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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
52/68

見つけたオネーサン的な

 此方を伺っている相手に目を向ければ自然と視線が交わる。

 僕が気づいたことに銀の髪をなびかせる女性はその事に驚き、一瞬だけで様々な感情が内面から漏れ出していた。

 何でここに? 皇子が言っていたことは本当なのか?

 様々な疑問が幾つも浮かんで一先ず声をかけようとしたけれど、落ち着きを取り戻したらしい彼女が口元に人差し指を持ってきて静かにのジェスチャーをしたせいでそれは喉元でせき止められた。

 満足気に頷いた彼女は最後に小さく笑みを浮かべながらその場を後にしようとする。

 僕にこのまま黙って彼女を見送るという選択肢は無い。彼女には聞かないといけない事が幾つもあるんだ。

 けれど今はそれよりも、彼女が僕から顔を背ける直前にのぞかせた表情が見過ごせなかった。

 顔を背けながらの変化だったから一瞬しか見えなかったけれど、確かに僕は彼女の表情が今にも泣きそうに歪んでいたのをこの目で見た。

 それが目に映った瞬間、僕の足は勝手に足を進めていた。


「ユーリさん?」

「ユーリどうかしたの!?」

「……兄様?」

「ごめんなさい、しばらくしても帰ってこなかったら先に戻っててください!」


 行く手にはリアルに肉の壁。あれの間をすり抜けていたらすぐに彼女を見失ってしまう。

 だから僕は逆に歩みの速度を上げる。進行方向上にいる人が「え? え?」と慌てているけれどそこはごめんなさいと謝るしかない。怖がらせるだけなので許して欲しい。

 僕がスピードを落とす様子が無いのを見てとった観客が我先にと横に逸れようとしている前で、足に力を込めて跳ぶ!

 僕は自然と記憶にあったフォーム――走り幅跳びを忠実に再現していた。ただし、走り幅跳びなのに人の頭を飛び越える高さで。

 唖然と僕を見上げる観客を尻目に人波をなんとか超える事ができた。

 けれどそんな事はこの王霊の身体能力なら造作もない、安堵の息もそこそこに彼女が去っていった方へとひた走る。

 というか早いな。すぐに動いたつもりだったのに、もう見える範囲にはあの目立つ銀髪の姿はなくなっていた。

 これだと埒が明かない、見当はずれの場所を探している内に街からいなくなられたらお手上げだ。

 地面を強く蹴って体を浮かべ、家屋の小さな出っ張りに足を駆けてもう一段上へと跳ぶ。

 いつかユリアさんがやっていたように屋根の上に着地すると街がよく見渡せる。少なくとも当てもなく道を走るよりは効率は良いだろう。

 そして見つけた――いつの間にとしか言い様の無いゆったりとした足取りで街から出ようとする彼女を。

 すぐに屋根を蹴ってその後ろへと追いすがる。

 着地は思ったよりも軽やかだった。

 僕が背後に現れた気配を感じ取ったのか肩をピクリと震わせる彼女だったけれど、それを確認しようと此方を振り返ろうとする前に僕はその手を握った。

 何よりもまず起こしたその行為に明確な理由は無い。

 ただ、彼女をこのまま行かせたら取り返しのつかないことになるような気がする。

 そんな根拠のない予感が、僕にこの人をこの場に繋ぎ止めておこうとさせているのかもしれない。

 彼女は突然掴まれた手を振りほどこうとはせず、まるで意に介していないようにそのままゆったりと振り返る。

 彼女の着ているのは僕がよく知っているものじゃない、精々商家の娘が着ている程度の少し上等なだけの普通の衣服だ。

 それでも、その目が覚めるような美貌やたなびく銀色の髪は間違うはずが無い。

 相手はそこにいるのが僕だということに驚いている様子は無い。あの場から追ってこれるのが僕だけだというのもあるだろう。

 僕の目を黙って覗き込んでくるその瞳からは彼女の感情は伺えない。

 前に見たような冷たい『無』でも、包み込むようなお姉さん然とした『慈しみ』でもない、読み取ることの出来ない『何か』がただそこにはあった。

 表情は至って穏やかなのに、記憶の中にある彼女と今目の前にいる女性の間に確かに存在する相違が口を開くのを躊躇わせる。

 行く手を邪魔しているというのに先程から何も言おうとしない僕に、遂に彼女が閉じていた口を開く。


「久しぶり、ユーリ。良い子にしていたかしら?」


 彼女――鋼の王イシルディンことアスカさんの久しぶりの声とその表情だけは、記憶の彼女と寸分も違うことは無かった。


「その挨拶はちょっと酷くないですか?」

「オネーサンが出来の悪い子を心配するのは当然のことじゃない?」

「イルならともかく、僕は子供って言われるほどの歳じゃないですよ」

「わたしにとってはどっちも対して変わらないわ。王霊のくせに人間と仲良くして、力の及ばない相手でも構わずに突っかかってくる危なっかしい子」

「む……」


 前者はともかく、後者は反論のしようもない。


「ってそれも原因はアスカさんじゃないですか」

「あら、そうだったかしら?」


 頬に指を当てて白々しそうにうそぶくアスカさん。


「それにしても驚いたわ」

「僕のセリフです」

「久しぶりにユーリの姿を見れたと思ったら、まさかユーリが男装してるなんて」

「あの時に女装してたんです! 今のこれが普段なんです!」

「ええ、その服装も似合ってるわ。そっちでも十分可愛いわよ?」

「その褒めゼリフは僕の傷を抉るだけです!」

「はいはい、格好いい格好いい」


 ポンポンと頭を叩かれながら言われても心に募るのは屈辱だけなんですけど。これ完全に子供扱い……。アスカさんがお姉さん然とした雰囲気を持っているのはいいけど、子供扱いされるのは大学生年齢精神的に御免被りたい。

 っていかん、相手のペースにまんまと乗せられている。僕がここに来た目的を忘れたらいけない。

 ここまで話した限りだと彼女の話し方に異常は感じられない。

 口を開く前まで瞳にわだかまっていた得体の知れない感情もナリを潜め、年上の姉のような余裕を持った態度で接してきている。今なら記憶の中アスカさんと目の前にいる女性が簡単に結びつく。

 今はそれが、何よりも不自然に映った。


「どうしてあの場所に?」

「偶々よ、偶々。あなたのお嬢様の歌は遠くでもよく響いてきたから、それなら折角だからと思っただけ。久しぶりにあなたやイルの顔も見てみたいと思ったしね」

「相変わらず人間は嫌いなんですね」

「嫌いなんじゃなくて関わるつもりが無いだけよ。わたしは王霊だもの」

「やっぱりそれは変わりませんか?」

「人間と王霊は存在からして違う、深入りすれば決して幸福な結末は待っていない。わたしはその意見を変えるつもりは無いわ。だから、まだあなたやイルが人間と一緒にいるのか確かめたかったのかもしれないわね」


 あの時見せた泣きそうな顔はそれが原因? 気にかけている二人が、自分の想いに反していつまでも人間と一緒にいたから?

 ……いや、それは多分違う。

 確かに多少は残念に思うかもしれないけれど、あの時に別れたアスカさんがそれだけで表情に現れる程悲しむとは思えない。

 彼女は何か重大な問題を抱えている筈なんだ。

 この他愛のない会話は正直言って悪くない。僕の周りにいる人達と違って、まるで近所のお姉さんと話しているような気安さがある。

 けれどそれだけ。

 踏み込まなければ、この上っ面だけの会話だけで全てが終わってしまう。


「あの、アスカさ――」

「ユーリ、あなたは変わらないのね」


 意を決した僕の言葉を遮って空いている方の手を僕の頬に添えてくる。

 たおやかに、慈しむように、その女性らしい華奢な指が僕の頬を滑っていく。


「あなたの顔つきや纏っている雰囲気は変わったわ。あなたを変える何かがあったのかしら? だけど、あなたは変わっていない」


 変わったのに変わってない、まるでトンチだ。

 意味の理解出来ていない僕そっちのけでアスカさんの愛撫は続く。

 くすぐったいし恥ずかしいのだけれど、その手を払う気にもなれなかった。


「あなたは……わたしとは違うのね」


 寂しさと喜びをない交ぜにしたような声色で、目を細めて僕を食い入るように見つめてくる。女性に見つめられているというのに、不思議と羞恥は浮かんでこない。

 やがてアスカさんはポツリと、


「うん、あなたはそのままでいなさい」


 何もかもを諦めたような無理した笑顔を浮かべる。

 ……彼女のそんな笑顔がどんな感情によって形作られたのかサッパリ分からない。さっきから彼女の行動や言葉の意味が理解出来ていない僕にそんな事は土台無理な話ということだ。

 だから今出来るのは、この手をしっかりと握って彼女をこの場に留めることだけだった。情けないことだけど、それだけは決して見失ったりしない。

 手に加わった力にアスカさんは反応したけれど、表情をそのままに一瞥しただけだった。

 そんな違和感しかなかったアスカさんの態度は、次の瞬間には元の優しいお姉さんに戻っていた。


「そういえばさっきから手を握られっぱなしだけど……これはもしかして逢引のお誘いなのかしら?」

「逢引ぃ!?」


 突然の場違いともいえる単語に俄かに声が裏返る。逢引という生々しい響きに動揺してしまったことは否定しない。

 そんな僕の動揺を察知したアスカさんの目が茶目っ気を含んだ、つまりは僕をからかう魂胆が見え隠れする悪いものへと変わっていく。


「どうしようかしら、あなたはこのままこの手を離してくれるつもりはないんでしょう?」

「ま、まあ……」


 なんだろう、言葉に嘘は無いのだけれど、この言論を僕の望まない方向へ誘導されているような言い知れない不安が湧き上がってくる。


「ふむ、仕方がないわね」


 そう呟くと、アスカさんはスタスタとその歩みを進め出した。方向は僕の背後――賑わいを見せる街だ。

 手を握ったままなので必然的に僕の体が引っ張られる。


「あ、あの、アスカさん?」

「ほらほら行くわよ。オネーサンとの逢引、楽しみにしてるんでしょう?」


 違いますという僕の精一杯の主張は尽く無視された。

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