活発姫様的な
固まる僕達勢、どうするべきか迷っているお客様勢。
そんな不気味なほどの静寂を破ったのは、新たな来客達に向けられたルクルーシェ様の能天気ともとれる空気を無視した一言だった。
「なんだお前たちか。意外と遅かったな」
本人以外のこの場にいる全員がガクッと脱力した。どうやらこの人、ひたすらマイペースな気質の持ち主のようで。
精霊師の内の男性の人が、安堵と呆れを混ぜた溜息と共に口を開いた。
「……姫殿下、これは一体どういった状況なのですか? 我らはジュレリア家本邸から忽然と姿を消したあなた様を探してここへ来た次第なのですが」
姫殿下という単語に僕達勢、とりわけ僕とお嬢様が大きく反応する。
さっき聞いたこの人のフルネームはルクルーシェ・ティル・リーンヘイル。そしてさっきお嬢様が呆然と呟いたこの国の名前は――リーンヘイル。
……うん、お姫様だね。
今僕は頭を抱えて叫びたい衝動に駆られていた。今ほど人のフルネームを覚えていなかったことを後悔した事はない。
……どうしよう。
僕達が冷や汗を流す傍ら、ルクルーシェ様と精霊師二人の会話は続く。
「お前達も律儀なものだな……。まあ始めに言っておくとだ、我は単にこの屋敷に興味が湧いたから見に来ていただけだ。お前達が想像したであろう非常事態の類は一切起こっていないから安心しろ」
女性の精霊師が苦々しげに、
「あなた様が宿泊している貴族の屋敷から姿を消してしまっている時点で我らが安心できる要素は全く無いのですが」
「はっは、この屋敷も一応は貴族の屋敷であることに変わりはないし、敷地から出たわけでもない。あの自尊心や選民意識で凝り固まった貴族達と益のない話をするよりはここにいた方が数倍もましだ。ジュレリア家の者達には……まあ少しの間だけ右往左往していてもらおうか」
あけすけに本邸の人達を貶したルクルーシェ様は、どうやら戻る気はさらさら無いご様子。というか、昨日から本邸に滞在していた客っていうのはこの人たちだったのか。
ルクルーシェ様が戻ろうとしないのを感じ取ったのか、精霊師の二人はそれぞれ溜息をついてから彼女の後ろに控えた。
「そう堅くなるな、我は確かにこの国の王女だが、面倒な礼儀などを気にすることはない。少々驚きはしたがな」
ルクルーシェ様のその一言で、僕達は一斉に安堵の息を吐いた。正直、生きた心地がしなかった。
「それにしても、特に期待はしていなかったのだが、存外に面白い所ではないか。アスラのメイドに、聞いたことの無い歌を歌う執事、そして足が動かないにも関わらず面妖な乗り物に乗って移動している主、それと見慣れない衣装を着た少女もいたな。正直先程から色々と話を聞きたくてウズウズしていたくらいだぞ」
「わたくしに答えられる事なら何でもお教え差し上げますよ」
「おおそうかっ! では遠慮はせぬぞ」
ルクルーシェ様は本当に遠慮しなかった。
アスラであるユリアさんの怪力を見てみたいと言えば、ユリアさんがソファの間に置かれているテーブルを軽々と持ち上げて見せ、さっき僕が歌っていた歌を聴きたいと言えば僕はアニソンを熱唱し、お嬢様の車椅子の事について聞かれれば、僕が軽く構造を説明しながら実際に座ってもらったり。
騒がしいから気になったのか、途中物陰からこちらの様子を伺っていたイルが見つかり、折角だったので紹介した。僕の後ろに隠れっぱなしだったけれど、その愛らしさがルクルーシェ様にも受けたようで、頭を撫でられたりもしていた。
印象的だったのは、ルクルーシェ様の表情が終始ずっと笑顔だったことだろうか。愛想笑いの類ではなく、心の底から楽しんでいるような感じだ。
他愛のない話がしばらく続き、気を利かせたユリアさんが紅茶を入れたことで小休止。
お嬢様と同じく上品な仕草でカップを傾けるルクルーシェ様は、他愛ないおしゃべりが本当に楽しかったようで、その表情は満足気だ。
やり取りが一段落したところで、お嬢様がやや真面目な話題を提供する。
「それで、ルクルーシェ様は一体どのような御用でこの屋敷に?」
「うむ、ちと調査をな」
「調査ですか?」
「お前達も知っておろう。霊場が安定している筈のこの地域で魔霊が出現したこと、先日の神霊祭で街に王霊が現れたこと、その二つだ」
「――――っ!?」
思わぬところで出てきたあまりに強烈な出来事の話に記憶が刺激される。
死にかけて何やら人間を辞めていた事が発覚した魔霊騒動。
初めて僕以外の王霊と遭遇し、衝撃的な事実を知った竜種騒動。
よく考えてみれば、そんな事があったなら国が調査するのが当たり前か、両方共異常な事態だったみたいだし。王女自らが調査に乗り出しているのは意外だけど。
お嬢様もその事が気になったらしい、ルクルーシェ様に「何故あなた様が自ら?」と質問を投げかけた。
途端、ルクルーシェ様が苦虫を噛み潰したような表情をした。
「どうしたもこうしたもない。調査をする精霊師団、それを取り仕切る大元である王が調査をしようとしないからだ」
「えっ……」
「し、しかしっ! この辺りで魔霊が出現することも国内で王霊が確認されたことも国にとっては一大事の筈ではっ!?」
驚きで言葉も出ないお嬢様と、今まで静観に徹していたユリアさんが思わずという風に声を上げる。
「ああ、耳が痛い程にその通りだ。身内の恥を晒すようだがな。あの愚王は基本的に自らの事しか考えん。城で舞踏会なりを開いてそこの警護に精霊師団を使っているから調査に回す人員が足りないんだろう。恐らく民の事など税金を貢ぐ労働力としか見ていまい」
「そんな……っ」
それは……酷いな。
お嬢様は拳をギュッと握って震えている。
世間事に疎いお嬢様だけど、外に出れるようになってからお嬢様の目は外に向くようになった。
そして街へ出た時は歌を歌ったりしながら住民と言葉を交わしたりしていた。僕達に街であった事を語る時もお嬢様が住民達の事を大切に思っていたことはよく感じた。
だからこそ民を蔑ろにする王というのはお嬢様にとっては許せないものだろう。
と、それぞれが複雑な感情を抱いている中、ルクルーシェ様が爆弾を投下した。
「あの愚王の君臨が続けば、近い内にこの国は滅ぶな」
その口調と表情にはには誇張なんてものは一切なく、ただありのままの事実のみを語っていることを信じさせるには十分な重みが感じられた。
「まずこの霊場が安定した地域で魔霊が出現した件についてだが、実はここ数年世界各地で確認される魔霊の目撃数の増加と目撃地域の拡散が少しずつ進行している。少しずつではあるが、数年前の記録と比べるとかなりの差がある」
「それに対する対応は?」
「この国では無しだ。元から各地に配備されている戦力だけで対応させている。異変が緩やかだから一過性のものとでも考えているのかもしれん」
「……けれど、わたくしが生まれてからこんな地域で魔霊が出現したことはありませんでした。それはかなり分かりやすい異常では?」
「先程も言ったが、あの王は自分の事しか考えない上に愚鈍だ。近年の魔霊の増加の延長と無駄な舞踏会に必要な護衛による戦力の不足、諸々が重なっているんだろう。もしもこのまま魔霊の出現が続くようならいずれ調査に乗り出すやもしれんが……恐らくその時には手遅れだろうな」
民衆としてはたまったものじゃないだろうな。実際に魔霊に襲われた僕達としては、もしあの時に近しい人に何かあって、それを手遅れの一言で済まされたら、冗談抜きで国にカチコミするかもしれない。
ルクルーシェ様は自虐の笑みを浮かべて「まだあるぞ」と続け、
「王霊が国内で確認されたと報告された時は凄かったぞ。呆れて物も言えなくなるくらいに」
多分ロクなことじゃないだろうなと僕達全員が微妙な顔をして先を待つ。
「普段のだらしのない顔から一転して真面目な顔になったと思ったら側近にこう命令したのだ、『すぐにその王霊を手に入れる準備をしろ』とな」
その時点で僕の中ではまだ見ぬこの国の王に対する評価は最底辺になることが決定した。
元からお嬢様に対する家族の仕打ちのせいで貴族とかに対する印象は悪かったけれど、これで決定的になった。まあ勿論例外もいるっていうことは目の前のお姫様とかを見てれば分かるけど(彼女の口ぶりを鑑みるに、良い人の方が少数派っていうのは間違っていなさそうだし)。
お嬢様とユリアさんは、そのあんまりな王の思考回路に呆れてものも言えない様子。
「嘆かわしいが、精霊をただの道具として見る人間もそこそこ存在する。だが、その事を差し引いてもあの男がやろうとしたことはあまりにも愚かだ」
「やろうとしたですか?」
「その時は運良くその場にいた我が言いくるめて事なきを得た。あの時はさすがの我も肝が冷えたぞ。知っているか? 過去にも似たような事は何度か起こっているが、その時に差し向けられた戦力は例外なく撃退されている。撃退か殲滅かは王霊によって違うようだが……まあロクな結果にはなっていないな」
王霊として一番最初に思い浮かぶのはやはり鋼の王であるアスカさんだ(というか僕とイル以外は彼女しか知らないけど)。
一部隊の半数程度だったとはいえ、精霊師達をあそこまで苦しめた竜種の精霊を苦もなく倒した彼女の力を基準にすると、確かに全軍が相手でもない限り単独でも軍隊を撃退することくらいはやってのけそうだ。
そして「そうそう、王霊と言えばと」ルクルーシェ様が何かを思い出したように、
「お前達は現在確認されている王霊の数を幾つまで知っている?」
「き……七体だと思っていますが……」
伺うようにお嬢様がユリアさんの方を向くと、ユリアさんは戸惑うように頷いた。
今お嬢様が言い淀んだのはは、僕とイルを入れて九体って言いそうになったからだろう。そこに気づかれてないといいんだけど……。
「まあ、王霊など十年に一度確認されるかされないかという存在だし、世間から隔絶された環境では新しい情報を知らないのも無理はないか」
「まさか……」
「そのまさかだ。公開、非公開を含めれば、この十年で新たな王霊が三体確認された。これで理論上存在すると言われている十二体の王霊の内の十体が確認されたことになるな。更に言えば、その他の王霊も何度か出現している」
クラウさんが上手く報告してくれたおかげであの時に出現した王霊はアスカさんだけという事になっているはず。つまり、僕とイルを合わせたらもう全ての王霊が揃ったということになる。
「魔霊の増加と目撃頻度の高まった王霊達。今世界には異変が起きている筈なのだ。実際に何が起きているかは分からん。だが、少なくともただのほほんと対応を遅らせていれば、この国に未来は無い。我はそう思っている」
場に重い空気が満ちる。
この話は冗談抜きで国の存続に関わる問題だ。
そして、ふと違和感が頭をよぎる。
話の内容そのものは驚きのものだった。国の事をそこまで気にしていなかった僕達からしてみたらまさに驚天動地の事実だっただろう。
だとすると、|何故そんな重要な事を僕達にペラペラと喋る(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?
ルクルーシェ様が言っていたことは、聞きようによっては国家侮辱、下手をしたら反逆の意思があると受け取られかねない危険な物言いだ。
見た感じ彼女は聡明だ、その程度の事が分からないとは思えないんだけど……。
「そこの執事、名は……ユーリと言ったか、何故そんな事を話すのかと言いたげだな」
「…………(ブンブンブン)!」
まさに図星を言われて無言で首を振って否定する。
「隠さずともよい、疑問を持つことは良いことだ。確かに我が今言った事が国の者の耳に入れば、よくて軟禁、悪ければ国外追放、処刑……は無いと思いたいが……。とにかく聞かれると不味いものであることは事実であろうな」
「だったら何で僕達に?」
「ここで突然だが、我には兄と妹が一人ずついる」
「「「……?」」」
本当に突然の話題に、三人揃って首を傾げる。あ、イルも真似してる。
ん? そういえば王女様であるルクルーシェ様の妹ってことは……。
「……シューラ様?」
「む? お前達、シューラの事を知っているのか?」
「は、はい。先日の神霊祭でシューラ様とは色々ありまして」
「ほほう、あいつが愛称で呼ばせるとは……。だがまあ、それの話は後にとっておこう。ここで大事なのは兄の方だ」
「兄……王子様ってことですか?」
「その通り。そしてこの国では女児よりも男児が優遇される傾向がある、故にこの国の王位継承権は兄が一番上だ」
それはお嬢様の家を見ているとなんとなく分かる気がする。
女児だからってお嬢様に対する酷い扱いを肯定する気はサラサラ無いけれど、男が優遇されることは意外でもない。地球でだって何年か前まではそれが当たり前だったんだし。
それが今までの話とどう繋がるんだろう。
「これが父――王と同じように傲慢で愚かでな。城では傍若無人に振る舞い、メイド達にも手を出していると聞く」
うん、この国終わってるね。
そして話は核心に入っていく。
「我は……その兄から継承権を奪う」
「「「…………っ!?」」」
「そして父にも王位を退いてもらう。あの愚父や愚兄が王をしている限りこの国に未来は無い。その為の準備は数年前から進めている」
そして一旦間を置き、ルクルーシェ様はお嬢様に手を伸ばす。
「リイル・フォン・ジュレリア、並びにその従者達、我に……協力してはくれまいか?」




