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精霊の執事  作者: 3608
王都で陰謀に的な
32/68

前を向く的な

「それは……お嬢様をクーデターに加担させるということでございましょうか」


 ユリアさんがややきつい口調で問いただす。

 オブラートに包むという事を全くしないその言い方は、ルクルーシェ様に対する心象が悪くなっている事を感じさせた。


「強制はしない。例えこの誘いに乗らずともお前達の不利益になるような扱いはしないと我の誇りにかけて誓おう」


 ルクルーシェ様の目はどこまでも真摯だ。よくあるどちらでもいいと言っておきながら実のところは選択肢が用意されていないなんてことはない。お嬢様がどう決断しても本当に僕たちが不利益を被るようなことはないだろう。

 普通なら即座に断るところだ。

 けれど、


「……失礼ですがルクルーシェ様。わたくしは見ての通り乗り物に頼らないと満足に動くことすら出来ない体、契約している精霊もいないこの身に何を求めておいでなのですか?」


 お嬢様の口から出てきたのは断りではなく、疑問の言葉だった。

 ルクルーシェ様は「ふむ」と少し考える仕草をしてから、


「我が求めているのはなにも戦力だけではない。いや、それも大事ではあるのだが。だが同じくらいに必要としているのは――仲間、我と志を共にする同志だ。言い方は悪いやもしれないが、特に何をして欲しいと求めたりはしない」

「…………」


 微妙な表情で考え込むお嬢様。言っていることは分からないでもないけど、いまいち具体性に欠けるとかそんなところだろうか。


「ただし、誰彼構わず誘いをかけているわけではない。人格や立場なども考慮にはしっかりと入れている。後は……そうだな」


 お嬢様の瞳をジッと見つめながら、


「なんとなく……お前からは人を惹きつける力を感じるから……だろうか」

「へ……?」


 一瞬ポカンとしたものの、すぐに顔を赤らめて恥ずかしそうに両手を振るお嬢様。


「そ、それは過大な評価ですっ! わたくしにそんなもの……」

「それはどうだろうな」


 意味ありげなルクルーシェ様の視線はユリアさん、僕、イルの順に巡っていく。

 ……人を惹きつけるか。

 祭りではシューラ様にも懐かれていたし、最近は街の人達にも顔を覚えられてとても慕われている。

 それに何より、お嬢様といるととても心が安らぐ。雰囲気がそうさせるのか、あの優しい笑顔がそうさせるのか、はたまた他にもあるのかは分からないけれど。

 それを人を惹きつける力と言うのなら、ルクルーシェ様の観察眼もあながち間違っていないかもしれない。


「今この場で決めろとは言わん。我は明日の昼頃までは本邸に滞在しているのでな。覚悟が出来たら本邸に来てくれ」


 本邸と聞いてお嬢様が小さく震える。お嬢様にとっては自分をこの屋敷に閉じ込めた家族が住む、謂わばトラウマの原点とも言える場所だからだ。街に出る時と帰る時に本邸の近くを通るとき、毎回お嬢様の顔色が少し悪くなっていたのを僕は知っている。


「それも含めての覚悟だ。一度くらいは向き合ってみろ。それくらいは出来ないと心は本当の意味で前を向かん」


 立ち上がって扉に向かうルクルーシェ様はこちらに背中を向けたまま「ああ、来るなら荷造りをしてこい。ではな」と手を振った。お付きの精霊師の二人は礼儀正しく一礼してからルクルーシェ様に付き従う。

 言いたいことを言い切って彼女は去っていった。実際にはそこまで時間は経っていない筈だけれど恐ろしく長く感じた。

 しばらくは誰も動こうとはしなかった。 

 しばらくしてお嬢様がポツリと、


「……ユリア、ユーリ、わたしは……どうしたらいいと思う?」


 問いかけの声は不安げで、ルクルーシェ様の誘いにお嬢様が揺れていることは明白だった。


「わたくしは……正直に申し上げれば、お嬢様を危険に遭わせるような提案は承服致しかねます」

「ユリアならそう言うと思った。けど、ルクルーシェ様が仰っていた事が本当なら、わたしがここで何もしていなくても危険があることには変わらないと思う」


 実際にこの屋敷が魔霊に襲われたのだ、ユリアさんはそれ以上反論することは無かった。


「ではお嬢様は……ルクルーシェ姫殿下のお誘いに?」

「…………」

「お嬢様?」


 しばらくお嬢様は黙って俯き、しばらくしてから僕らに見せた表情は――自嘲の笑みだった。


「わたしね、途中まではかなり乗り気だったんだ。何度も街に出て歌を歌って、街の人達と話したりして、人との触れ合いを知って。そしたらこの笑顔がずっと続いて欲しいって思うようになった。街の人達だけじゃない、出来る限り沢山の人が笑っていられたらいいなって。だから、それを助けられるならたとえ大変でも参加したいって」


 お嬢様は自分の体を抱きしめるように腕を組んで「でも……」と、


「最後に本邸に――お父様やお母様、ライルがいる場所に来いって言われた時、それまで行こうって思ってたのが急に怖くなったんだよ。笑っちゃうよね、神霊祭から前を向こうって思って色々やってきてたのに、結局は肝心なところでは背を向けて逃げてたんだから……」


 弱々しく語るお嬢様は今にも崩れ落ちそうな程に脆く感じた。

 肝心な部分から目を背けている自分に対する自己嫌悪でお嬢様は押しつぶされているんだ。

 心の傷というものは簡単に克服できるものじゃない、僕が来る前からお嬢様がどんな扱いを受けてきたかは僕が知る由もないけれど、それくらいは分かる。

 仕方ないことだって言いたいけれど、これはお嬢様がどう思うかという問題だし、深く考えず無闇に言葉にするのはただ無責任なだけだ。


「……ちょっと一人で考えてみるね」


 結局何を言うこともできないまま、お嬢様は自室に戻ってしまった。

 

「……何か言わなくてよかったんですか?」

「不用意な言葉は逆効果ですよ。こと心の問題に関しては。ユーリさんもそれは分かっておいででしょう? どのような結論が導き出されようとも、わたくしはお嬢様に従うのみです」


 そう言って仕事に戻っていったユリアさんの背中からは自分の不甲斐なさに対する哀愁のようなものが感じられた。

 なんとも言えずに見送っているとクイっとズボンが引っ張られる感覚が。


「……リイルとユリア、悲しい?」


 子供は感受性が高いっていうけど、イルも敏感にそのへんを感じ取っていたらしい。

 僕はしゃがんで視線を合わせ、安心させるようにイルの頭をポンポンと叩いた。


 ◆


 お嬢様は食事はきちんと摂ってくれた。ただし、一言も喋らずにずっと悩んだまま。

 お嬢様がどんなに悩んでも、明日の昼頃――ルクルーシェ様が本邸から去るまでには結論を出さないといけない。

 家族と向き合うのか、ずっと不干渉を貫くのか。

 最低限とはいえ資金はもらっている上に、この屋敷が建っている敷地もジュレリア家に所有権がある以上はこの生活がずっと続くということは無いだろう。そしてそれはお嬢様も理解している筈だ。

 それでも急に選択を迫られて家族という心の傷と前を向きたいという自分の望みの間で苦しんでいるお嬢様の為に僕に何か出来ることは無いんだろうか。

 と考えていたら僕は無意識にお嬢様の部屋へと向かっていたらしい。

 我ながら単純だと苦笑する。


「ん……?」


 お嬢様の部屋の前に見慣れた赤髪が。

 思わず出た声は小さなものだったけれど、それはバッチリと聞こえたらしい。

 ギクリと身を固くしてこっちを確認し、僕の姿を確認するとズンズンと歩みよって……。

 リバーか!

 咄嗟に構える。

 しかし、予想に反してユリアさんは手を出してくるような気配は見せず、そのまま僕の横を通り過ぎていく。


「何を身構えているのです? 掃除の途中なので失礼しますね」


 ……手ぶらなんですけど。って言ったら次こそ腹パンが飛んできそうな気がしたので黙っておいた。

 どうやら暴力で照れ隠しをするより、何も無かったことにするつもりらしい。

 うんうん、お互いに傷つかない最良の選択だと言えよう。いつもは僕の傷の方が酷い気がするけど。

 このまま黙って見送ればいいのだけれど、ついその背中に声をかけてしまった。


「先越されちゃいました?」


 ピタリとその歩みが止まった。

 一瞬だけ身がすくむも、すぐに凛としたいつものユリアさんの声が返ってきた。


「何の事でしょう? わたくしはお嬢様に従うのみです。主に対する余計な口出しなどいたしません」

「そうですか」


 そのままお互いに歩き出す。

 ユリアさんが角を曲がる前にギリギリ聞こえる声量で呟くように、


「お次はどうぞ」

「……了解です」


 こちらの声が聞こえたかは定かじゃない。

 ユリアさんは角の向こうに姿を消していった。やれやれ、素直じゃないなあ。

 扉をノックする。

 返事はない。けれど、部屋の中でお嬢様が身じろぎするような気配は感じる。今は僕が言いたいことを伝えたいだけなので、お嬢様が聞いているのならそれでいい。


「お嬢様が悩んでいるのは分かってます。その気持ちが理解できるなんておこがましいことは言いません。けど、お嬢様がどんな結論を出しても僕はそれを受け入れます。あ、使用人だから嫌々とかじゃありませんからね。それに……付き従うっていうよりは支えたいっていうか……」


 う……言っている内に自分でも恥ずかしくなってきた。目の前に誰もいなくてよかった、今顔が赤くなってるところを見られたら羞恥でヤバイ事になりそうだ。


「とにかくっ、お嬢様は一人じゃないってことを忘れないでくださいね、ではっ」


 恥ずかしさを紛らわす為に早足でその場から立ち去る。

 上手く言えたかどうかは分からない、けれど大体言いたいことは言い切った。後はお嬢様次第……。

 と一度振り返ってみると、先程僕がいた場所には今度はイルが立っていた。

 どこかで僕達の行動を見ていたのか、イルは慣れない手つきで扉をノックして何かを話し始める。

 示し合わせた訳でもないのに僕達が全員同じ行動を取ったことが可笑しくてつい口元に笑みが浮かんでしまう。

 聞き耳を立てるなんていうのは野暮だろう、僕はそのまま構わずにいつもの行動に戻っていった。


 ◆


 次の日、起床から少し経った時間、僕達はお嬢様の部屋の前に集合していた。

 タイムリミットは昼頃、しかし、ルクルーシェ様はもしも来るのなら荷造りの準備をしろと言っていた。それは本邸に行ったらそのままどこかへ連れて行かれるということだ。

 旅や屋敷を空ける為の諸々の準備の時間も考慮に入れると、お嬢様が本邸に行くかどうかは今結論を出さないといけない。

 代表してユリアさんが扉をノックする。


「お嬢様、ユリアです。それにユーリさんとイルも」


 いつもならすぐに聞こえてくるお嬢様の返事は、そのまま数秒待っても返ってこない。

 一分、二分……。

 これは……出てこないという意思表示だろうか。

 お嬢様がそう選んだのなら仕方がない。僕は受け入れるだけだ。ただ……一抹の寂寥感のようなものが風のように胸を巡っていった。

 いつまでもここにいる訳にはいかない、僕とユリアさんには仕事があるのだ。 


「……では、皆さんいつもの――」


 断腸の思いが見え隠れするユリアさんが解散を促そうとしたその瞬間。

 

「あれ? 皆どこに行くの?」


 扉を開いて車椅子に座ったお嬢様が出てきた。

 唖然とする僕達に向かってお嬢様はいつもの笑顔を浮かべた。


「さあ皆、急いで荷造りするよ。万が一置いていかれたりしたら色々と台無しだからね」


 イタズラっぽく言うお嬢様の言葉の意味を理解し、僕達の間にも心からの笑顔が広がっていく。


「でも、怖いのは怖いから……皆わたしを支えてくれる?」

「はい!」「勿論です!」「うん!」


 今、お嬢様は本当の意味で前を向こうとしていた。

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