意見の相違的な
こちらに向いている剣は先ほど見た時と違って、ごく一般的な大剣という部類の大きさまでサイズダウンしているが、感じる圧倒的な威圧感があれが霊器だということを嫌でも知らせてくれる。
「いきなり殺し合いって……冗談としては笑えませんよ、アスカさん」
まるで別人のように豹変してしまった彼女に、半ば願望混じりに言葉を放ってみる。
しかしそんな内心を嘲笑うように、目の前の女性の雰囲気が軟化する気配はない。
「冗談でもないし遊びでもないわ。そもそもあなたは勘違いをしている」
「勘違い?」
「ええ。今のわたしの行動は、王霊が同類に出会った時の行動としては普通のものよ」
「同類に出会ったら殺し合うのが普通の反応ですか……えらくふざけた普通ですね」
「ええ、ふざけた普通よ」
ふざけたとしか思えない行動をしている彼女自身が、それを肯定した。
言葉と行動が合っていない。
優しそうだった彼女に突然敵意を向けられ、裏切られたような気がしていた。
そこで交わされる理解の出来ないやり取りは、まるでからかわれているようで苛立ちを募らせ、それに任せて語気を荒げてしまう。
「あなたも分かってるならその剣を向けるのを止めてください! そもそも何で王霊が出会ったら殺し合いなんてしないといけないんですか!」
「ひうっ……」
急に出した大声にイルは肩を竦ませて怯えるような声を上げてしまった。
「ご、ごめん……」
「あらあら、小さい子を怯えさせちゃったら駄目じゃない」
更に神経を逆なでするような言葉にまた何かを言いそうになるも、それを喉元で止めて大きく息をすって気分を落ち着ける。
冷えた頭で必死に考えを走らせ、現状で最善だと思える言葉を選んでいく。
「……殺し合い云々は置いておきましょう。王霊がどんな存在というかは別で、アスカさんの目的はそんなことじゃないはずです。多分……この子――イルの事じゃないですか?」
「……正解」
そう言ってアスカさんは僕に向けていた霊器を下ろした。ただし、それを消すようなことをせずにその手に持ったまま、彼女の放つ威圧感もそのままだったけれど。
「けれど完全な正解とは言えないわ。あなたに剣を向けたのにも理由はあるし、目的もその子だけじゃないもの」
「剣を向けた理由に、イル以外の目的ですか?」
「さっき言った事は一言一句間違っていないわ。もしあなたが最初にあった王霊がわたしじゃなかったらあなた、問答無用で殺されてたわよ?」
「さっきのふざけた普通ってやつですか」
「ええ、あまりにもふざけているけれど、事実なのよ」
視線をイルに移す。
先ほどは声を荒げて怖がらせてしまったけれど、小さな背丈で僕を精一杯見上げてくるその瞳には怯えの色は宿っておらず、ただ不思議そうにその無垢な眼を向けてくる。
……アスカさんの言っている事は僕だけじゃなくてイルにも当てはまる筈だ。
こんな小さな子供にも殺し合いを強要させるその普通に言いようのない怒りが湧き上がってくる。
「……なんで王霊同士は戦おうとするんですか」
「詳しい事はわたしも知らないわ。王霊は戦う、その事実だけでも十分でしょう?」
「……そうですね」
なんとなくだけれど……この人は何かを知っている気がする。
けれど、話さないということは話したくないか話す必要は無いということ。どの道聞いても答えてくれないだろう。
だから特に問いただす様なことはせずに素直に頷いた。
そして、話は次の論点へと移る。
「後はその子。単刀直入に言うわよ、その子はわたしに任せなさい」
「……参考までにイルをどうするか聞いても?」
「その子が十分な力と自我を構築するまで封印する」
『『『な――っ!?』』』
躊躇うことなく、アスカさんはこの幼い子供に対してはあまりに残酷な事を言う。
「自分というものが不安定だと霊器も霊装も展開できない。そんな状態だと他の王霊は勿論、人間にとってもいい獲物でしかないわ。だから誰にも干渉出来ない場所に封印しておいた方がその子の為よ」
彼女の言うことには一応の筋は通っている。
けれど、それを受け入れられるかは別の問題だ。
「こんな小さな子供を封印なんて……」
「他に代案は無いのよ」
「アスカさんなら封印なんかしなくてもこの子を守ってあげられるんじゃ――」
「……わたしには足手纏いを常に傍に置いておく余裕なんかないのよ」
僕の苦し紛れの提案を遮ったアスカさんの声は僅かに震えていた。
よく見れば彼女は唇を噛んで何かに耐えるように瞳を伏せている。
それを見て分かった。
この人は……本当に優しいんだ。
本心から僕達の事を想ってくれている。
だからこそさっきは剣を向けて僕に王霊の存在の危険さを身をもって分からせた。
それに、先程からの余りに冷徹過ぎるその口調は、もしかしたらやり切れなさの裏返しなのかもしれない。裏腹の気持ちが強ければ強いほど、被る仮面は厚くないといけない筈だから。
そしてだからこそ、彼女が言っている事は、イルにとって最善の策なんだろう。優しい彼女が、イルの為に精一杯考えた結果なんだろう。
けれど……それでも……。
「あなたはどうしたいのかな、イルちゃん?」
辺りに立ち込める沈黙を破ったのは、僕でもアスカさんでもなく、今まで話の外にいたお嬢様だった。
お嬢様はユリアさんに手伝ってもらって車椅子から降りて、イルの目線に合わせるように地面に座り込んで相手を安心させるような柔らかい笑みを浮かべていた。
「こういう時に大事なのは、まず本人がどうしたいか、だよ」
誰もそれに口を挟むようなことはしなかった。
皆それが正しいことだと分かっているから。
当たり前の事ながらも今の今までそれを忘れていた自分を恥じる気持ちと、それを自然に行うことが出来るお嬢様に対する驚嘆の念が僕の今日中で渦巻く。
論点は僕とアスカさんのイルをどうするかという点から、イル本人がどうしたいかという点に移ってしまった。
狙ってやったのなら策士と言うべきかもしれないけれど、お嬢様はただ単にそれが正しいと思っただけに違いない。そんな人だ。
話を向けられたイルはしばらく視線を彷徨わせる。
よく考えたら状況が何一つ分かっておらず選択肢すら与えられていない状態で、まともに自分がどうしたいかなんて考えることなんて出来ないんじゃないだろうか。
と思っていたら、イルは無言でトコトコと僕の足元まで歩み寄り、僕の着ているメイド服の裾をキュッと握った。
それを見たお嬢様は満足そうに頷き、高らかに宣言した。
「……決まりっ! この子はわたし達の屋敷で面倒を見ます!」
それはイルを引き取る事の問題を全てすっ飛ばした楽天的な宣言だ。仮にそれが実現したとしても、色んな苦難が諸手を上げて待ち構えているに違いない。
けれど、それでも、満ち足りた充足感が胸に沸き起こるのを感じた。
何より、例え先程初めて出会ったばかりでも、必死に僕に縋ろうとする小さな女の子の手を無視することは僕には出来ない。
しかし、それを受け入れることはアスカさんには出来ないだろう。
彼女は目を細めた威圧的な視線をお嬢様へと飛ばす。
「そこのあなた、王霊を自分の手の中に収めて力でも得るつもりなの?」
皮肉気な口調だが、その声には先程のような余裕が欠けているような気がした。
「わたしはそんな事はどうでもいいよ。この子がわたしの屋敷に来るのが一番この子の幸せになると思ってるだけ」
「どうだか」
「アスカさん、お嬢様は王霊だとかそんな事は絶対に考えたりなんかしませんよ」
「――――っ」
確信を持って僕は応えた。
何故なら――お嬢様は相手が王霊ではなく、得体のしれない唯の不審者だったとしても手を差し伸べてしまような人だから。
僕の確信めいた口調に、アスカさんは一瞬だけ怯んだような表情を浮かべたが、それはすぐに彼女の作る仮面に隠れてしまった。
しかし、その仮面は先程と比べるとかなり脆そうで、
「け、けれど……その子があなた達の庇護を受けたとしてもそれがその子の幸せに繋がるとは限らない!」
「それはアスカさんの言うイルの封印っていう手段も同じじゃないですか。だったらいっそ、イルの望むままにした方がいいんじゃないですか?」
苦し紛れの反論は、ここに来て正論で打ち消された。
彼女から二の句は告げられず、その目は揺れていた。
追い詰められた彼女からは、冷徹という名前の仮面が剥がれ落ちていく。
「何故そこまでわたしの言うことを否定するの!? 封印すればその子に不自由を強いることになるけれど、それも一時よ! じゃないとその子は王霊や人間という危険に晒される!」
「だったら僕が守ります!」
「無理よ! わたしでも無理なのに、力が上手く使いこなせていないあなたに、無力なその子を抱えて戦う事なんてできない! ただでさえあなた自身も狙われる側なのに、その子まで背負っていたら……!」
仮面が剥がれ、感情のままに気持ちを吐露するアスカさんからは、イルだけでなく僕のことも強く想っていてくれていることが窺い知れる。
まだ会って間もない筈なのに、そこまで深く僕達を思いやるのには何か理由があるんだろうか。僕には、彼女が同族に思い入れでも持っているのか程度しか推察出来ない。本人ではないのに完全に感情を理解するのは不可能だ。
理由は推察しかできなくても、彼女が僕達を慮ってくれているのは事実。感謝はするし、出来れば応えてあげたいとも思う。
けれど、今はそれは出来ないから――
「何を言われても、僕は意見を変えません。何が何でも」
お嬢様が高らかに宣言したように、僕も自分の我が儘を宣言した。
「……じゃあ、そっちの人間達は? その子だけを守って、他は見捨てるの?」
「どっちも守ります」
自分でもこれ以上無いくらいの大言壮語だとは思う。
けれど、今はこう言うしかない。そして、それを実現していかないといけない。
「……そう」
溢れるような吐息と共に、彼女の顔から表情が消えていた。
不意に、背中を悪寒が走った。
地面から数本の木が飛び出し、飛来していた短剣を受け止める。
そして間髪入れずに閉じた状態の桜花を水平に構える。
――ギィイイイイイイン!
次の瞬間、扇が受け止めたとは思えない音と共に、腕全体をちぎれてしまうような衝撃が襲う。
「うぐっ……」
目が追いつかない間に、離れていた僕とアスカさんの距離はゼロになっていた。
「だったら、やってみなさい。わたしと戦ってみなさい。それで全部守ってみせなさい。何も分かってないあなたに現実を突きつけてあげる」
抑揚の無い声色とは裏腹に、彼女の表情は心の内をそのまま曝け出しているように複雑なものだった。
口を動かしながらも、彼女はその大剣をギリギリと押し込んでくる。こっちは両手で支えているのに向こうは片手、なのに刃はジリジリと僕の身体へと迫っていた。
このまま正面から押し合いをしていてもいずれやられる。
「――?」
前へ向けていた力の向きを徐々に変えていき、
「でぇい!」
剣の腹に回し蹴りをぶつける。
大質量がぶつかったような衝撃音と共に剣が僅かに横にそれ、すかさず桜の花で追撃をかける。
だが次の瞬間、信じられない光景を目撃した。
「甘いわよ」
「なっ……!?」
言うやいなや、アスカさんの手に握られていた大剣は細身の双剣へと変わり、事もあろうに彼女は迫り来る桜の花を全て切り裂いた。
そして驚く間もなく腹部にその細脚からは想像出来ないほどの蹴りを受け、直前まで僕が立っていた場所から数十メートル程離れた木まで吹き飛ばされる。
「ぐぁっ……!」
身体の中の空気が強制的に押し出される。
しかし、それで終わりじゃなかった。
先程と同じく離れた距離はまたすぐに縮められ、大剣に戻った霊器は地面に着地する前の僕に振るわれ――
僕の鼻先数センチ手前で止まった。
原因はアスカさんの身体に巻き付く木――叩きつけられた瞬間に半ば無意識に伸ばした物だ。
けれど、こんなもの一時の時間稼ぎ程度にしかならない。いや、時間稼ぎというのも甚だしいか、彼女ならこんな物易易と抜け出ることが出来るに決まっている。
それをすぐにしないのは、僕に現実を理解させるためか。
アスカさんはいつでも抜け出せる拘束をそのままにして、無慈悲に言い放つ。
「どう? これが現実よ。あなたは本気を出していないわたしに傷一つつける事は出来ない」
「…………」
「あなたじゃ……守れないのよ。それどころか、あなた自身だって危険よ。本音を言えば、あなたも一緒に封印した方が良いと思ってる」
「…………」
「わたしはあなた達に無駄に消えて欲しくない。だから…………なんのつもりかしら?」
最後の言葉は僕に向けられたものじゃなかった。
確認するまでもなく、その相手が視界に入る。
正直、一瞬目を疑った。
アスカさんの背後に精霊を呼び出したクラウさんがいる。
僕に抱きつくように身を寄せるのはイルだ。
そして、僕とユリアさんの間に立ちふさがるように割り込んだのは、あろうことか――お嬢様とユリアさんだった。
「これ以上ユーリに酷いことはさせない」
「このような方でも一応は同僚ですので」
「そいつには色々と借りがある、それくらいは返したいと思っているだけだ……シューラ様、お願いですからそこから出てこないでくださいね」
「ユーリちゃん、頑張れ~!」
「……駄目……」
……全員、僕を守ろうとしてくれている。
我ながら情けない。守ろうとした対象(+α)に庇われているとは。
急な乱入者達に、アスカさんの苛立ちの交ざった声が向けられる。
「分かっているの? わたしは王霊よ、あなた達じゃあなんの障害にもならないわ」
彼女を拘束している木がメキメキと嫌な音を立てる。
それでも、皆動こうとしない。
「どきなさい」
木に割れ目が入る。
それでも、皆動こうとしない。
そして、アスカさんの苛立ちが爆発する。
「どきなさいよ!」
木が砕け、アスカさんは感情のままに剣を目の前に立ちはだかるお嬢様に振るおうとし――
今度は僕の霊器がそれを受け止めた。
アスカさんの目が見開かれる。
「あなた……」
「お嬢様は絶対に傷つけさせませんよ。勿論、イルだって同じです」
「い、今のは偶然よっ! このまま戦い続ければあなたは絶対に負ける!」
「例え僕が負けても、絶対に守り抜きます」
「そ、そんなの矛盾してるっ! 負けたら守るもなにもないじゃないっ!」
「勝てなくても、ただ守る事だって出来るんですよ。今みたいに」
理屈なんかじゃない。
こんなの要は単なる精神論だ。いわゆる死んでも守るみたいな?
彼女からしてみれば僕が言っている事は無茶苦茶にしか感じられないだろう。
それでも、何が何でも守り抜くとい覚悟は本物だ。
そんな意志をしっかり込めて、今の僕ではどうやっても敵わない相手であるアスカさんを見据える。
お嬢様達も、目を逸らさずに真っ直ぐにアスカさんを見据えている。
彼女にとっては取るに足らない相手である筈の相手である筈なのに、その相手である僕達の意志のこもった眼差しは、彼女を大きく揺れ動かしていた。
そして――
「……なんなのよ……あなた達……」
どこか泣きそうな、様々な感情が込められた嘆息と共に、彼女の手の中の大剣が光となって消えていった。




