1.ゼフィロウ城の緊急会議⑧
シンは大巫女ガルバヌムとともにシェキの洞窟へ、ヴァンは研究室へ、ラビスミーナはセジュ王リョサルをポートまで送りに行き、部屋にはエアとアイサだけが残った。
「茶の用意をしてくれ」
エアは控えていた侍従に言った。
アイサがソファーに腰を下ろすと、エアは自室の壁を全て海中を映すスクリーンに変えた。
セジュのある海の底が映し出されると部屋の明かりが自動的に落とされる。
どんな場所を映しても深く、暗い。
(セジュは、そして殊にこのゼフィロウは、科学技術の恩恵を受け、光に満ちた場所だ。だが、父はこの部屋にいるときは、ひとりでこの海と向かい合っているのだろう。それは自分が神殿で向かい合っているものと同じなのかもしれない)
アイサは改めて不思議な因縁で母と結ばれたエアを見つめた。
「地上とは、どのような場所だった?」
暗い闇を見ながらエアは聞いた。
「一寸先は闇でした」
微かに笑みを浮かべてアイサは答えた。
「ほう? ここと同じか?」
エアは苦笑した。
「ええ、太陽は大きな存在感を持って輝き、夜は確実に訪れ、人々はそれを当然と思って日々を過ごしているけれど、その日常は突然嵐に見舞われたように変わるのです。彼らは簡単に命を奪い、奪われます。喜びも悲しみも大波のようなもの」
「それは、大変だ」
「その上、大波に飲まれるまでは、たいていの人がその大波に気づこうとしない。そして、その波に襲われたが最後、なすすべもないの。自分たちの周りの小さな世界しか知らず、それを守るのが精一杯」
「大波に目をこらす者はいないのか?」
「さあ、私にはまだそこまでわかりませんでした。あるいは母上のような方がいらっしゃるのかもしれませんが。古の国クルドゥリは自国の利益が絡まない限り、他国に干渉する気はなかったようでしたし……」
「あの者をシェキにやったことを恨んでいるか?」
エアはアイサと同じエメラルドの瞳をぎこちなくアイサに向けた。アイサの長いまつげが微かに揺れた。
「いいえ、あのときは我を忘れてしまいました。でも、今は……そうすることがシンにとって悪くない賭だと思っています」
「おばば様も私も、あれが最善だと思った。あのまま一人で地上にやっても、あの者は殺される。たとえ生き延びることが出来ても、誇りも、希望もくじかれて、決して心休まることはないだろう」
「決まったわけじゃないわ。シンなら……」
「甘いな、アイサ。それに……そう簡単に私の大切な宝を行かせるものか。あの者がお前の言う通りの人物ならば、シェキから無事に戻ってくるはずだ」
「ええ」
アイサはカップを置き、立ち上がった。
「おや、どこへ行く?」
「神殿へ。シンが戻るまでそちらで過ごします」
「そうか」
エアが開錠するまでもなく、複雑な思念で閉じられているはずの扉がアイサの前で易々と開く。
(アエル、お前と出会ったことが運命ならば、これもまた運命なのか……だが、思いがけないことになったものだ)
一人残されたエアは黙って暗黒の海を見つめた。




