日常的な その6
そしてその後は仲良くお説教タイム。
お嬢様、ルクルーシェ様、更にはユリアさんまで加わってメイドさん達の目がある中での叱責は色々と精神的にくるものがあった。そして僕限定で肉体的にもくるものがあった。流石に皆引いていた。
「まったく、皆まだ少しピリピリしてるんだから騒ぎは起こしたらダメだよ?」
ユリアさんに打ちのめされた直後の僕にごく自然に接するあたり、お嬢様が毒されてしまったようで遺憾なことこの上ない。
「……でもあにさま、花びら綺麗だった……」
お嬢様の膝の上に座っているイルが自分の存在を主張するように万歳しながら嬉しいことを言ってくれる。
「イルちゃん、確かに綺麗だったけど今褒めたらユーリが反省してくれないよ?」
「……あにさま反省しなかったらどうなる?」
「調子にのってもっと激しい訓練をしだして、次第に自分サイキョーって思い込むの」
「……?」
「で、それを証明するために武者修行の旅なんかに出ちゃうかも。並み居る敵をバッサバッサと切り倒していっていつかユーリはサイキョーさんの称号を手に入れましたとさ」
どこの脳筋バカですかそれは。
そんなアホみたいな例え話だけれど、イルの琴線には触れたようで目をキラキラさせている。
「……あにさまサイキョー……すごい……!」
「でもそしたらユーリが屋敷から出て行っちゃうよ?」
キョトンとするイル。
そしてお嬢様の言った事の意味を次第に理解して目の端に涙が溜まっていく。
そしてそのままお嬢様の膝から飛び出してダイブ――僕の鳩尾へ一直線に。
「ぐふぇっ!」
イルのダイビングヘッドアタックがクリティカルヒット。文字通り重大なダメージを受けた僕の内臓はさっき食べた昼食をリバースしようとうねりを上げる。
「……あにさま……いっちゃヤダ……!」
「はいはい、あにさまはどこにも行かないから大人しくしててね。これ以上内臓がダメージを受けたらあにさま本当にヤバイから」
グリグリと頭を鳩尾へ押し付けて追加ダメージを与えてくるイルを脂汗を浮かべながらやんわりと離してお嬢様へ恨めしげに抗議する。
「お仕置きはもうユリアさんから嫌というほど受けたばっかりなのに……」
「侍従がイルちゃんの優しい一言で堕落しないようにする主人の愛のムチだよ」
「僕の目を見て断言してくれるなら信じますけど」
「だってイルちゃんを注意するのは可愛そうだし……」
観念するの早っ!? まるで娘にダダ甘の母親のようなセリフだ。その一言で全てが丸く収まるとでも言わんばかりに。そしてそれを僕は否定しない、だってイルに厳しく当たるのは可愛そうだし。
けれどそのしわ寄せが僕への肉体的ダメージとなって現れるのはちょっと……。
「そ、それはそれとして、確かにイルちゃんの言う通りユーリが出すあの花びらって綺麗だよね!」
違和感が凄過ぎて自然に流れに乗るのが逆に難しいその話題逸らしに僕は何も言わずに乗っかろう。僕は空気を読めるナイスな執事だ。
「僕はいつも武器として使ってますけど、それは確かに――」
手に持ったままの桜花をひと振り。桜の花びらが舞う。
「これが大量に飛び交いますからね」
「よく観察してみると見たことない種類だね。王霊の力で現れてるから既存の種とは違うのかな?」
「あれ、この世界には桜って無いんですか?」
「さくら? それがあの花びらの名前なの?」
「ええ……まあ……」
まさか前世で生きていた世界に咲いている花だとは言えない。これ以上突っ込まれない内に話題を変えよう。
桜……桜といえば……。
「そういえばこっちで花見の習慣無いのかなあ……」
「花見?」
「さく――綺麗な花を見ながら、それを肴にして大人数で飲んで食べて騒いで。要は花を見ながらの宴会ですね」
「花を見ながらの宴会かぁ……。なんだろ、聞いたらしてみたくなってきたかも」
「けど肝心のさく――花が……。花畑でするのとは違うんですよ、それだとピクニックみたいだし。似たような種類の花でも……でもそれだと探すのが大変だし…………あ」
無理難題に差した一筋の光明のようにある手が浮かんだ。実現できるか分からないけど、可能性はある。
「お嬢様、お花見、出来るかもしれません」
「ほんと!?」
「すぐに出来るかは微妙ですけど、近い内に。あの日から皆どこか落ち着けてませんし、パーっと楽しみましょう」
「うん!」
◆
正規の道ではなく生い茂る木々が見晴らしを悪くする森の中を突き進んでいく。領主が逃げ出してからはあの道を通る人は皆無らしいけれど、なんとなくそっちの道を通る気にはなれない。
『オウサマが来た!』『どした?』『ブルブル……』
「はいはい、何もしないから。出来ればどいてくれるとありがたいんだけど」
僕がそう言った瞬間木が蠢いてその場から移動する。木の根っこが足のようになってチョコチョコと歩いているのがとてもシュールだ。
というか彼らに頼めばあの道を塞ぐことも……いや、屋敷の人達も通れなくなるか。
遮蔽物が無くなった森を歩いていけばすぐに街に到着する。
領主がいなくなり、国が占領されても街の様子に変化はあまり見られない。精々ちょこちょこと帝国の騎士らしき人物を見かけるようになった程度だけれど、その人達も横柄で非道な態度を取っているというわけでもなく、むしろ真面目に巡回して街の治安を守ろうとしているように見える。
恐る恐る巡回している騎士の傍を通るも、勿論僕が見咎められる事もなく。まあ僕が着ているのはいつもの執事服じゃなくてそこらへんの町民が着ているような一般的な服だし、その上からフード付きのマントを羽織っていて髪も見えないからバレる要素は皆無なんだけど。
「さてと、じゃあ聞き込みといきますか」
各地へと散っている精霊師達が世界情勢等の情報は持ち帰ってきてくれるけれど、屋敷に引き篭っているだけだと鬱憤も溜まる。
ということで近場の街の様子がどんな風になっているか久しぶりに見に来たわけだ。
「どれどれ、何かいいものあるかなっと」
「ん、見ない顔だな。あんちゃん、最近の騒動を嗅ぎつけて一儲けでもしにきたか?」
「騒動って帝国の侵攻のことですか?」
「おおよ、あの日は流石に俺様も肝を冷やしたぜ。何せすぐそこの大通りを帝国の軍隊が通って行ったんだからな。あれは圧巻だったぜ」
「通り抜けただけだったんですか?」
「いんや、ガラの悪い奴らがそこいらの店を襲ったりはしてたな。ほれ、そことあっちの店の扉が壊れてるだろ?」
「あ、本当だ。他にも襲われた場所っていうのはあるんですか?」
「おお、領主様の屋敷に向かった奴もいたって話だからな。そういえば知ってるか、ここの領主様な、軍隊が迫ってるからって逃げ出したらしいぜ? 情けないったらないよな」
「領主様がいなくなって残念だって思ったりは……」
「う~ん……そう思ってる奴は少ねえんじゃねえかなぁ。税収が高めな割には治安もそこそこ。取り立ててあくどいってこたあ無かったが、その代わり俺達平民に対する還元も全く無かったからなあ。お上さんは色々困ったことがあったらしいが、俺達には殆ど関わりのねえ事だし」
「じゃあ、この街に帝国の人達がいるのはどういう感じなんですか?」
「どうって見たまんまだよ。普通に巡回してるだけだ。侵攻の時にここを通った奴らと違ってガラも悪くないし、悪い事でもしてなけりゃあ特に咎められもしねえ。帝国軍に店を壊された奴等は恨んでるみたいだが、それ以外の奴は特にどうもしてねえよ」
「へー……」
この街を巡回している帝国騎士に対する目は若干悪いけれど、街の雰囲気に悪影響を与えるまでじゃないのか。
領主に対してもあまり良い印象は持ってなかったみたいだし、これは前と殆ど変わっていないんじゃないかな? むしろこの街にやって来ている帝国の執政官によっては更に良くなってるってことも……?
どうもイマイチ帝国という国に対する印象が固まらない。
城での非道(実行犯はカエル貴族だけど、煽ったのは帝国だ)は絶対に忘れることは出来ないけれど、その一方で皇子みたいな人もいるし、この街の帝国騎士は普通に真面目だし。
「どしたあんちゃん、難しい顔して?」
「ああいえ、ご親切に色々教えてもらってどうもありがとうございました」
「いいってことよ。……ああ、そういえば」
「どうかしたんですか?」
「いやな、最近のゴタゴタとは関係ねえと思うんだが、最近は街の人気者の姿を見ねえなと思ってよ」
「人気者ですか……?」
「知らねえか? 神霊祭以降時々ふらりと現れてはその透き通るような歌声で人々を癒す。最近の通称は『歌姫』っていうのが流行ってるんだが、確かにそう呼ばれても過言じゃねえ。どんなに気分がささくれててもそんなもん、あの歌を聞くと立ち所にどっかに行っちまうんだ」
それってもしかしなくても……。
お嬢様の事がバレるといらない厄介事を招きそうだとは分かっていても、どうしても聞きたいことが我慢できずに口をついて出た。
「……その人にまた来て欲しいと思いますか?」
「当たりめえよ。もしまた来たんなら商売ほっぽり出してでも行くね俺ぁ……ん? 今度はやけに嬉しそうだな」
「何でもないですよ。そうだ、そっちのを頂けますか?」
「毎度あり!」
家族にさえ冷たく当たられていたお嬢様に、僕達以外にも待ってくれている人が出来た。
お嬢様の歌が、新しい繋がりを沢山作ったんだ。
僕自身の事じゃないのに、舞い上がっているように心が沸き立つ。このことを早くお嬢様に知らせてあげたいという欲求が湧き上がってくる。
逸る心を抑えながら、おっちゃんにお礼を言ってその場を離れる。
おっちゃんがお喋りなこともあって色々と知ることが出来た。もうちょっと回ったら早々に切り上げて帰ろうかな。
方針を決めて一歩を踏み出そうとしたその時。
――ふわりと。
視界の端を銀色が映り込んだような気がした。
慌てて目を向けてみてもそこには誰もいない。
「……気のせいかな?」
たとえそうじゃなかったとしても、銀色がどうしたというんだ。なんでそれだけである人物が頭をよぎるんだ。
そうだ、皇子にあの人の事を聞かされたから過敏になっているだけなんだ。
そう納得してその場を後にする。
最後にもう一度、未練を残したような気持ちでその場所を振り返ってから。




