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精霊の執事  作者: 3608
祭りへ連れ出し大作戦的な
27/68

お別れ的な

 アスカさんが自身の霊器を消したことにより、僕達の間で張り詰めていた緊張がようやく解けた。

 

「いてて……」

「ユーリ、大丈夫?」

「ユーリは人間とは違うわ。王霊なら死んでいない限りは一日程度で完全に回復するわよ」

「ユーリを傷つけたのはあなたなのによく言うね」


 お嬢様にしては珍しく棘のある言い方だ。

 魔霊や暴走した精霊はともかく、意思を持った相手に僕がやられるのは初めてだったけれど、それはお嬢様にとっては怒るに足る出来事だったらしい。

 お嬢様が怒っているのは似合わないと思いつつも、それが僕の為だと分かっていると不謹慎ながらも嬉しく思ってしまう。

 そしてその言葉に乗せられた棘はしっかりと刺さったらしく、アスカさんはバツが悪そうな顔をしてから、


「えっと……ユーリ、大丈夫?」


 オズオズと、それでいてどこか不安そうに訪ねてきた。

 不安そうにしながらも謝ることをしないのは、彼女が自分が間違ったことをしていなかったと確信しているからだろう。

 僕だってアスカさんの言っていた事が間違っていたとも思わない。

 だから、直前までの事は全部水に流すつもりで他意の無い笑顔を浮かべて答えた。


「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」

「そ、そう……」


 何でもないように素っ気ない反応だけれど、その口元には小さく笑みが浮かんでいた。

 

「えっと……あなたも封印とか色々厳しいこと言ってごめんね……?」

「…………(プイッ)」


 が、続けてイルにも謝ろうとして幼い子供の無邪気な拒絶を返され、ズーンと縦線が浮かび上がっているように固まってしまった。

 これは仕方ないかとも思いつつも、そっぽを向くイルの頭をポンポンと叩く。


「……何?」

「アスカさんだってイルの事を思っての事だったんだよ」

「……でも……いっぱい傷つけた」


 あ~、僕が色々と痛めつけられたことに怒っているのか。

 確かにやり取りだけを見ればアスカさんの方から襲っている感じだったし、精神面が見た目相応なら僕達の言ってたことがよく理解出来てなくても仕方ないか。


「アスカさんは別に間違ったことはしてないよ」

「……じゃあ……あにさまが間違ってる?」

「…………ごめん、もう一回言ってくれるかな?」


 イルは、何故そんなことを? と言いたげに顔を傾げ、もう一度、


「……あにさま?」

「ふぐぉっ!」


 いかん、シリアスでもないけれど結構真面目な事を言うべき雰囲気なのに、可愛すぎて悶えてしまいそうだ。

 落ち着くんだ、小さい子供にとって自分より年上(精霊にそんな概念が通用するかはともかくとして)

の相手を兄姉と呼ぶことは珍しくない。今は結構ちゃんとした雰囲気なんだ、シリアスじゃないからってコメディにして良い訳じゃない。

 胸の中に渦巻くピンク色の感情を軽くイルの頭を撫でることで抑え、先程の続きに乗るような流れを作る。


「ええっと、アスカさんが間違っていなかったなら僕が間違っていたのかだったっけ。……僕も自分の考えが間違っていたとは思ってないよ」

「…………?」

「つまりね、お互いに間違っていなかったから喧嘩してただけなんだよ」

「……じゃあ、どっちが悪いの?」

「そういうのは特に無いよ。だから、アスカさんにだけ冷たくするのは止めて上げよう? アスカさんだって僕達と同じで、イルの為にやってくれたことだからね」


 これでもまだ難しいのか、イルは暫く唸っていたものの、結局イルが出した結論は、


「……許す」


 下げて上げる理論か、僕の時よりも分かりやすくアスカさんの機嫌が上がっていた。

 小さな子供の言うことに一喜一憂するその姿が、直前まで絶大な力を振るっていた王霊の姿とかなりのギャップを感じさせ思わずホッコリとしてしまう。

 それを察してか、頬を少し赤くさせながら誤魔化すように、


「か、勘違いしないでよねっ。わたしがユーリの言うことに納得した訳じゃないんだからねっ」

「……それ……素ですよね……?」


 今日は萌えのバーゲンセールでもやってるんだろうか。 

 アスカさんの素はどうやら見た目に反してかなり可愛らしい様子。リアルツンデレ、ありがとうございました。


「まあ……あなたやその周りの人間があそこまでの覚悟を見せるのなら今回は一応は我慢するわ。ただし、守ると決めたのならしっかりと守りなさい。勿論、あなたの言うところの皆も含めて。オネーサンとの約束ね」


 それでも、合間で垣間見える思慮の深さや貫禄といったものはやはり頼れる姉という像を彷彿とさせる。

 可愛らしい部分も頼れる部分もひっくるめたアスカさんという存在を、今初めてちゃんと知ることが出来た気がする。

 一通りのやり取りを終えると、クラウさんとシューラ様が近づいてきた。シューラ様はイルとじゃれあい始めたけれど、クラウさんはアスカさんに一定の警戒を持っているようで、安易に近寄ろうとはしない。


「ユーリ、竜を撃退してかなり時間が経った。そろそろ街へ行かせた部下達が偵察でも送ってくる頃かもしれん。それに、倒れている奴らも早く治療したい」


 そういえばアスカさんと戦っている間は完全に忘れてたけれど、辺りには竜にやられて気を失った精霊師達が沢山いるんだった。

 こんな状況で精霊師でもないのに無事(僕は微妙な気がするけど)でいる姿を見られたら色々聞かれて面倒なことになりそうだ。クラウさんがいたということを言い訳にしたとしても苦しいだろうし、そうそうに退散した方が良さそうだ。

 重い腰を上げて逃げる準備を整えると、クラウさんは相談するように切り出してきた。


「それと……俺は国に仕える者である以上、任務で遭遇したことは余さず上に伝える義務がある」


 ……やっぱりか。

 前にユリアさん達に王霊という存在がどんな認識をされているのかを聞いたときはどんな戦略兵器だと冗談交じりに嘆息したものだけれども。

 アスカさんの戦闘力を見ているとあながち間違っていないような気がする。

 国内でそんな存在が三人も同時に確認されれば国としては(色んな意味で)黙っていられないだろう。そして、そんな重要な事を国に仕えるクラウさんが報告をしない訳にはいかないはずだ。

 けれど、もし国に僕やイルの事が知られでもしたら面倒……というよりも厄介な事態になることは必至だ。

 どうにかしてクラウさんを説得できないかと頭を巡らしていたのだけれども、


「出現した二体・・の竜種は突如現れたイシルディンと名乗る王霊により討たれた。俺はその事実を報告しなければならない」

「……いいんですか?」

「俺一人だと竜種二体を相手取るのは無理だからな。王霊が出たと言えば信用はされるだろう。一部は真実だしな」


 ただ、その話に僕とイルが出てきていないけれど。

 クラウさんがちらりと確認の意味でアスカさんに向けるが、特に何も言わないので別に構わないということだろう。


「むしろ、王霊が三体同時に、しかもその内二人がメイド姿と小さな幼子と言った方が信じてもらえないだろうしな」


 それはごもっとも。 

 心配していた懸案がクラウさんの好意のおかげで片付いたところで、全員が街へと踵を向ける。


「あっ、そういえばアスカさんは……」

「わたしは人間と関わるつもりは無いわ。さっきから言っていたでしょう?」


 まあ、その返事は予想していた。

 ここまでアスカさんが人間と関わるのを嫌がるのは何故なのか知ってみたい気もするけれど、興味本位で心の内まで踏み込もうとする気はない。

 せっかく知り合えたのに別れるのは少し寂しいけれど、生きていればまた会うこともあるだろう。


「それじゃあアスカさん、僕達はこれで――」

「ねえ、ユーリ……」

「はい?」


 別れの挨拶かと思えば、物言いたげな口調が帰ってきたので疑問の声を返す。


「オネーサンからのアドバイス……というよりも忠告かな? ああ、とは言っても何をどうするつもりも無いし、あの子に伝えるかもあなたに任せるから」


 そこで一旦言葉を切って少しの間だけ目を閉じ、また開いてから改めてアスカさんは口を開いた。


「繋がりを作ると……辛いわよ?」

「それってどういう――」

「わたしが王霊として生まれてから大体百年くらいかしら」


 その言葉で彼女が言いたいことを理解した。

 彼女の姿はもちろん、百年を生きた老婆からは程遠い。

 ――精霊と人間は違う。

 アスカさんが必要以上に人間に冷たいのは、彼女にも覚えがあるからなんだろうか。

 本人が言う通り、これは彼女が好意で与えてくれている忠告なんだろう。

 けれどまあ――


「今僕に出来るのは……お嬢様や皆と一緒にいることくらいですから」

「いずれ後悔するかもしれないわよ?」

「そうですね……けどまあ、僕まだ若造ですし。今の事を考えるだけで手一杯なんですよ。なので、その忠告は受け取るだけにしておきます」

「そう……ならわたしからもう言うことは無いわ。自分の言った事はしっかりと貫き通しなさい。オネーサンとの約束よ?」

「破ったらまた吹き飛ばされそうなので、死ぬ気で実践します」

「頑張れオトコノコっ。それじゃあ……バイバイ」

「はい、またっ」


 中々ついてこない僕に「早く早くー!」と叫びながら手を振るお嬢様とシューラ様、それを苦笑しながら見守るユリアさんとクラウさん、そして僕達の今に新しく加わることになったイル。

 僕を待ってくれている皆に駆け足で追いつきながら、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた――世話を焼きたがる姉のようであり、所々で寂しそうな顔を見せる王霊である彼女にまた会えることを願いながら。


 ◆


「また……か」


 ユーリ達の姿が見えなくなったところでアスカは先程の言葉を反諾するように呟いた。

 誰かと別れの挨拶を交わしたのは何年ぶりだったか。

 人と関わっても高い確率でその人物が先に逝くことになる。

 まだ自分が王霊として生まれたばかり――まだ深く物事を考えていなかった頃に作った知り合いの中でもう生きている者はいないだろう。

 ユーリ達には余裕を持った年上の姉のように振舞っていたが、実際の自分は酷く弱い。知り合いが次々と死んでいくのを受け止めれるほど自分は強くないのだ。

 だから――人間と関わることを止めた。今日の事態だって例外中の例外だ。

 元々自分が持つ力は人にとっては強大過ぎた。

 知り合い達自身はそう考えていなくても、自分のこの力目当てで近づいてくる下衆はそれこそ虫のように湧いてくるのだ、それらから逃れるためにも丁度良い。

 それからは誰かと殆ど話すことの無い日々。

 偶に会う同類は、出会い頭に襲いかかってくる者や、問答を繰り広げた後に襲いかかってくる者、要は敵でしかない。

 それでも、どこかで繋がりを得たいと思っていたのかもしれない。

 とある目的でこの地に来て、それが間に合わずに竜種が出現した時、本来はずっと静観して、ほとぼりが冷めた頃に目的を果たすつもりだったのだ。

 見たところ現存する戦力では竜種二体を退けるのは不可能だった。

 それをどうにか持ちこたえさせていた原因は、かなりの力を持った精霊と契約した男が片方を引き受けていたから、そして、その他の精霊師に混じって、的確に相手の攻撃を凌ぐ二人組がいたからだった。

 見たところ契約した精霊を呼び出している様子はなかったが、振るわれるその力は常人の域を遥かに超えていた。

 片方の赤髪の女はよく見れば両目の色が違っていたから、恐らくアスラの一族だろう。

 が、もう一人はそんな特徴は持っていない。

 怪訝に思いながらそのもう片方を観察した。

 そして、その人物が霊器を出した瞬間、その正体が明らかになった。

 人間と関われば辛い思いをすることになるが、同類と関われば必ず厄介な思いをすることになる。今までの体験を苦々しく思いながら、アスカは一瞬この場から離脱しようとした。

 それを押しとどめたのは、その同類の力の使い方があまりにもお粗末で危機としては小さいと判断したからか、それとも自分の心に繋がりを得たいという願いが存在していたからか。

 結果的に、実際に話してみればその少年は(少女だと思っていただけに実は内心かなり驚いていた)今まで出会った同類とは比べ物にならないくらいに『良い子』だった。

 そして、そんな良い子や、何も知らない小さな子に、辛い目に遭って欲しくなくて、少し厳しく(?)当たってしまった……結局押し切られてしまったが。

 その後にほんの少し話して、本当に久しぶりに自分の素を出した。 

 そして、別れ際の『また』という挨拶。

 意識していたかは知らないが、自分とまた会うことを前提とした挨拶をしてくれた、まだ生まれて間もない同類の少年(最初は少女と信じて疑わなかったが)の姿を思い出して自然と頬を緩める。

 しかしずっとそうしてもいられない、もうすぐ人間達が戻ってくるし、最後にやり残したことがある。

 アスカは誰もいない湖に向かって叫んだ。


「ずっと聞いていたんでしょう? 出てきなさい、『ウンディーネ』!」


 叫び声が湖一帯に響いて数秒。

 湖の水面が不自然に波打ち出す。

 次いで水が独りでに空中に浮かび上がり、人型を形成していく。

 現れたのは、身体を全て水で構成された乙女の姿だった。


『ご機嫌麗しゅう、火と地を司りし鋼の王殿。今回はどのようなご用件で?』


 人が発するものとは違う透き通るような声による問いかけに、相対する王霊は憮然と答える。


「清々しく白々しいわね。今回の騒動、原因はあなたなんでしょう?」

『その内容には語弊が。わたくしは何もせず、ただ見守っていただけでございます』

「同じことじゃない。あなたなら巻き込まれて召喚された精霊を暴走させることなくあちら側に返すことだって簡単だったはずなのに」

『あのお二方はわたくしが眷属として仕える事になるかもしれない存在。その片鱗を見るのも必要な事と判断しました』

「やっぱり……あなた達はそればかりなのね。王霊同士を殺し合わせて……本当に悪趣味だわ」


 吐き捨てるように。

親の敵を前にするように。

ユーリと戦った時の、思いやりを秘めた冷徹な仮面とは違う。

 心からの敵意に満ちた視線を、目の前の精霊に向ける。


「わたしは、神霊――こんな馬鹿げた普通を作ったオリジンを絶対に許さない」

『そうでございますか』


 許さないのは、神霊の眷属であり殺し合いを補助する目と他五体の精霊も同じだ。

 なのにそれをまるで全く意に介していない、目の前の水の精霊は飄々とした返事をする。

 そういうところが、更に嫌いにさせる。


『しかし困りました。あのお二方に王霊という存在について最低限の知識も伝えることが出来ませんでした』

「やっぱりそうするつもりだったのね」

『はい、そうしなければ仕組みが成立しませんので。あなた様も王霊としてこの世界に生まれた時に説明をされたかと思われますが』

「ええ、わたしが生まれたのはイフリートの灼熱洞だったから、イフリートに王霊の力や存在意義まで、聞きたくもないことを懇切丁寧に説明されたわ」

『任が果たされて何よりです』


 仕組みが全て、王霊達そのものには関係無し。

 そんな気配がありありと伝わってきて、更に表情が苦くなる。


「……ユーリとイルには伝えさせないわよ」

『しかし、それでも他の王霊達に狙われることは避けられないと思われますが?』

「それでも、あの子達に余計なことは知って欲しくない。余計なことを気にせずに生きて欲しいのよ」

『無駄だと思われますが』

 

 刹那、ウンディーネの身体を構成していた水が縦に裂けた――否、湖が割れた。

 湖には、アスカの霊器――レーヴァテインが、竜を倒した時と同じように巨大な姿となって振り下ろされていた。

 人型を構成していた水が崩れ落ちる。

 しかし、聞こえてくる声に動揺の類は無く、


『それではわたくしはまた見守る作業に入らせて頂きます。わたくしはあなた様とは直接の関係はございませんが、ご武運を』


 それっきり水の乙女の声は聞こえることは無かった。

 霊器を握っていない方の手を握り締める。


「……新たな六属性の神霊を決める為の殺し合いなんて……絶対に許さないわよ、オリジン」


 自分を、素直で良い子のユーリを、生まれたばかりで純真無垢なイルを、殺し合いなんていう馬鹿げた普通に巻き込む原因になった存在の名前を呪詛のように吐き出す。

 その声は、聞く者もいないまま虚空へと吸い込まれていくのだった。

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