お嬢様お祭りを満喫的な
「わぁ~~~~~~~!」
お嬢様は物心ついてから敷地の外に出た記憶が無いらしく、殆ど初めての外ということで門を出てからテンションはうなぎ登り、街が見えてから更に上がり、街に差し掛かる頃には天井知らずになっていた。
街を眺めるお嬢様の目は新しいオモチャを与えられた子供のように輝いていた。そりゃあもう、見ている方がほっこりするくらいにキラッキラだった。
「ユーリさんも初日は正にこのような表情をしていましたよ」
「え、マジですか?」
確かに舞い上がっていた自覚はあるけれど、まさかこんな子供のような表情をしていたとは……。精神年齢的になんだか恥ずかしい。
それからはもうお嬢様のパワーは凄まじかった。
あれは何? これは何? と次から次へと興味の対象を移していく。それはまるで今まで自由に動けなかった鬱憤を全て晴らそうとしているかのようだった。
実際そうなのかもしれない。
お嬢様が何でもかんでもに興味を示すのは、それだけ今ままで知ることが出来なかった事が多いからに他ならないのだから。
そんなお嬢様が屋敷では出されないような屋台や出店の料理にも興味を示すのはある種の予定調和というものだろう。
しかし残念ながら、車椅子の部品にここ数日で稼いだお金の殆どは消えてしまっているため、居並ぶ食べ物を買うことが出来ない。
「お嬢様最初に焼き鳥(みたいなもの)を買ってからは欲しいって言わなくなりましたね(ボソッ)」
「おそらくその時にわたくしとユーリさんの分を買わなかった事で察してしまわれたのでしょう。お嬢様が無意味な我が儘を仰るはずもありませんから(ボソッ)」
「うーん、手軽で今すぐに出来そうなお金稼ぎなんかないですかね~(ボソッ)」
「望み薄でもせめて花は持ってくるべきだったかもしれませんね(ボソッ)」
物を買えなくても珍しい物に次々と目移りしていくだけでもかなり楽しんでもらえてるみたいだけど、それでも祭りの最終日を完璧に楽しんで欲しかっただけに無念の想いが湧いてくる。
その時、まるでその相談が聞こえていたかのようなナイスなタイミングでとある客引きの声が聞こえてきた。
「さあ~寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この怪力自慢の男に腕相撲で勝てたら金貨十枚を贈呈! ただし負けたら金貨一枚を頂くぞ! 誰か我こそはと名乗りを上げる奴はいないか!」
「「乗った!」」
◆
「えへへ~」
焼き鳥に唐揚げにフランクフルトに綿菓子(全部それっぽい物)等を両手に持ってお嬢様は頬を緩ませてご満悦の様子。
ユリアさんの持つ財布にはお金がバッチリ。
女性二人と侮って簡単に両方の勝負を受けたのがあの怪力自慢達の運の尽きだった。せめて片方が見た目とは裏腹の怪力持ちだと判明した時点でもう片方の勝負を受けなければ被害は最小限で済んだのに。
唐突な臨時収入によって祭りの軍資金としては十分過ぎる程のお金が手に入ってからはお嬢様はタガが外れたように屋台や出店の食べ物を食べ漁った。
お嬢様が遠慮しないように僕達も適度に出店の食べ物を買ったりしていたけれど、とうの昔に腹が限界を迎えていたので食べ物以外で何か良い物がないか探している。
と、そうしている間にお嬢様が両手に持っていた食べ物の数々は串や棒のみと化していた。この細い身体のどこに入っているんだろうか。
「ねえ、次はあれが食べたいっ」
追加入りました。
もう祭りの食べ物関連を全制覇しそうな勢いだ。
「あははっ、お嬢様は食い意地が張ってますねー」
「むぐっ、だ、だって美味しいんだもん。むしろ何でユーリとユリアは食べないのさ」
「いえいえ、僕はもうお腹いっぱいなだけですよ」
「わたくしもです」
「むー、勿体無いなー。せっかくのお祭りなんだから隅から隅まで楽しむ勢いでいかないと……」
「わたくし達はその分他の物を見ておりますから」
「あ、あの剣格好良いなぁ~。おおっ、こっちでも火吹きの大道芸とかあるんだ~。あ、あの人精霊連れてってペンギン!? うわっ、爆発した!? なんだあれ!?」
「……このように食べ物以外でもひたすらに楽しんでおられるおバカ様もいらっしゃるので」
「うわ~、あの屋台から凄い甘い匂いが……」
「お嬢様……」
「「あれ、どうかした(しました)? ユリア(さん)」」
「いえ……」
何だか痛みをこらえるようにこめかみを揉んでいるけど大丈夫なんだろうか。
疑問に思っていると、進行方向上から何やらザワザワした声が聞こえてきた。
「なんだろ? ねえユリア、ちょっとあっちに行ってみて」
「かしこまりました」
お嬢様に言われて車椅子を押すユリアさんがそちらに歩を進める。
よく見てみると、一団の一人一人がそれぞれギターやドラムのような楽器を持っていることから、彼らは旅の楽団か何かのようだ。
近づいてみるにつれて、ザワザワの原因がその楽団の相談の声だということが分かってきた。
その声がどうも切羽詰っていて気になったのか、お嬢様は躊躇いなく話しかけた。
「どうかしたんですか?」
全く知らない相手にこれほど躊躇いなく話しかけることが出来るのは、超箱入りなお嬢様の辞書にに見知らぬ人に対する遠慮や警戒、我関せずの文字が無いからなのか、今日のお嬢様に興味より優先させる事柄が存在しないからか、それとも明らかに困っているから見過ごせなかったのか。
現在お嬢様が着ている服はかなり仕立てのいい物だからか(屋敷にあった街に着ていけそうな服はこれだけだった)、やや畏まった態度で楽団の一人の青年が対応してくれた。
「我らの演奏をお聴きに来た方ですか? 申し訳ありません、現在主役の歌い手が体調を崩してしまったために演奏をお聴かせすることが出来ないのです」
青年が目を向けた先では顔を青くして座り込んだ女性が楽団の人に介抱されていた。確かにあの状態だと歌を歌うことなんて出来ないだろう。
そして主役がいなければ曲を演奏することも出来まい。
団員達は皆良い人らしく、倒れている女性へ向けられた視線に込められているのは心配や労わりばかりだったけれど、それとは別に皆一様に無念の感情を表情に浮かべていた。
相談とは彼女の回復を待つか、もう諦めて楽器などを撤収してしまうかということだったらしい。
周りにはずっと待っている人もいるし、これ以上待たせるのも申し訳ないということだろう。
「仕方がないな、アルア(歌い手)に無理もさせられないし、お客様をこれ以上待たせる訳にもいかない。中止の告知を――」
団員の人が最後まで言い切ろうとする、その直前だった。
「――――――♪」
聞きなれた、何より心が安らぐ歌が聞こえてきたのは。
相談をしていた楽団員達も、それを不安そうに見守っていた観客たちも、それまで発していた言葉をピタリと止めて歌の発生源へと目を向ける。
「――――――♪」
お嬢様は目を瞑っていつものように声高らかに歌う。
何でいきなり歌を歌いだしたかは大体想像できる。歌の歌い手がいなくなって困っている人達がいるからその助けになりたくて代わりに自分が、というところだろう。
まあ、相談も何も無しでいきなり歌い始めるのはどうだろうというツッコミはある。
それでも、足が動かず屋敷から出られないせいで自分からは何をすることも出来なかったお嬢様が、初めて外の世界を知って誰かの為に自分から行動を起こしたというのは大きな意味を持っていると思う。
「――――――♪」
最初は突然歌い始めたお嬢様に戸惑いの視線を向けていた楽団員達を含めた聴衆も、落ち着いていくとお嬢様の歌に聞き惚れるように目を瞑っている。
と、視界の端でユリアさんが楽団員の一人と殆ど聞こえない声でボショボショと話しているのを捉えた。
気になって成り行きを見守っていると、楽団員が荷物の山の元へ移動して何かを持ち出してきた。
楽団員が両手で渡したそれは僕の知る者とは大分形が違うものの、それは確かにバイオリンだった。
え、嘘、まさか……。
ユリアさんが一瞬だけ僕に勝ち誇ったような顔を向けて弓を構え、
――お嬢様の歌に合わせた絶妙な旋律を奏でる。
楽団員が驚いた顔をユリアさんに向け、聴衆は黙ったまま更に歌に聞き入る。
……さっきユリアさんが勝ち誇った顔を向けてきたのは多分『どうですか、わたくしだけお嬢様と仲良く曲を披露出来て居ますよ。あなたにはこのようなことは出来ないでしょう?』的な意味だろう。
うん、正直羨ましい。というか一人だけ除け者みたいで寂しい。
ここは遂に僕もやるしかあるまい。
地球にいた頃は、気分が乗って特定の物(草花関連)を題材にした楽曲を作曲した時はその道で天才と言われた知り合いさえも追い抜いた僕だ。しかもこの姿になってから声が高めになって音域も自由が効く僕に、何度も聴いて頭に刻み込まれたお嬢様の歌に合わせられない筈が無い!
大きく息を吸った僕に手を狂わせずに目を見開くユリアさんに取り合わず、
――お嬢様の歌に僕の歌を重ねる。
決してお嬢様の歌を邪魔したりはしない。
あくまでお嬢様の歌を主役に、時に追従し、時に完全にハミングさせ、そうしてお嬢様の歌を引き立てる。
ユリアさんのバイオリンを伴奏にしたデュエットは聴衆の心を掴んだままサビに入り、そして終りへと向かって行く。
いつもならこれで終わり、けれどお嬢様がここで歌うのは理由があるから。
三人で視線を楽団の人達へと向ける。
その視線で三人の即興演奏に聞き入っていた楽団員達は目が覚めたように各々の楽器を構える。
お嬢様がサビを歌い終わり、そして間髪いれずにまた最初から歌い始めた。
そして今度の伴奏はユリアさんだけじゃない、数々の楽器が一つの曲を奏でる。
流石は専門家の人たちだ、即興なのに一度お嬢様の歌を聴いただけでかなり高いレベルで歌に合わせた伴奏をしてくれる。
いつもは聴く側だったけれど歌う側になってみると新鮮だ。
誰に憚る事もなく腹の底から声を出していると、何だか舞台に立っているような錯覚を起こしそうだ。
カラオケで皆と一緒に歌う時のように、一つの曲を一丸になって奏でる一体感がこの上なく高揚感を与えてくれる。
これは……楽しいというやつだろう。
お嬢様も、ユリアさんも、楽団員の皆も、同じような表情をしている。
伴奏がついた一つの曲は、サビではいつも聞いている同じ歌とは思えない程の盛り上がりを響かせ、そしてそれと対照的になとても儚い終演で幕を閉じた。
途端、祭りの賑わいが囁き声に聞こえそうな程の大喝采が辺りを埋め尽くした。




