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精霊の執事  作者: 3608
祭りへ連れ出し大作戦的な
28/68

日常的な その3

 車椅子の準備期間から当日まで衝撃の事態尽くしだった神霊際は、街に目立った被害が無かった事もあって(精霊師に怪我人は出たけれど、それも仕事の内だろう)多少の混乱はありながらもつつがなく終わりを迎えた。

 そして、帰りしに街の噂に耳を傾けてみると、どうやら王霊が出たという事実は一般には秘匿されている様子だった。

 まあ、よく考えたら王霊一体とっても冗談抜きで国を揺るがせる存在なんだからそれも当たり前の反応だろう。

 僕達に対する干渉は、クラウさんが上手くやってくれたのか全く無かった。

 そんな訳で、僕達は新しい住人であるイルを加えていつもの生活に戻っていた。


 ◆


 そして僕は現在、感動でむせび泣いていた。


「ねえユリア、わたし達そんなに酷いことしてたのかな?」

「最近は特に変わった反応を返してくることも無かったのでもう完全に慣れてしまったと思っていたのですが……」


 そんなお嬢様とユリアさんの会話も耳に入っていなかった。

 それくらい今僕の手の中にある物は待ち望んでいたものだった。

 苦節二週間ちょっと、最近はあまり気にならなくなっていよいよヤバイと思い始めていたけれど、遂にこの忌々しい呪縛から解き放たれることができる。


「それでは着替えてきますね」


 万感の思いを込めて、僕は先程ユリアさんに渡された新しい執事服を身に付けるために部屋を後にした。


 ◆


 そんな訳で数週間。

 最初は久しぶりに着れた執事服(というか男物の服)で嬉しさを体中から滲ませていた(らしい)けれど、最近はそれも収まり、完全にいつもの日々に戻ったと言える。

 いや、戻ったというのは違うか。

 

「おっと」


 屋敷の角を曲がったところで丁度考えていた相手が目に入った。

 視線の先では、無地の布を帯を使った和服方式で身に纏ったイルがしゃがみこんで何かをしている。

 神霊祭からこの屋敷での日常に加わった僕と同じ王霊の女の子。

 屋敷に来た当初は借りてきた猫のように大人しかったけれど、数日も経つと生活に慣れてきたようで、最初の印象とは違ってかなり活発になり表情も豊かになって笑顔をよく見せてくれるようになった。

 ちなみにそんな小さい子供を一人にするわけもなく、僕とユリアさんが働いている時はいつもサラマンダーが傍についている。今もしゃがみ込むイルの正面でそのつぶらな瞳をイルに向けている。

 だからといってサラマンダーにイルの相手を丸投げしているわけでもなく、寧ろ暇さえあれば僕かユリアさん、それかお嬢様が積極的に構う。それはもうこれでもかと言うくらいに構う。

 勿論お嬢様とユリアさんはイルが王霊だということは気にしていない。まあ僕への接し方からもそれは分かっていたけれど。

 そして肝心のイルはというと、しっかりと僕達に懐いてくれている。

 屋敷内で僕達を見かけると、満面の笑みを浮かべて名前を呼びながら抱きついてくるのだ。

 正直に言うと可愛くて仕方がない。仕事の手を止めてでも構ってあげたくなる反則さだ。その可愛さたるや、自分の仕事に対して真面目なユリアさんでさえ少しその手を止めてしまうほどだ。

 さて、そんな天使なイルが着ているのはさっきも言った通り無地の布を帯で留めただけの物。

 最初はこの屋敷に残っていたお嬢様が昔着ていた服を着せようとしたのだけれど、紐やボタンで留めるのが窮屈らしくて嫌がったので、仕方がないからそのまま似非和服スタイルの服(服といっていいかは疑問だけれど)を着せているのだ。ちなみに下着は子供用のゆったりした物をちゃんと履かせている。ミニスカ(布の大きさの関係上)でノーパンは駄目だよ、うん。

 なお、そんな有り合わせの物を普段着にさせるのは良くないというのが僕達の共通した考えであるので、記憶を頼りにちゃんとした和服を現在鋭意製作中である。既に形はそれっぽいものができているけれど、模様が中々難しいんだ。布を染めるというのはこっちの世界だと一般的じゃないみたいだし。

 閑話休題。

 僕達がいないところで普段どんな事をしているのかが気になって咄嗟に隠れてみたけれど、イルは先程からその場で動かずに一体何をしているんだろうか。

 何かを喋っているようなので耳を澄ませてみると、


「……サラマンダー、今日はどうする?」

「ぎゃっ」

「……お話? うん、分かった」


 どうやらサラマンダーに話しかけて遊んでいる様子。何とも微笑ましい光景だ。


「ぎゃおっ」

「……うん、屋敷には慣れた」

「ぐぇおっ」

「……ユリアもお嬢もあにさまも皆優しいよ」

「ぐうぅ」

「……甘い? 美味しいの?」


 …………。

 ……話せるんだね、サラマンダーと。

 ペットに一方的に話しかけてるノリかもしれないけれど、あれ絶対に会話成立してるよね? というかあの短い鳴き声にどれだけ意味が凝縮されてるんだ?

 お嬢様、ユリアさん、ウチのイルはいつの間にかトカゲと話すスキルを手に入れていたようです。

 

「ぎゃっ」

「……イルはこの服大好き。それに、あにさまが今ちゃんとしたのを作ってくれるって言ってた」


 やっぱりサラマンダーもイルの服のこと気にしていたのか。あいつはあいつでイルの事を気に入ってるみたいだったし。これは制作を急ぐ必要がありそうだ。


「ぎゃおぎゃっ」

「……うん、ユリアはすごい」


 やっぱりサラマンダーにとっての契約者であるユリアさんは特別に見えるのか。


「ぐぅ~ぎゃっ」

「……あにさま美味しいの?」


 ……ん?


「ぐえっ」

「……馬鹿で……ヘタレで……おたんこなす?」


 後で覚えてろ馬鹿トカゲ。

 そんな怒りを感じ取ったのか、イルが不意にこちらに振り返った。小さいとはいえ王霊、そういう気配には敏感ということだろうか。

 不意だったので隠れるのが間に合わず、イルに見つかってしまった。

 そしてイルは、僕を視界に入れた瞬間、目をパアッと輝かせて、


「……あにさま~♪」

「おいで~イル~」


 両手を広げて受け入れ体勢、もはや反射の域だ。あれは反則すぎる。

 ちなみにお嬢様も僕とほぼ同じ反応、ユリアさんは躊躇って少しだけですよなんて言いながら結局同じようにする。

 ひしりと抱き合う僕達、傍から見れば仲のいい兄妹そのものだろう。

 しかし、突然胸の中にいるイルが僕の手を口に入れだした。


「……イル、何をしてるのかな?」

「……あにさまが美味しいって言われたから」


 一旦手から口を離して理由を述べると、また手を口に入れてあむあむと甘噛みし始めた。

 可愛すぎて悶死しそうだった。あと、サラマンダーグッショブ。


 ◆


 屋敷の中で活発そうにしているのを見かけるのはイルだけじゃない。


「あ、ユーリーーーーー」


 車椅子のおかげで自らの意思で好きな場所へ赴くことが出来るようになったお嬢様も、イルと同じくらい色んな場所で見かけるようになった。


「お嬢様、こんなところでどうしましたか?」

「うんうん、探検の途中でユーリを見かけたから」


 探検、それはおおよそお嬢様くらいの歳の少女が長年住んできた屋敷ですることじゃない。

 しかし、ずっとベッドの上で生活していたお嬢様にとっては、自分の住んでいる家すらも未知でしかない。その証拠に、ついさっきまでまだ見ぬ場所を探検していたであろうお嬢様の表情はとても楽しそうだ。


「へー、ちなみに今までどこを探検してたんですか?」

「えっと……調理場とか食料保存庫とかかな」

「前者は想像の範疇でしたけど後者は少々意外ですね。というかあれって地下にあったんじゃ?」


 エレベーターなんて便利な物は存在しないこの世界、車椅子だと多少の段差はともかく階段を上り下りすることは出来ないはずだ。


「それはイルちゃんが運んでくれたから大丈夫だよ」

「そうですか、イルもしっかりとお嬢様に懐いてますもんねぇえええええええええええ!?」


 余りに自然な流れだったからそのまま納得してしまうところだったけれど……え? あのイルが? まだ小学生程度の大きさでしかないイルが? 

 言うまでもなくお嬢様は小さな子供がおいそれと持ち上げれるような紙ペラボディなんかしていない。

 今までが今までだったからか平均よりは大分下だろうけれど、それでも車椅子込みでイルが持ち上げたなんてにわかには信じ難い。


「……マジですか?」

「うん、ちょっと辛そうだったけどマジ」


 お嬢様に嘘を言ってる様子は見られない。いや、僕に見ただけで相手の言ってることの真偽は判断出来ないけども、お嬢様が嘘を言うとも思えない。

 これはやっぱりイルが王霊という事に関係しているんだろうか。

 同じ王霊である僕だって力は人間離れしているし、アスカさんの蹴りとかもまるで重機が衝突したかと思うくらい重かった。

 それを考えると、イルがまだ王霊として未熟だとしてもある程度の力は持っていても不思議じゃないかもしれない。お嬢様の言い方から察するに、普通の成人男性くらいの力なら持っていそうだ。


「……手加減覚えさせた方がいいですね」

「が、頑張ってね……それにしても、料理される前の材料なんて初めて見たよ、イルちゃんも興味深々だった」

「確かにそうかもしれませんね」

「それでイルちゃんちょっと齧ってたよ」

「うわっ、材料そのまま……。ちゃんと言い聞かせないと……」

「わたしもちょっと齧ってみたんだけどね」

「そこは止めましょうよ。なに共犯になってるんですか」

「あんまり美味しくなかった」

「当たり前です」

「あ、でも幾つか美味しいのもあったよ?」

「幾つ齧ったんですか……」

「そしたらユリアに見つかちゃった」

「うわー……もしかして怒られました?」

「うんうん。『自分達が普段何気なく食べている料理がどんな材料から作られているかちゃんと知ろうとするとは立派なことです』ってイルと一緒に褒められた」

「相変わらずユリアさんってお嬢様とイルに甘いですね」

「うん、けど『しかし黙っているのは感心いたしません。これがユーリさんならちょっとしたお仕置きをするところです』って言われたからイルちゃんと一緒にちゃんと反省したよ?」

「何故いつも僕にはナチュラルに酷いんですかユリアさん……」


 厳しさや優しさは大体の人が持っている筈だけれど、ユリアさんの場合は優しさが全部お嬢様とイルに、厳しさが全部僕に向けられている気がする。


「ユリアはユーリの事は信頼してると思うよ?」

「え~、本当ですか?」

「うん、前にユリアが料理してる時にそれ言ってみたら、動揺して包丁ドカンって振り下ろしてたもん。材料が真っ二つになってこっちがちょっとビックリしたけど」

「それむしろ嫌われてません?」

「しばらくは無言でちょっと怖かったよ」

「間違いなく僕のこと嫌いですよね」

「それでね、イルちゃんが『……ユーリのこと好きなの?』って聞いたら、まな板がドカンって」

「……僕がその場にいなくて心の底から安心しました」


 お嬢様とイルに暴力を振るうわけにはいかないから、羞恥の爆発の矛先が僕に向かうことは想像に難くない。


「っと、そろそろ仕事に戻らないと」

「あっ、ごめんね、呼び止めて」

「いえいえ、これはこれで楽しいですよ」

「えっとね……ついでにちょっとやってもらいたいことがあるんだけど……」


 そう言ってチラッチラッと階段へと視線を送るお嬢様。

 ああ、成程。


「それくらい余裕ですよ」


 車椅子の下に手を入れてお嬢様を持ち上げて階段を上っていく。

 段差とかならともかく、階段はお嬢様一人だと上り下りができないので、そういう時だけは誰かの力を借りないといけない。

 お嬢様は申し訳なさそうだけれど、僕やユリアさんにとってはちょっとした荷物を持ち上げるよりも簡単だ。むしろ、僕達に迷惑をかけないようにずっと一階の探検ばかりしてて、いつ言われるのかと思って待っていたくらいだ。

 二階の廊下に下ろされたお嬢様は、いの一番に窓の外の景色を眺める。 


「うわー、たかーい!」


 高層建築物が乱立する世界出身であるのもあるし、こっちの基準でも二階建ての建物なんてそうそう珍しくない。それでも、お嬢様は対して珍しくない景色を食い入るように見つめていた。


「今まで見たこと無かったんですか? ユリアさんに頼めば簡単だったと思うんですけど」

「これまでは動けないことが当たり前だったから、何かを見たいって思うことそのものが無かったんだよ。ユリアに迷惑もかけたくなかったし」

「じゃあ……今は?」

「……わたし、外の世界はあの時に見たのが初めてだったんだー」

「…………」

「わたし、全然知らなかった」

「それは……」


 仕方の無いことだ。見に行くことが出来無ければ、知ることだって出来ないに決まっている。

 僕がそう言おうとする前に、お嬢様は首を横に振って押しとどめる。


「一度知っちゃったら、もう止まらなくなっちゃった。わたし、この屋敷のことだって全然知らなかった。それに……」


 お嬢様は目を細めて窓の外を見やる。


「広いね」

「……そうですね」


 普通の人にとっては対して珍しくもない光景。

 けれど、今までずっと一階の窓からの景色しか知らなかったお嬢様にとっては、どんな風に映っているんだろう。


「わたし、もう何も知らないっていうのは駄目な気がするんだ。……お金の事とかもあるし」

「それなら僕達が――」

「駄目」

 

 言い切る前にキッパリと遮る。


「ユリアとユーリはお金を貰う代わりにわたしに仕えてくれてる。お金までユーリ達が稼いでたら、わたしは本当に単なるお荷物」


 それは……違う。

 お嬢様は最初に僕を受け入れてくれた。何も分かっていなかった僕に手を差し伸べてくれたんだ。

 僕にとってお嬢様は、そこにいてくれるだけで活力が湧いてくる――いわば太陽みたいなものだ。詳しくは知らないけれど、ユリアさんだって同じように感じていると思う。

 そのことを伝えたいけれど、口に出すとそれが安っぽくなってしまいそうで言葉にすることができない。

 だから、今僕にできることはお嬢様の後押しをすることだ。


「知らないなら、これから色んなことを知っていけばいいと思いますよ。知識が増えれば、お金を稼ぐ手段だって色々思いつくかもしれませんし。ユリアさんならその為に学術書やら何やら買っちゃうかもしれませんよ」

「でもお金が……」

「それは後で気にすればいいですよ。現状はまあそこまで貧窮してる訳でもないですし」


 これは本当だ。祭りの勝負で稼いだお金は、まだ使い切らずに結構残っていた。

 お嬢様はしばらく考え込み、その蒼い瞳をこちらに向ける。


「ユーリは手伝ってくれる?」

「……僕も勉強するとかそれ以外なら」


 肝心なところで弱気を見せた僕の回答に、お嬢様はプッと吹き出した。いたたまれないので、どうにか何でもないように話を続ける。


「戸にもかくにも、焦る必要は無いですよ。今は取り敢えず、ゆっくりのんびり知っていきましょう」

「そだね……。それじゃあユーリ、わたしはしばらく二階を探検してるね」

「じゃあ僕も二階にいますね。用があったら呼んでください」

「うんっ!」


 祭りに連れ出してから、お嬢様は変わった。勿論良い意味で。

 小さな世界しかお嬢様はこれから先どんな事を知っていくんだろうか。

 前にお嬢様が言っていた今というのは、現在はどこまでが今で、これからどこまで広がっていくんだろうか。

 この今がずっと続く訳は無いのだけれど、取り敢えず今は黙って見守っていよう。

 

「さて、今日は今日とて、僕も新しくなった今を過ごそうか」

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