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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
49/68

日常的な その5

お嬢様の境遇的な(話数番号は5です)に知り合いが絵の練習にと描いてくれたヒロインのイラストを載せておきます

7月13日 誤字修正

 本人が言った通り、あれ以降この屋敷に帝国がちょっかいをかけてくるようなことは無く平穏な時間が流れているように思える。

 ただ、去り際に放たれた一言が繰り返し頭の中でリピートされる。

 イルと出会った神霊祭。

 そこで僕達の前に現れた同類。

 当初は問答無用で襲いかかられて正直トンデモない目に遭った。

 けれど、それは本人なりの理由あってのことで、敵意を収めた彼女は同じ王霊である僕やイルに慈しみを向けてくれた。

 お嬢様達を始めとする人間に対しては行き過ぎなくらいに冷徹だったけれど、それにも理由がないわけじゃなかった。

 総じて彼女は僕からしてみれば面倒見のいいお姉さんのようなものだった。僕以外は否定するかもしれないけど。

 だからこそ皇子が去り際に言っていた、近頃鋼の王が何度も殺し合いをしているという内容は違和感を受けるものだった。

 彼女は王霊同士の殺し合いを是としていなかった。

 だったら何で……?

 思考はそこで止まって、後は冒頭辺りからまた再生という感じだ。

 同じ王霊だから親近感を持っているというのも否定はしない。けれどそれ以前に、僕達に心の底から僕達の事を気遣って厳しくも優しく接してくれたあの人の事はそう簡単には忘れられない。それに、同じ王霊である僕とイルにも無関係じゃなさそうだし。


「ユーリさん、わたくしが頼んだのはぶつ切りではなくスライスなのですが」

「え……?」


 言われて手元を確認してみる。

 ユリアさんの食事手伝いをしていた僕の目の前には、元の形が判別出来ない程に細切れにされた食材が積まれていた。

 ……やってしまった。


「あなたがここの所たびたび上の空になるのは、皇子の一言が原因ですか?」

「それは……」

「あなたと共に行動している以上、王霊絡みの案件はわたくし達にとっても無関係ではありません。しかし、それでも同じ王霊であるあなたとイルに比べられるほど関係が深いわけでもありません。実際にわたくし達の憂慮の大半は王霊同士の戦いによる被害に向けられていまが、あなたはそれだけではないのでしょう?」

「……すみません」

「わたくし達にあなたの悩みを責める資格などありませんし、そのつもりもありませんよ。ただ、あなたの調子がおかしいのなら出来る限りの手助けはいたします」

「…………」


 ……おかしい、普段のユリアさんなら僕にこんな直接的な心配なんかしない筈だ。心配するとしてももっと婉曲な表現をするはず。

 窓の外に手を出して雨が降ってないか確認する。

 超速でオタマが頭に飛んできた。

 

「わたくしを怒らせる元気はあるようですね」


 食材に向けているはずの包丁から凄い威圧感を感じる。そして言葉と表情とは裏腹にどことなく機嫌が良さそうなユリアさんに本能的な恐怖を覚える。


「ユリアさん、分かってますか? 人を痛めつける事は時には必要かもしれません。しかし! 人を痛めつけることを楽しむようになったら駄目です! その扉の向こうには周囲の人々の不幸しか待っていません!」


 主に僕の!

 と、ユリアさんが漲らせていた威圧感を解いて軽く息を吐き、


「少しはいつものあなた様にお戻りになりましたね」

「あ……」


 そういえば今のやり取りはよくユリアさんとやっているものだ。いつの間にか難しい事なんか考えずに自然に口が動いていた。


「解決しない悩みは、他の事で気を紛らわすのが有効です。ここはもう良いのでどこかで気分転換でもしてきてはいかがですか?」


 確かにこのまま集中出来ない状態で手伝いを続けても邪魔になるだけか。

 ユリアさんの性格からして善意で言ってくれているのは疑いようもないし、ここはお言葉に甘えよう。


「じゃあ……お言葉に甘えて」


 心の中で感謝しながら厨房を後に……しようとしたところでふと、


「あれがいつもの事っていうのがそもそもおかしくないですか?」

「しかしユーリさんは先程のやり取りで多少の元気を取り戻したように見受けられますが?」

「…………」


 これ以上の議論を続けるのが怖くて逃げるように厨房を後にした。


 ◆


「で、俺達の所に来たというわけか」

「そんな感じです」


 意気揚々と厨房を後にしたけれど、すぐに気分転換と言っても具体的に何をすればいいんだろうかという問題に直面した。

 地球にいた頃なら一人カラオケ、イラスト、ネットサーフィン、ゲームなどで幾らでも気分転換が出来たけれど、この世界にそんな代物がある筈もなく。あれ? 僕ってこっちに来てから働いてばっかり? などと複雑な気分になりながら廊下を歩いていたところで見かけたのが、屋敷の庭で部下達と訓練をしているクラウさんだった。


「まさか気分転換で俺達の訓練に顔を出されるとは思わなかったぞ」

「だって他に目新しい事って無かったんですよ。メイドさん達がしているのも普段僕やユリアさんがやってることだから気分転換には向いてなさそうですし。っていうか忙しそうにしてるのに上の空で手伝っても邪魔にしかならないことがついさっき証明されましたし」

「つまり俺達なら邪魔をすることになっても構わないと」

「いやいやいやいや、全然そんなつもりは無いです! ……多分」

「そこで完全に嘘が付けないから要領が悪い立ち回りしか出来ないんじゃないのか」

「う、気にしていることを……」


 僕が常日頃遭っている災難は、勿論遭いたいと思って遭っているわけじゃない。ユリアさんからの折檻がいい例だ。怒らせるつもりは無いのに何故かいつも殴る蹴るのお仕置きを受けるんだよね。そしてその半分以上が心の内を馬鹿正直に吐露してしまったことが原因だったりする。


「まあ立ち回りが良いだけで中身が全く伴っていない貴族などよりは遥かにマシだ。お前の強さなら訓練相手に丁度良いし、軽く手合わせでもしようじゃないか」

「わかりました」


 クラウさんについて屋敷から離れた位置に移動する。

 そこでは各地への偵察で屋敷を離れている人以外の精霊師達が訓練に精を出している。飛び散る汗が非常に男臭い。

 彼らはクラウさんについてきている僕の姿を目にすると訓練を中断して気さくに声をかけてくれた。

 最初は僕の正体を知られたことで態度を変えられるかもしれないと恐々としていたけれど、彼らは良い意味で田舎者で図太かった。

 王霊なんて彼らにとって存在がかけ離れ過ぎてどう接するべきか想像もつかない。そして彼らは、本人がそれで良いと言うのなら今まで通り普通に接するという対応が取れる人達だった。というか畏まった態度が苦手というのが大きかったみたいだけど。メイドさん達はリリーさん以外にはやや線を引かれてるような感じがするし。


「さて、始めようか」


 向かい合ったクラウさんは剣(勿論刃引きされている)を抜いて僕に向けてくる。

 地球のいた頃の一般市民な僕だったらそれでもビビっていたかもしれないけど、こちとらこっちに来てから魔霊の爪と牙やら王霊の大剣やら無数の銃口やらと対峙したんだ、その程度じゃあ全然怯んだりしない。

 訓練とはいえ戦いをするのにこの服のままだと流石に気が引ける(万が一破いたりしたらユリアさん達に何をされるかわからないから怖いし)、王霊としての力を身体に纏うイメージを頭に思い浮かべる。

 体をふわりとした浮遊感が包む。

 それが消えると、僕が身に纏っているのは執事服から黒い和装束へと変わっていた。いや、黒というよりはくすんだ色の集合体といった感じだ。よく見てみると黒に近い別の色が何色か確認できる。

 そう、城のあれこれ以降、ダンダラ羽織だった僕の霊装はご覧の通りにその姿を変えていた、というか完全に別物になっていた。

 原因は不明、羽織るだけだった元のやつと違って完全に着ている服が変わってしまうというのも以前と違う。アスカさんの事じゃないけれど、これも気になっている事の一つだった。

 王霊の特徴の一つである霊装の展開によって精霊師達から感嘆の声が上がる。


「中々さまになっているじゃないか。俺としては前に見た水色の上掛けよりも似合っていると思うぞ」

「僕としては不吉だし得体が知れないしであんまり好きじゃないんですけど」

「体を動かしていれば気にならなくなるさ。武器はどうする?」

「霊装以外にもどんな影響があったのか知りたいんで出来れば色々試したいんですけど、クラウさんは精霊を出したりしたら不味いですかね?」

「訓練とはいえ王霊の相手をするのに精霊無しではさすがに役不足だろう。あまり高度さえ上げなければ誰かに見られる心配もあるまい」


 クラウさんが呼び出しの霊句を唱える。

 何度か見たけれど、整然と唱えられた霊句の後に風と共に巨鳥が現れる光景は神秘的だ。


「訓練とはいえ手加減はせんぞ!」

「お、お手柔らかに~」


 とはいえそれに対面すると流石にちょっと怖い。もっと怖い相手と対面したこともあるのにね。

 クラウさんの駆るガルーダが風を纏っていく。


「そこで自信を持って堂々と構えないから女性陣にヘタレなどと言われるんだぞ!」


 小手調べと言わんばかりに何の工夫もなくガルーダが突進してくる。が、大質量と共に高速で迫ってくるその攻撃は当たったらただでは済まなそうだ。

 

「というかなんでで僕がヘタレって言われてる事知ってんですか!」


 大きく横に飛びながら結構マジで疑問を呈する。

 直接当たっていないのに結構な衝撃をまき散らしながら旋回してこっちに向き直ったガルーダ。その背中にいたクラウさんは――何故か唖然としていた。


「ユーリ……まさか本当に言われているのか?」

「うわぁあああああああん!」


 完全に自爆だった!

 羞恥と居た堪れなさでスイッチが入ったかのように僕の手の中に霊器が、そして周囲に桜の花びらが舞い散る。キッカケが非常に情けなくて半ば八つ当たりのように花びらをガルーダへと飛来させる。


「おっと、それは流石にまともに食らうのは勘弁願いたい!」


 ガルーダがいななくと同時に風が刃になって花びらを撃ち落としていく。切れ味は良くともそれ一つ一つは花びらでしかない僕の刃は瞬く間に消えてしまった。

 けれどその間に僕は相手との距離を詰める。身体能力が高ければ脚力に物を言わせて一気に近づくことだって可能だ。

 跳躍して攻撃直後で反応が遅れているガルーダに回し蹴りを放つ。

 が、それはガルーダに騎乗するクラウさんが剣を振ることによって発生した突風によって阻まれた。


「はは、精霊師の強さは精霊だけで決まると思っていないだろうな!」


 実を言うと少しだけそう思っていたり。

 けどまあ、精霊の力を武器に宿して近接戦闘を仕掛ける戦い方をする精霊師がいるのも知っているので驚愕というほどじゃあない。

 それに次の手は打ってある。


「なっ!?」


 地面から生えてきた何本もの樹木が低空飛行するガルーダを取り囲むように動く。


「あっはっは! 王霊の力にも慣れてきたし、最近は何だか調子が良いんですよ! もう一つおまけ!」


 扇形の霊器である桜花を振り抜く。それだけで大量の花びらが飛び交う。最初の頃は何度も振る必要があったのに、今はひと振りで発生する花びらの数が段違いだ。


「ガルーダ、一先ず回避だ!」


 一点集中の風刃で取り囲む樹木から抜け出し、花びらを回避しながら落としていく。

 こうなるともう一方的だった。

 防戦一方になったクラウさんとガルーダは懸命に攻撃を避けたり迎撃をしたりしているけれど、樹木も花びらも蹴散らされる傍から僕の桜花のひと振りでどんどんと追加されていく。減るよりも増えるペースの方が早いので時間を追うごとに向こうが不利になる。

 そして終了は訪れる。

 自分達に迫る攻撃に集中するあまり僕自身への注意が疎かになり、彼らの進行方向上へと僕が移動したのに気づかなかった。

 旋回と迎撃を繰り返した直後の所為で速度も乗っておらず、最初の突進と違って風を纏っていたりなんかもしないガルーダの飛行を僕は両手で受け止めた。

 力はあっても質量があるわけじゃないからかなり後ろに流されて地面もすごい勢いで捲れ上がっていくけれど、僕の体制が崩れることは無い。

 やがてガルーダの動きが完全に止まると、上にいたクラウさんから疲れたような声が聞こえてきた。


「……まいった、降参だ。流石は王霊だ」


 それを合図にして相当離れた場所から僕達の戦いを観戦していた精霊師達が歓声を上げた。

 駆け寄ってきて口々に称賛の声を掛けながら肩や背中を叩いてくる。

 何気に今まで女所帯の中に僕が混じっている形だったからこういうはこっちに来てから初めてだ。

 ……うん、お嬢様達と一緒にいる時とはまた違った心地良さだ。

 ガルーダをあちら側へ送り返したクラウさんが近づいてくる。


「気分転換にはなったか?」

「はい、何も考えずに体を動かすっていうのも気持ちいいものなんですね」

「息一つ乱さずに言われるとこちらの立場が無くなりそうだな」

「え?」


 そういえば訓練とはいえあれだけ戦ったのに全然疲れてない。あの程度の戦闘ならまだまだいけそうだ。

 王霊の力が強くなっている事と関係が……?

 思い当たるのはやっぱり、霊装の変化と同じくあの日城で僕が無意識に力を行使したという話だ。お嬢様達によると、意識がない状態でのそれは、まるで王霊の力が暴走しているように見えたらしい。そんなものがキッカケである変化を素直に喜んでもいいのか。

 また思考の迷路に入りそうになったところ、クラウさんに頭を小突かれる。


「ほれ、また余計な事を考えているな?」

「すみません……」

「謝る事でもないがな。どうする、もう少し手合わせでも……ん?」

「どうかしましたか? あ……」


 遠く、攻撃の余波が出ないくらいまで離れたところにある屋敷の窓から見える沢山のメイドさん。よく見たらユリアさんやイル、ルクルーシェ様までいる。

 ……よく考えたらあれだけ暴れれば何事かって気にもなるか。僕だって住んでいる所のすぐそばで戦闘音なんか聞こえたら何もかもほっぽり出して見に行くだろう。

 そして今挙げた中にいないお嬢様はといえば、今まさに焦った様子で近づいてきている。


「どどどどどうしたの!? いきなり大きな音がしたと思ったら、二人が戦っているし!」


 クラウさん、そして僕達の手合わせを止めなかった精霊師達と目を合わせていく。

 全員、誠心誠意頭を下げるしかなかった。


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