繋ぎ的な
僕達の日常が戻ってきた。
……な訳ありますかいな。
今も現在系国の王都は帝国に占領されたままだ。
あちらにとっての重要人物であろうルクルーシェ様及びその関係者は屋敷から一歩も出歩ける状況じゃない。戦いとかは起こっていないけれど、予断は全く許されない緊迫した状況だと言える。
……じゃあ僕は何故今、屋敷の花壇のお手入れをしているの?
それは何度も自答してきたのに未だに答えが見つからない難題だ。
っていうか本当にいいの? こんなことしてて。
いやまあ、僕的には国の問題に関わっているつもりはないんだけど。なにか釈然としない。
「リリー達のような使用人はー、そんなややこしいことまでー、気にする必要は無いと思うのですよー」「当たり前のように僕の思考に介入しないでください」
突然話しかけてきたのは、城の惨状の生き残りの一人にして僕の初めての友達であるリリーさん。生存者の中に彼女がいたと知ったときは本当に安心したものだ。ちなみに他にはルクルーシェ様の側近だったじいやさんとかもいた。
「ユーリさんはー、考えていることがー、本当に顔に出やすいですからー。『自分の存在意義って何なんだろう。大きすぎる世界に対して自分は余りにもちっぽけだ。いや、そもそも世界という存在がそのちっぽけな存在の集まりなのだ。ではその集まりからしてみれば自分という一要素にどれほどの比重が乗っているんだろう。いや、世界にとっては自分はあってもなくても変わらない存在に違いない。例え今自分がになっているこの役割も、世界にとってはどうでもいいのだ。だから、今自分がしていることにだって明確な意義など無いのだ。それでも、自分のしていることに疑問を持つのは、もはや人間という生き物の本能と言うべきものであり、それに答えを出したがる難儀な性質をもつ存在なのだ』っていう顔がありありとー」
「すいません、ちょっと鏡持ってきてもらえませんか? その『人間の史上命題に関する考察』とやらが事細かく現れた表情っていうのがどんな表情なのか一度見てみたいです」
「きっと微妙な顰めっ面が映るでしょうねー」
「その顰めっ面は一体何に対してなんでしょうねー」
「うふふー」
「あははー」
…………。
「リリーさん、僕をからかうの楽しいですか?」
「とっっっっっってもー」
そうですか、そんなに溜めて、頬に手を当てながら、心の底からの笑顔で言うほど楽しいですかちくしょうっ!
「まあまあー、それはそれとしてー、一部は本当の事も混ざってたんですよー」
「長すぎてどの部分がそうだったのか全然分かりません」
「『一体自分は今何でこんなことをしてるんだろう』の部分ですよー」
「ああ、その部分……ありましたっけ?」
「あったんですよぅー」
もう何も言うまい。見てよ、すんごい勢いで話が脱線してるよ。脱線というか線路見失って暴走してるレベルだよ。
「わたし達はー、使用人なんですー。主の命令があるまではー、いつもの自分の仕事をしているのがー、一番なんですよー」
「僕の主ってそんなタイプじゃないんですけど」
「ですねー。だけれどー、彼女は彼女でー、いつもと変わらなく過ごしているのでしょうー? だったらー、あなたはそれに準じていればいいんだと思いますよー。今はまだー、姫殿下が色々と情報を集めている最中のようですしー、余計な事は考えても無駄ですよー」
「まあ……それもそうですね」
「はいー。じゃあリリーはそろそろ行きますねー。暫定的とはいえー、ここに置いてもらう以上はー、しっかりと働かないといけないですからー」
「あ、はい。頑張ってください」
リリーさんと会話していたらいつもいつの間にか時間が経ってるな。
ルクルーシェ様達が一時的にこの屋敷に潜伏しているのと同じように、リリーさん達のような故郷が遠い、お金がない諸々の理由で故郷へ帰ることが出来ないメイドさん達も今はこの屋敷で寝泊まりしている。
働かざる者食うべかざるの言葉通り、食事と寝床の対価として彼女達にはさっきのリリーさんみたいに働いてもらっているけれど、今の状況では賃金を払うことも出来ない。落ち着いたら街あたりで働き口でも探すんじゃないだろうか。
そもそも、いつまでも僕達がこの屋敷で普通に暮らしていけるわけがない。
忘れそうになるけれど、離れとはいえここは領主だったジュレリア家の屋敷だ。
王都が落とされた今、この国は帝国の属国のようなものだ。いずれ帝国の関係者が何らかの目的でこの屋敷にやってくることは間違いない。
その時、僕達は一体どうなるんだろうか。
……おっと、気がついたらまた余計な事を考えてた。
不安の種は尽きないけれど、今は僕に出来ることは無いんだ。リリーさんに言われた通り、何も考えずに束の間かつ仮初の日常を味わっておこう。
◆
「王都を始めとした周辺領地の様子を調べてみたが、予想外に穏やかなものだ」
調査結果が出たと言われて大広間に集められているのは、いつものイルを除いた僕達三人と、残った精霊師を纏める立場になっている師団長クラウさん。とはいえ僕達三人は主に聞き手で、意見を交わしているのはルクルーシェ様とクラウさんだ。
報告を聞いた僕達の反応は、おしなべてよく分からないというものだった。
「王都へは帝国の者が軍を連れてやってきたようだが、各領地を抑える為に送る騎士は最低限。あれでは王国の者が反旗を翻した時にどうなるか分からぬぞ」
「それはつまり……」
「やる気が全く感じられぬ」
クラウさんの疑問に返ってきたのはまったくもって簡潔な答えだった。そして「ああ、いや……」と手を振って、
「何やら国内の調査には熱心なようだ。表立っての行動があまりに消極的なのに対して違和感を感じるな」
「帝国は一体何を考えているのでありましょうか……」
「国内に内通者を作ってまで事を起こした割には、その後の対応があまりにズサン過ぎる。何かを企んでいるであろうことは確実なのだが……」
言い淀むルクルーシェ様。あまりに相手の動きがチグハグで思惑を読むことが出来ないんだろう。
「いかがなさいますか、姫殿下」
「……待とう」
「待つ……のでございますか?」
「引き継ぎも終わらせずに領主が逃げ出したこの領地は今、果たされるべき公務が完全に滞っている。流通はまだ辛うじてその体裁を保ってはいるが、遠からず破綻する。そうなる前に帝国の誰かがこの地へとやってくるはずだ。その者に直接問いただす」
「姫殿下が直接姿を現すわけにはいかないはず。その役目、お嬢様に任じられるおつもりでございますか?」
静観に徹していたユリアさんが一歩前に出る。さすがユリアさん、お嬢様が関係したなら王女様が相手でも物怖じしない。慣れてきたっていうのもあるかもしれないけど。
「我らは易々と外に出るわけにはいかん。他の同志に助けを求めることも出来ない今、お前達に頼るしかないのだ……」
「ユリア、わたしなら大丈夫だよ」
「お嬢様……」
命令とかではなく頼み込まれる形(しかも王族から)、その上お嬢様に大丈夫と言われたら流石のユリアさんも渋々といった感じで引き下がった。
「後はその帝国の者がいつここを訪れるかだが――」
「ひ、姫殿下!」
ルクルーシェ様の言葉を遮って報告に戻ってきていた精霊師が血相を変えて飛び込んできた。
これってもしかしなくても……。
「噂をすればなんとやらってやつですね」
「お馬鹿なことを言っていないで早く備えますよ!」
「あだっ!?」
もはや殴るのがデフォルトなんですか!?
◆
お偉いさんを迎えるには屋敷の主だけでなく、使用人総出で迎えるのが礼儀……らしい。全然知らなかったよ……。
ここにいるのは僕とユリアさん以外にも、雇っていると言えるかどうか怪しい臨時のメイドさん達も揃っている。皆義理堅いね。
さてと、一体どんな人が来るのやら。
「ジッとしておいてください! 子供ですかあなたは!」
「いたいたいたい! その怪力で耳を引っ張られたら洒落にならないくらい痛いですって!」
「あの~、相手のお姿が見えて来たんですが~」
僕達の向かいで待機しているリリーさんに小声で言われて、ユリアさんはつまんでいた僕の耳をパッと離して何食わぬ顔で元の位置に戻って待機した。
しかし間近にいた僕は見た、ユリアさんの表情が一瞬『やってしまった』といったものに変わったのを。そして現在進行形でその頬が紅く染まっているのを!
今のユリアさんをからかいたい衝動が襲ってくるけれど、お客(ていうか……敵?)が来ようとしてるんだから、悪ふざけはこれくらいにしておいた方が良いよね。前にそれで痛い目にも遭ったし。
「今夜の夕飯は抜きです」
何もしてないのに!?
抗議することも出来ず、項垂れることもできず、姿勢を正したまま滂沱の涙をこぼすしか出来ない僕だった。
「……あれ? 様子がおかしいよ」
何気にこういう時はしっかりしているお嬢様が、様子を伺っていた相手に疑問の声を上げた。不真面目でごめんなさい。
視線を向ければ、もう見える距離をゆっくりと歩いている一人の人影が見えてきた。
向こうにもこちらが見えている筈なのに、それを気にした様子のない泰然自若としたその佇まいはいつかのお姫様とよく似ているような気がする。
「確かに、やけに落ち着いてますね」
「違います」
「あででででででで……!」
口だけを動かして小声で呟いたところ、同じく口だけを動かしたユリアさんに周囲に見えない位置で僕の肉を思いっきり引っ張られた! 肉がちぎれるぅ~~~~~!
「な、何か僕変なこと言いましたか……っ!?」
「ユーリさんは一体どこに注目しているのですか? 今この地に訪れる帝国の者が、護衛も連れずに一人でやってくるなんておかしいでしょう?」
「ルクルーシェ様も護衛無しで一人でしたけど……」
「では今教えて差し上げましょう。あ・れ・は・い・じょ・う・な・の・で・す!」
おおう! つねるから握り締めるにランクアップ! 言っても分からない馬鹿にイライラしてる感じだけど、知らないんだから仕方無いじゃないか! 打撲なら段々慣れてきたけど、これはそういうのとは違う痛みだ! ていうか打撲に慣れてきたってそれ色んな意味でヤバイよね僕!?
「ユーリ、しーっ」
お嬢様には今まさに折檻を受けている僕の姿が見えるはずなのに何故僕だけに注意するんだろうか。
とはいえそろそろ本当に大人しくしてよう。
異常事態に直面してる僕達だけど、それは相手にとっても同じな筈だ。何せ、人がいる筈のない屋敷(本邸じゃないけど)に普通に人がいるんだから。どんな反応をするのか予想出来ない。
人知れず唾を飲み込んだ。
敵意を向けてくるか? それとも先に疑問を投げかけて冷静に対応するか? いずれにしても彼の第一声で僕達のこれからが決まると言っても過言じゃない。
お嬢様、ユリアさん、メイドさん達、それと屋敷に隠れているルクルーシェ様達全員の緊張が合わさって空気が張り詰めていく。
彼の第一声がどんなものでも動じないように覚悟をしておこう。こんなところで動揺なんかしていたらこの先ついて行けなくなる。
青年はお互いの顔がはっきりと見える位置で止まった。勿論、僕がいる位置からもよく見える。
この王国とは別の趣を持った装飾が施された礼服を少し着崩して着こなし、精悍な顔立ちで気怠げな表情を浮かべた美青年。それが相手に対して僕の抱いた印象だ。
ただ、あの瞳と表情……なんだかどこかで似たようなのを見たことがあるような……?
ふと抱いたその疑問は、彼がゆっくりと口を開いて出てきた第一声で一瞬で解消した。
「ふ……ぁああああああああ……。働きたくねー……」
ニートだーーーーーーーーーーーー!




