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精霊の執事  作者: 3608
王都で陰謀に的な
45/68

傷心的な

「……見慣れた天井だ」


 いや、言ってみたかっただけです。

 それにしても、悪い夢でも見ていたような気がする。

 ――ズキッ


「痛っ……!」


 なんだこれ、二日酔いか何かか? 頭の中で鐘が鳴り響いているみたいにガンガンする。

 っていうか僕……お酒なんか飲んだっけ?

 ……中々頭が働かない。思考を頭の中の鐘が邪魔してる感じだ。

 大きく息を吸って呼吸を落ち着ける。

 僕の覚えてる最後の記憶は……。

 ――刹那、


「うぷっ」


 フラッシュバックのように鮮明に浮かび上がってくる記憶。

 異臭。

 悲鳴。

 血。

 そして辺りに転がる――


「あ、あぁああ……!」


 あの人達は、少し前まで僕と普通に話していた人間で、けれど辺りに転がっていたのは肉の塊だった。


「あぁああああああああ!」


 受け入れるのを脳が拒否するように、恐慌をきたしていると分かっていても心が命ずるままに叫びの声を上げる。

 夢であってほしかった。けれど、それを夢だと思うにはあの時の光景があまりに鮮明で。

 心が軋みを伝えてきた気がした。

 バンっ!


「ユーリ!」

「ユーリさん!」

「……あにさま!」

「…………」


 扉を開けて入ってきたのはお嬢様にユリアさん、そしてイルだった。

 全員が僕を見て切羽詰ったような表情をしていたけれど、それに気を回す余裕は今の僕には無くて。

 ヨロヨロと今にも倒れそうな足取りでお嬢様達に近づいていく。

 まるで、不安な子供が親を求めるような心境だった。

 足から力が抜けて崩れ落ちる。

 震える僕の体を包む暖かい感触はお嬢様か。イルじゃ小さいし、ユリアさんはそんなタイプじゃないし。

 お嬢様は黙って僕を抱きしめて頭を撫でているだけだった。本当に子供をあやしているみたいだったけれど、今はそれが一番必要な温もりなんだと思う。

 暫くは誰も声を発することなく、震える僕をお嬢様が落ち着かせるのを黙って見守っていた。


 ◆


「落ち着いた?」

「一応は……」


 温もりに体を委ねてしばらく、ようやく体の震えが収まった。

 まだ全然大丈夫ではないけれど、一応は周りを見渡す余裕が生まれた。

 そしてすぐに疑問が浮かぶ。今僕達がいる場所が有り得ない場所だからだ。


「ここって……ジュレリアの屋敷ですよね?」


 勿論本邸ではなく僕達が暮らしていた方の屋敷だ。


「そうだよ、ここはわたし達の家」


 とってもあっさりとした答えだけど、僕が意識を失う直前の記憶は……思い出したくないけれど向けられる無数の銃口だったんだ。あそこから一体何が起こったんだろう。


「一つずつ話すよ。ユーリが倒れた後に何が起こったのか」


 言葉通りお嬢様達は僕が倒れたあとの事を順々に語ってくれた。

 僕が気絶しているにも拘わらず王霊の力があの場所で死ぬはずだった人達を助けたこと。

 セフィラさんを目的にしていた王霊が現れたこと。そしてそいつのせいで帝国軍を迎撃することが出来ず、部隊の生死も不明だということ。

 樹の守りが一時しのぎでしかないことを分かっていたルクルーシェ様達は、その後何故かまた呼び出せるようになった精霊の力を借りて王都からの脱出に成功したらしい。

 行き先はといえば、どこに裏切り者の息がかかっているか分からないから、信頼出来るかわからない貴族の屋敷に身を寄せるのは好ましくない。

 ひとまず王都から程近いジュレリア領にお嬢様達を送り届ける為にここへ飛んできたけれど、何やら予想外の事態になっていたらしい。

 実はこの領、帝国軍の通り道になっていたらしく、本邸がもぬけの殻になっていたらしい。

 血痕が見当たらないので、恐らく逃げたんでしょうとはユリアさんの言。報告を含めた貴族の義務を放棄するとはけしからんみたいな事をルクルーシェ様が怒りながらこぼしていたとか。

 で、まあ主のいない屋敷なんてまさに宝箱のようなもの、滅茶苦茶に荒らされていたとか。

 そしてこの屋敷は出入り口を僕の力で塞いでいたので無事だったらしく、それなら丁度いいとルクルーシェ様達は当面の滞在場所としてここを選んだらしい。

 ちなみに一緒に連れ出したメイドさん達の大部分は出来るなら故郷へ帰らせ、故郷が遠いなどの理由で不可能なら同じく脱出した精霊師団の人達と一緒にこの屋敷にいるんだとか。


「大体このくらいかな、ユーリが倒れてからのことは」

「……改めて何が起こったかを聞くと、とんでもないことになったんですね、この国」

「そうだね、わたしだってまだ現実味が無いよ。実際にその場にいたのにね」

「しかし、覆しようの無い事実でもあります」


 まさにユリアさんの言う通り。正直こうやって呑気に話している場合でもないような気もする。


「まあまあユリア、ユーリもさすがにまだ辛いだろうし、もうちょっと休んだら?」


 僕はその気遣いに素直に甘えることにした。

 部屋を出て行ったお嬢様達を尻目に、ベッドへとUターンして目を閉じる。

 今は、ただ何も考えずにいたい。

 幸い眠気はすぐにやってきたので、逆らうことなくそれに身を任せる。気絶した時とは違って、心地良く意識を手放すことが出来た。


 ◆


「……」


 さっき眠ったときはまだ日が高かったけど、やっぱりそんな時間に寝てたら夜には目が覚めてしまうか。体には良くないけど、人間のサイクルとしては正常だ。普通ならあんなことがあった後なんだからもっと長いあいだ眠っていてもおかしくないと思うんだけどな。

 これも王霊の身体能力の一環だろうか。あまり嬉しくないけど。

 この国に電灯なんて便利な代物はなく(銃があるくらいだから、帝国あたりにはあるかもしれない)、あたりを照らすのは星の光だけ。地球の街を知っている僕からしてみれば頼りないことこの上ない。

 この屋敷にどれくらいの臨時宿泊者いるかは知らないけれど、今は全員眠っているんだろう、耳を澄ましても痛いほどの静寂しか返ってこない。

 目を閉じても眠気が来る様子も無いし、ちょっと起きようかな。

 部屋を抜け出して足音をたてないように屋敷の外へと出る。

 屋敷の周囲をほどよく歩いたところで、丁度良い場所に植えられている木の根元に寄りかかって何とはなしに空を見上げる。

 排気ガスなんてものが欠片も存在しないであろう空は星がよく見える。

 満天の星空というのはこのことかと思いたくなるくらい、沢山の星が輝いている。それこそ、下界の些事などまるで他人事だと主張せんとばかりに。

 まあ僕はそんな事で思い悩んだりするような気取り屋でもなんでもないので気にせず星空鑑賞を堪能しよう。

 けれど、前に時々見上げた時と変わらず輝き続ける星を見ていると、何となく心が落ち着く気がする。

 

「綺麗で、全然変わらないな……」


 ふとした呟きが口から溢れた。

 普段ならこんなこと口に出すはずは無いんだけど……。


「ロマンチストだね、ユーリ」

「うおぅっ!?」


 全然気づかなかった! 今の聞かれてないよね!? 聞かれてたら……死ぬ!


「どうしたの? 手で顔を覆ったりして」

「……お嬢様?」

「外を覗いたら誰かが出ていくのが見えたから」


 そう言ってお嬢様は僕の隣までやって来て車椅子から腰を上げようとするも、腕の力だけだと上手くいかないので力を貸す。

 並んで木に寄りかかる形になったけれど、中々お嬢様は口を開こうとしない。穏やかな表情で星空を眺めているだけだ。

 不意に夜風が頬を撫でる。

 それに煽られてお嬢様の鮮やかな金髪が大きくなびく。月明かりを反射する金色の筋がまるで光の波みたいに揺れる。

 その顔に浮かべる物憂げな表情と相まって、お嬢様がものすごく大人に見える。

 そんな感想を抱くのは、星空と同じく変わらない様子でいるお嬢様に比べて、今の僕があまりにも小さい存在になってしまっているからだろうか。


「ねえ、ユーリ」


 お嬢様がポツリと呟くと、ゆっくりと顔をこっちに向けてくる。

 こっそりと横顔を見ていたのがバレたかと一瞬ドキっとしたけれど、幸いその事に言及してくる様子は無い。 

 代わりに柔らかい声色で包むように語りかけてくる。


「ユーリ、ヒドイ顔だよ」

「あー、お嬢様にはそう見えますか」

「多分ユリアとイルちゃんにも分かると思うよ。ユリアなら『腑抜けた顔ですね』なんて言いそう」


 そんなにヒドイのか。表情だけは普段と変わらないようにしてるつもりなんだけど。


「やっぱりまだ気にしてるの?」

「さっき思う存分泣き喚いて落ち着いたつもりなんですけど、やっぱりちょっとでも見知った人達があんなことになったのは……」

「それだけ?」


 言うやいなや、お嬢様はゆっくりと僕の頬へと手を伸ばしてくる。

 ――その手が、温もりが頬に触れた瞬間、僕の体が怯えたように震えた。


「あ……」


 自分の反応に自分で驚いた。目の前にいるのは僕のよく知るお嬢様で、その温もりはいつも僕を安心させてくれるのに。

 明らかにおかしい反応をしたのに、それでもお嬢様は表情を崩さない。むしろ全てを理解しているように慈しみを深くさせる。


「ユーリは……後悔してるのかな? それとも怖がってるのかな?」

「後悔と怖がっている……ですか? 悲しんでるとかじゃなく?」

「悲しんでるだけならわたしが触っただけで怯えたりしないよ」

「まあそれはそうなんですけど――」

「あの時すぐに自分が王霊の力を使っていればもっと沢山の人が助かったかもしれない。今回はなんとかなったけれど、いつか自分の大切な人達も同じように死んでしまうかもしれない」

「…………」

「違う?」

「いえ……多分合ってます」


 自分の至らなさを後悔して――罪悪感のせいで優しさがかえって胸に痛く、大切で大好きだからこそそれが無くなってしまう時の幻想――恐怖のせいで今ある温かみを受け入れることが出来ない。

 成程、他人に言われないと自分の心なんて中々理解出来ないものだ。

 僕は何故あの時もっと早く動こうとしなかったのか、力不足とはいえやれることはあったはずなのに。

 僕はイルやユリアさん、お嬢様、他にも沢山の大切な人が死んでしまったらそれに耐えられるんだろうか。

 それぞれ過去と未来の事で、現在どうこうできることじゃないのに、考えても考えても納得のいく答えは出てこない。

 ……僕は……どうしたらいい?


「ユーリ」


 ぱんっ!

 答える余裕もなく、急に両頬にジンジンとした痛みが走る。

 叩かれた……というより、勢いよく挟み込まれた感じだ。

 そのままズイっと顔を近づけてくる。

 綺麗な顔が目前に迫ってくるのはなんかこう……迫力があって少し気圧される。

 そんな僕の内情はお構いなしでお嬢様は真っ直ぐに僕の目を見つめる。


「……いきなり酷いですよ、お嬢様」

「今のはユーリが悪い」

「そんな理不尽な……」

「だってユーリ、自分しか目に入ってないもん」

「え……?」


 そんな事はない。

 現に今まさに僕の視界にはお嬢様が映っているし、普通に他の人だって……。


「この屋敷には今、わたし達以外にもルクルーシェ様や精霊師、メイドさん達もいる。皆、ユーリが助けた人達だよ。わたしも含めて今ここにいられるのはユーリのおかげなんだよ。城で助けるのが間に合わなかった人が大勢いたとしても、その事実だけは変わらない」


 お嬢様の優しい言葉が、意識しない内に僕の心へと入り込んでくる。


「悔やんでばかりで助けた人の命を軽視するのは止めて。命を拾うことを出来た事が全部無駄だって言われてるみたいだから。それは、絶対に許せない侮辱だから」

「…………」


 何も言い返せなかった。

 事実、起きてすぐに生き残った人達の事を報告されたのに、今お嬢様に言われるまでその人達の事を全然思い出しもしなかったんだ。弁解のしようもない。

 自分の手の平を見つめる。

 ……このちっぽけな僕の手で救うことが出来た人達も確かにいるんだ。


「反省した?」

「申し訳ありませんでした」

「よろしい。後は……」


 ふわりと回されるお嬢様の細腕。

 戸惑いの声を上げる僕をよそに、お嬢様はゆっくりと僕の頭を自分の胸に抱き寄せる。

 顔に柔らかい感触、鼻腔を刺激する果物のような香り。

 ……よーし思考を冷静に保つんだ。今はそんな空気じゃないだろう? お嬢様がどういうつもりなのかは知らないけれど、邪な気持ちだけは絶対に抱いちゃいけないんだ。

 クールだ、そして紳士にいくんだ。

 さあ、お嬢様に、冷静に、落ち着いて、どうしたのか聞こうじゃないか。


「ああああああののののののの、い、一体どうなさいましてごぜえます?」


 アウトォォオオオオオオオ! 空気ぶち壊しぃぃいいいいい!

 お嬢様に抱きかかえられていなかったら頭を抱えて転げ回っていたに違いない。

 恐る恐るお嬢様の様子を伺っていると、予想外の反応が返ってきた。


「あ……」


 頭に感じる覚えのある心地よさ――お嬢様は僕を撫でていた。

 悶々と浮かんでいた邪な感情は一瞬で塵へと消え、荒波を立てていた僕の心中は驚く程素早く平常を取り戻した。


「過去に対する後悔はともかく、確定していない未来に対する恐怖はどうこうするのは難しいと思うよ。だから……わたしにはこんなことをして恐怖を和らげてあげるしか出来ないよ」


 心なしか、僕を包み込む腕に力が込もる。

 お嬢様は「けど」と続ける。


「自惚れかもしれないけど、ユーリの恐怖がわたし達を失う事へ向けられているなら……ユーリがわたし達を守ってよ」


 それは結局完全に僕任せということだ。

 けれど、それを言うお嬢様の声には苦渋が混じっていた。

 僕の不安や恐怖の原因は自分達なのに、何もすることが出来ない。僕を励ますための言葉でありながら無力感に苛まれたその声はいつまでもそのままにしておきたくなかった。

 だから僕は、それを肯定する。


「……確かに……そうですね」

「うん……」


 失うのが怖いのなら、失わないように自分が何とかすればいい。

 さっきは怖がった人の温もりが、今はとても大切なものに感じる。

 それを失う事を恐れるんじゃなく、それを守る事を決意するために。


「――――――――」


 ああ、これはお嬢様の歌だ。

 いつも歌っているものとは少し違う、穏やかでゆったりとした声調。テンポに合わせて僕の頭がポンポンと叩かれる。

 これじゃあ完全に子守唄だな。僕大学生(精神年齢という意味で)なのに。

 でもまあ、いっか。

 ……お休みなさい。それと、ありがとうございます

 

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