと思われますが?」

「心配は無用だ。街に入ってからもこのまま大人数で固まっているつもりは無い。それぞれとの間をある程度開ければそれほど奇異にも映るまい。リイルの歌は一般の客に混ざって聞くとしよう。これなら問題あるまい?」

「了解いたしました」


 そう言って引き下がるユリアさん。というかこういう時は聞きたい事が聞ければかなりあっさり引き下がるんだな、ユリアさんって。最近は表情に乏しい彼女でもそれなりに感情は豊かだと分かってきたけれど、こういう所は実利的なんだな、無駄なことはしないっていう感じで。

 

「さて、誰かに今この場を目撃されては目も当てられん。そろそろ別れようか」


 その言葉を合図にメイドさん達が嬉々として街へと繰り出していく。やっぱりずっと屋敷から出られなかったせいで鬱憤が溜まっていたみたいだ。

 メイドさん達が道行く人に紛れて見分けがつかなくなったあたりで、今度はルクルーシェ様がシューラ様の手を引いて歩き出す。


「それでは後でまた会おう。リイル、歌を楽しみにしているぞ」

「後でね~」


 勿論王族を二人だけでそのまま行かせるわけもなく、後ろを精霊師達がゾロゾロと付いていく。まあ出来る限り離れて目立たないようにはしてるけど、やや上手くいっていない。歩行人の何人かが見えない壁に押し出されるように避けていくのが見える。

 王族姉妹と精霊師がいなくなれば、残っているのはお嬢様を含めたいつもの四人だ。


「なんだか久しぶりだね、この四人だけっていうの」


 今まさに僕が考えていたのと同じことをお嬢様が口にする。


「ですね、ここ最近は常に他の誰かがいたり、逆に僕達の誰かがいなかったりしましたもんね」

「しかし、それで特に困ることはありません」

「「冷めてるなぁユリア(さん)」」

「……冷めてる」

 

 空気を読まない発言をしたユリアさんにまさかの一斉口撃。

 口調から僕とお嬢様は単にからかっているだけだということは理解できるだろうけれど、真面目なユリアさんならそれがかなりのダメージになるはずだ。僕ならその代償として鉄拳なりが飛んでくる所だけれど、お嬢様相手にそんなことをすることが出来るはずもなく、このように一方的に羞恥に晒される事になる。

 この孤立無援状態でユリアさんが逃げる手は一つしかないわけで、


「と、特に困ることはありませんが、この四人という組み合わせがわたくしの中で特別であるという認識があるのも事実です」


 言い方はクールだけど、それはつまり彼女も僕達と同じ考えというわけだ。ユリアさんの本音と若干赤くなった顔色に満足してユリアさんへの追撃を止めた僕とお嬢様。


「あはは、うん、ユリアも同じように思ってくれてて嬉しいよ。ここにいる皆は何よりも特別で、それでいて暖かい、わたしの大切な場所」


 お嬢様は一体僕達に何を見ているんだろう。

 いくつか該当しそうな言葉は浮かんでくるけれど、そのどれもが言葉にしたら何かが違うような気がする。

 確かなことは、お嬢様が僕達の揃ったこの居場所を語るときの嬉しそうな表情。今はそれが見られるだけでいい。


「……リイル、嬉しそう」

「うん、皆が一緒だからね」

「あにさま達が一緒、嬉しい?」

「イルちゃんは嬉しくない?」

「……嬉しい」


 分かっているのか分かっていないのか微妙なイルとお嬢様との他愛のないやり取りが今の僕にはとても眩しく見える。

 いつか、王霊やら国やら面倒な事は何も関係のない、それこそ普通な暮らしが訪れればいいな。

 そうやって感慨に耽っていると、いつの間にかお嬢様が僕の瞳をジーッと覗いているのに気づく。


「ど、どうかしました?」

「うんうん、どうもしないよ。それじゃあ、今日は立ち込める暗雲を吹っ飛ばす勢いで、心ゆくまで歌うぞー!」


 まるで地球でのカラオケ見たいなノリだなと思いながら、ノリの良い僕とイルが「「おぉー!」」と拳を突き上げる。

 そして次に視線が集まるのは勿論ノリの悪いクールさん。

 三者三様の、それでいて意図する事は全て同じ瞳は普通なら抗えるものじゃないけれど、そこはユリアさん、しばらくは無言でじっと耐えてみせた。

 ジーーっと見つめる僕ら、ジーーっと耐えるユリアさん。

 やがて視線を少し左右に揺らし、諦めた様子で控えめに拳を持ち上げ、


「…………ぉー」


 はいいただきました、滅多に見られない蚊の鳴くような小さな声で恥ずかしそうに声を搾り出すユリアさん。

 見事勝利をもぎ取った(?)僕とお嬢様は取り敢えずハイタッチ。僕の顔面にはユリアさんのハイパンチ。


「僕はイライラ発散用のマトじゃないんですよ?」

「ユーリさんに限定してわたくしをからかった時点で体罰は確定です」


 なんて嫌な贔屓なんだ。


 ◆


 お嬢様は変装をしても意味が無い。どんな変装をしていても、車椅子というインパクト抜群な特徴(少なくとも今までにお嬢様以外で使っている人を見たことがない)の所為で一発でバレてしまうからだ。

 案の定街に入って程なく、というか即効で見つかった。


「おいあれ、もしかして『歌姫』じゃねえか?」


 それに釣られるように「え、嘘?」「本物か?」「ご無沙汰だったけどようやっと来てくれたのか?」と次々と集まる注目。

 向けられたその瞳に浮かんでいたのは最初は驚きだったけれど、すぐに期待や歓喜でに取って代わる。

 王都に程近くてかなりの人口を誇るこの街の中央通り、総人口に比例するように大きな賑わいを見せるこの場の人達は、その誰もがお嬢様を心待ちにしていた。

 おっちゃんの話を聞いてある程度は予想していたし、美人で人柄良しの上に歌声も綺麗と三拍子揃ったお嬢様が悪い印象を持たれるなんて有り得ないとも思っていた。

 けれどそれでも、予想していたのと実際に迎えられるのとでは全然違う。

 心待ちにしていたお嬢様への好意がありありと感じられる住民達の視線や表情に埋め尽くされたこの光景は想像なんかじゃ絶対に味わうことなんてできない。

 お嬢様は満たされた何かを味わうように手を胸へと持って行き、少しの間目を閉じる。

 やがて目を開いたお嬢様は、屋敷で特定の誰かを相手にしている時とは違う、不特定多数の人々に語りかけるような高らかでよく通る声で言葉を紡ぎ出す。


「皆々様お久しぶりでございます。最後の歌唱から幾ばくかの時を置くこととなってしまわれましたが、それでも皆様がわたしの歌を傾聴してくださるというのなら、わたしは心を声に乗せましょう。皆様の心を震わせましょう。素敵なひとときを作りましょう」


 いつもなら何も言わず、人が集まるのも待たずに、つまりはゲリラ的に歌を披露するお嬢様の突然の演説に少しの間を置いて、次の瞬間には辺りを揺るがすかのような大歓声に包まれた。


「さあ、昨今の悩みも不安も全て、今は忘却の彼方へと!」


 お嬢様が口を開く。

 そこから溢れてくるのは、聞いている者の心を瞬時に掴みあげるような魅力的で心地の良い歌。

 予定調和のように、それが当たり前のように、聴覚の全てがその歌声を聞き取ることに集中していく。

 今は小難しい事は考えなくていい。

 ただこの歌に揺られて安らぎの時を傍受するだけでいい。

 前から何度もお嬢様の歌を聞いてきた人達も、観客に混ざっている王女姉妹や精霊師やメイドさん達も、突然集まりだした住民に何事かと様子を見に来たらしい帝国騎士も、全ての聴衆が何もかもを忘れてお嬢様の歌に聞き惚れている。目を閉じて完全に歌のみに集中している人も沢山いる。

 ずっとこの歌を聞いていたい。

 そんな聴衆の思いがひしひしと感じられる。

 普段は賑わいが止むことのない街は、しばらくの間お嬢様の歌だけに満たされていた。


 ◆


 時の流れが曖昧になり、ともすれば永遠に続きそうだと錯覚してしまう夢のようなひとときもいずれは終りを迎える。

 名残惜しむようにゆっくりと閉じられていくお嬢様の唇。

 しばらくは誰もが惚けたように押し黙ったままだった。

 やがて、誰がやったのか分からない拍手を皮切りにそれは伝播していき、辺りを埋め尽くす大音量になっていく。

 拍手やら歓声やら口笛やらで完全にお祭り騒ぎだ。というか帝国騎士まで混じっているけれど治安的にそれでいいんだろうか。

 お嬢様は律儀にも辺りへと手を振って観客に応えている。

 場所や観客の服装は全然違うけど、なんだか地球でのアイドルのコンサートみたいだ。

 もしこの人達にペンライトでも持たせたらどうなるだろうか等と的外れなことを考えながら、未だ熱狂の鳴り止まない人混みの中で――見つけてしまった。

 トンデモない数の人の波の中でもその存在を強調し続ける銀色。

 他の人とは違う表情で此方を伺っているのは、見間違いようもなく、今僕が探していた女性その人だった。

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